屋島のできごとさんのブログ
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屋島のできごと
徳島に生れ育ち、四国四県を渡り歩き 、現在高松市に住む。 前月等のプログを見る場合は、下のカレンダーの月の部分の青色の「く」の部分をクリックしてください。(写真は、屋島山上の談古嶺から見た初日の出:H31.1.1撮影)
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2019年01月19日

「東浜恵美須神社の十日えびす @」


[ 10:10 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ I高松市内 ]
「十日えびす:東浜恵美須神社」
 高松市城東町の「東浜恵美須神社」で、商売繁盛・開運招福を願う「十日えびす」が行われるというので、お参りに行った。
 境内の玉垣には「奉納 十日えびす 東浜恵美須神社一月九日・十日 奉納者城東会」の赤い幟が立ち並んでいた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「十日えびす:縁起物の熊手など」
 「東浜恵美須神社」の拝殿前の左側のテントの中では、縁起物の熊手や福ザサなどが売られていた。
 ずらりと並べられた縁起物を商店の経営者などが手に取り、買い求めている姿があった。
 テレビで「商売繁盛で笹持って来い!」の掛け声が流されるが、ここでは比較的静かな境内の様子であった。
 広辞苑によると「熊手」は、竹製の熊手におかめの面、模造小判などを飾り付けたもので、年中の福徳をかき寄せる縁起物」とあった。
「十日えびす:東浜恵美須神社にお参り」
 東浜恵美須神社に開運招福を願って、拝殿前でお参りした。
 「十日えびす」とは、1月10日の前後に「えびす様」に、商売繁盛と家運興隆を願って行われるお祭りだという。
「十日えびす:甘酒」
 東浜恵美須神社に設けられたテントの中で、「甘酒」のお接待が行われていた。
 長机の上には三宝が置かれており、100円玉が多数入れられていたので、それにならってお賽銭を入れてから甘酒をいただいた。

「十日えびす:えびす様」
 東浜恵美須神社の拝殿前には、七福神の一人の「えびす様」の石像が祀られていると思いきや、打ち出の小槌を持った「大黒さん」のように思われた。
 「えびす様」は、左脇に鯛を右手に釣竿をもっておられるお姿がよく知られており、大黒さんのお子さんになられる方だと言われている。
 石像の前には、いろいろなお供え物がなされていた。

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2019年01月18日

「高高第九・歓喜の歌ハートフルコンサート A」


[ 08:35 ][ まち・生活・学校:学校・こども・教育 ][ I高松市内 ]
「高高第九歓喜の歌:第九の合唱指導」
 12月13日(木)に高松市番町の「高松高校」で行われた「高高第九・歓喜の歌ハートフルコンサート」を聴きに来ている。
 第1部の演奏が終わり、第2部の「第九」が始まる前に、音楽部の女生徒による合唱指導があった。
 ドイツ語の歌を、楽譜を見ないで素晴らしい歌声を披露していた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高高第九歓喜の歌:第九の演奏と歌」
 高松高校の「ハートフルコンサート」、いよいよ「第九」と言われるベートーベン(1770年〜1827年)が作曲した「交響曲第9番二短調」より第4楽章の演奏が始まった。
 音楽にうとい者にとって「交響曲」とは何かよく分からないが、広辞苑に「管弦楽のために作った通常4楽章からなる曲」とあった。
 高高現役高校生、保護者、OBなどで構成する「高高第九管弦楽団」と「高高第九合唱団」の270人が、演奏し、合唱された。

「高高第九歓喜の歌:響く歌声」
 香川県立高松高校の「第九」の演奏会は、昭和63年から毎年開かれ、今年で31回目の演奏会になるという。
 地域の人たちとの交流を深めようと始まって、今では年末の風物詩になっている。
第九の演奏の途中で、4人のソリスト(独唱者)が立上って歌っておられた。
 1918年6月1日に徳島県鳴門市にあった板東俘虜(ふりょ)収容所でドイツ兵捕虜によって、ベートーヴェン「第九」がわが国で初めて演奏されてから、今年でちょうど100年の節目の年を迎えている。
「高高第九歓喜の歌:大勢の人が歌い・聴く」
 高松高校の「高高第九・歓喜の歌ハートフルコンサート」、1階観客席、非常階段、校舎の南館と北館を結ぶ廊下、そして教室の窓から見る高高生などに、新聞報道によると約2000人が参加して行われている。
 なんといっても歌詞が入る「歓喜の歌」の大合唱、地域の人たちも合唱団と一緒になって歌声を響かせ、校舎に囲まれた中庭の会場が感動に包まれていた。
 この時に、隣で聴いていた高校生からドイツ語で歌う声が聞こえていた。

「高高第九歓喜の歌:終演」
 高松高校の「ハートフルコンサート」、おおよそ30分の第九の歌と演奏も終演を迎えて、聴衆に挨拶したあと指揮者は、ソリスト4人と演奏者代表と握手して一度退場した。
再び登場した指揮者と、ソリスト4人に男子高校生から花束が渡され、指揮者から演奏者の代表の女生徒に手渡された。
 最後に演奏者とソリストが起立し、大勢の聴衆に向って挨拶をされていた。
 このあと一階の校庭まで降り、綺麗に飾られていたポインセチアの赤い花を写真に撮らせていただいた。
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2019年01月17日

「高高第九・歓喜の歌ハートフルコンサート @」


[ 08:21 ][ まち・生活・学校:学校・こども・教育 ][ I高松市内 ]
「高高第九歓喜の歌:高松高校(高松市番町)の校庭」
 年末になると第9を聞こうという話題になり生で聞いたことが無かったので、今年は絶対に聞いてみたいと昨年の12月13日に高松市番町の「高松高校」の校門を、初めてくぐって校庭にやって来た。
 11時25分から始まる予定で、11時前に高高(たかこう)に着いたが、一階の一般席、演奏会場に近い非常階段などどこも満席で、4階まであがりようやく空いているスペースを見つけた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高高第九歓喜の歌:ファンファーレ」
高松高校のこの演奏会、昭和63年に始まって今年で31回目になるという。
 いただいたパンフレットにハートフルコンサートの「ハートフル」とは、「心あたたまる」という意味だそうで、聞いたことがある言葉だと思い何だったかと思いきや、「古高松音頭」で歌われている言葉であった。
 演奏会の最初にプログラム第1部1番の吹奏楽委員会により、「ファンファーレ」が高らかに演奏された。
「高高第九歓喜の歌:混声合唱」
高松高校の「ハートフルコンサート」、続いては音楽部による混声合唱で、お馴染みの赤い帽子をかぶった高校生が三曲歌われた。
 アメリカの曲の「ジングルベル」、「赤鼻のトナカイ」、そして日本の曲の「あわてんぼうのサンタクロース」で、いずれもクリスマスの時期にはよく耳にする歌であった。


「高高第九歓喜の歌:弦楽のためのセレナーデ」
 高松高校の「ハートフルコンサート」、続いては高高のオーケスストラ部によりチャイコフスキー作曲の「弦楽のためのセレナーデ ハ長調」が演奏された。
 作曲者のチャイコフスキーは、ロシアの音楽家で「白鳥の湖」、「眠れる森の美女」、「くるみ割り人形」などを作った人だという。
「高高第九歓喜の歌:威風堂々」
 高松高校の「ハートフルコンサート」、続いては高高第九管弦楽団の演奏による「威風堂々」であった。
 イギリスの作曲家「エルガー」の作品で、古高松地区の地元学校の吹奏楽部により、何度となく聞かせてもらっている曲であった。

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2019年01月16日

「あちこち」


[ 15:16 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ I高松市内 ]
「新川の白い鳥」
 高松市春日町の「新川」の下流に架かる「新川大橋」を自転車で渡っている時、白い鳥がたくさん浮かんでいるのに気がついた。
 干潮時で川の水が少なくなっており、数えてみると50羽を超える数であった。
 今頃のこの辺りには、カモの姿を多く見かけるが、白いのでカモメの集団のように思われた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「e―とぴあ−かがわ」
 「地図トモ」の画面に更新期限を通知する文言が出るようになったので、JR高松駅近くにある「e―とぴあ−かがわ」へ出向いて行った。
 登録したのが2011年3月で8回目の更新になるが、更新しなければ今までに投稿したブログなどが見えなくなってしまうのだろうか。
 写真は5Fの「何も触れずに体の動きで演奏可能! 新しいパフォーマンス!」のコーナー。
「お月様」
 近所まで帰って来た時に見た「お月様」で丁度、半月の形をしていた。
 空を見上げたら飛行機が飛んでおり、月が見えるあたりに飛んできた時にデジカメのシャッターを押したつもりではあるが、飛行機の機影は写っていなかった。
「暖かかった屋島寺」
 1月11日に屋島に上ったときの「屋島寺」であった。
 とても暖かかった屋島山上、お遍路さんも心地よくお参りをされているようであった。
「戴いてきた花」
 1月14日に子どもが、戴いてきた綺麗な花。
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2019年01月15日

「ふるさと探訪・聖通寺山(坂出)を訪ねる B」


[ 09:11 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと聖通寺山(坂出):山頂から眺める瀬戸大橋」
 平成30年11月18日に開かれた「ふるさと探訪」の「聖通寺山(坂出)を訪ねる」で、聖通寺山(しょうつうじやま)に来ている。
 山頂には結婚式場の「サン・アンジェリーナ」の建物があり、柱の隙間から瀬戸大橋や瀬戸の海が見えていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと聖通寺山(坂出):聖通寺城跡」
 聖通寺山の山頂でひとまず「ふるさと探訪」が終わり、解散後に「ゆるぎ岩」へ健脚者だけが行きましょうと案内されたが、殆どの参加者が「ゆるぎ岩」を訪ねて行くようであった。
 途中のちょっと平地になった所に「聖通寺城跡」の石碑が、笹の陰に隠れていた。
 ここにお城があったといい、生駒親正が讃岐に入封した時に東かがわ市引田町にあった「引田城」に入り、次にここの「聖通寺城」に移って、さらに高松城に移っている。


「ふるさと聖通寺山(坂出):ゆるぎ岩」
 聖通寺山の山頂より約10分で、「ゆるぎ岩」のある山中に着いた。
 周囲は清掃が行き届いているようであった。
 「ゆるぎ岩は長さ3.5m、幅1.3mで重さ約10トンと推定される。租粒花崗岩特有の風化現象を示す貴重な資料である。」この大岩塊が片手で容易に揺れ動くのも珍しい。」※現地看板より。
「ふるさと聖通寺山(坂出):ゆるぎ岩」
 「ゆるぎ岩」の周囲には、やたらとお地蔵様の数が多かった。
 この地に何か宗教的ないわれがあるのでなかろうかと思われた。
 「ゆるぎ岩」から12分ほどで出発点の塩竃神社に着き、高松へと帰って来た。
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2019年01月14日

「ふるさと探訪・聖通寺山(坂出)を訪ねる A」


[ 08:59 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと聖通寺山(坂出):山の中腹からの眺め」
 平成30年11月18日に開かれた「ふるさと探訪」の「聖通寺山(坂出)を訪ねる」に参加している。
 聖通寺山に上る途中にある「瀬戸大橋竣工記念碑」のある所から、瀬戸内の風景を眺めている。
 瀬戸大橋が北の方向にのび、造船所などの工場地帯があり、手前には坂出港などが見えていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと聖通寺山(坂出):三土忠造氏の銅像」
 聖通寺山の山頂近くに瀬戸大橋を見下ろすように「三土忠造氏」の銅像が建っている。
 同氏は、明治4年(1871)に現在の東かがわ市に生まれ、明治41年(1908)衆議院議員に初当選し、文部大臣、大蔵大臣、鉄道大臣、運輸大臣を歴任された人であった。
 香川県出身者で最初に大臣に就任した人で、氏の遺徳を顕揚するために昭和33年4月10日この地に銅像が建てられている。

「ふるさと聖通寺山(坂出):積石塚古墳」
 聖通寺山の山頂に丸い円形の土盛があり、「積石塚古墳」であると言われている。
 「聖通寺山の北峰頂上に立地するこの古墳は、石を積み上げて墳丘を築造した積石塚である。一般の古墳は盛土で築造されているのに対し、積み石による古墳は全国的にも少なく特に古墳時代前期の積石塚の大半が讃岐に分布することがとから、早くよりその特殊性が重視されている。・・」※現地看板より抜粋。

「ふるさと聖通寺山(坂出):積石塚古墳」
 聖通寺山の山頂の「積石塚古墳」に上ると、何本かの木が生えており、小さな石が積まれていた。
 「聖通寺積石塚の現状での墳丘規模は直径約12m、高さ約2mであり東部分がやや膨らんだ楕円形を呈している。しかし、現状に至るまでに数回の積み直しがあったようであり旧状は墳丘中央部がスリバチ状に窪んでいたともいわれる。東部分の膨らみは、この積み直しによる可能性が高く、墳丘の平面形態は円墳の可能性が高い。・・古墳時代前期〜中期(約四世紀〜五世紀)頃の築造と推察されており、備讃瀬戸を一望し中讃海域の要所に立地することにより、被葬者はこれらの地域に関係深い有力首長ではなかったかと推測されている。・・」※現地看板より抜粋。

「ふるさと聖通寺山(坂出):さかいでマップ」
 聖通寺山の山頂にあった「さかいでマップ」の一部分である。
 中央部やや左側に聖通寺山の現在地で、南(地図では下)から北へと「瀬戸中央自動車道」が伸びている。
 左上の番の州地区の赤色の@は「瀬戸大橋記念公園・記念館」、Aは「沙弥島・柿本人磨碑」、Bは「香川県立東山魁夷せとうち美術館」。
右方のJR坂出駅付近のCは「坂出市郷土資料館」、Dは「香風園」。
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2019年01月13日

「ふるさと探訪・聖通寺山(坂出)を訪ねる @」


[ 08:02 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと聖通寺山(坂出):塩竃神社に集合」
 平成30年11月の「ふるさと探訪」は、「聖通寺山(坂出)を訪ねる」が11月18日にあった。
 坂出市常磐町の聖通寺山の中腹にある「塩竃神社」に集合して、約80人位が参加して始まった。
 ご祭神は海の神様の「大綿津見神」で、塩田守護、安産、豊漁、航海安全などに御利益があるという。
 塩田を守る神として文政12年(1829)に九代高松藩主頼怒公が宮城県の塩竃神社を中湛甫の西北隅に勧請しその後、明神町(現中央町)を経て、昭和39年(1964)に現在地に遷座されたという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと聖通寺山(坂出):坂出神社」
 「塩竃神社」の境内に「坂出神社」があった。
 昭和9年(1934)に坂出市の今日の発展は塩田にあるとして「塩竃神社」が創建され、「塩竃神社」とともに現在地の聖通寺山の中腹に遷座されている。
 ご祭神は、事代主神、松平頼怒命、久米通賢命。
「ふるさと聖通寺山(坂出):久米通賢氏の銅像」
 引田町に生まれた「久米通賢」は、坂出沖に塩田を開発し藩財政を支えた人で、その功績を讃えて昭和9年(1934)に銅像が建立されたが、戦争のため供出されていた。
 戦後、昭和37年(1962)に矢野秀徳氏(1907年〜 )が制作した銅像が、聖通寺山中腹の塩竃神社境内下段に「久米通賢銅像」が再建されている。

「ふるさと聖通寺山(坂出):津島寿一氏の銅像」
 聖通寺山中腹にある塩竃神社境内に「津島寿一氏」の銅像が建てられている。
 坂出市に生まれた同氏は、東京帝国大学を卒業後、大蔵省に入り、戦後は国会議員となり大蔵大臣や防衛庁長官を務め、日本で初めて開催された東京オリンピック組織委員会の初代会長などを務められたという。
「ふるさと聖通寺山(坂出):瀬戸大橋竣工記念碑」
 「塩竃神社」から聖通寺山に登る途中に大きな石で出来た「瀬戸大橋竣工記念碑」がある。
 明治22年(1889)に香川県議会議員の大久保ェ之丞が提唱した瀬戸大橋の架橋が、昭和53年(1978)10月10日に起工式を行い、約9年6カ月後の昭和63年(1988)4月10日に完成している。
 瀬戸大橋の竣工を記念して地元の方々などが「瀬戸大橋竣工記念碑を建てられたという。
 「人々は一世紀もの長い間瀬戸内の海に橋を架けることを夢みてきた。そして人々はこのとてつもない大きな夢に挑戦し、遂にその夢を現実にした。瀬戸大橋は多くの人々の限りない情熱と最高の英知と汗にまみれた努力を積み重ね長い長い試練の歳月を経てここに輝かしく完成したのである。・・・」※碑文を抜粋。

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2019年01月12日

「全国年明けうどん大会2018inさぬき A」


[ 11:05 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「年明けうどん大会:年明けうどん・うどん脳〇×クイズ」
 12月2日(日)に開かれていた「全国年明けうどん大会2018inさぬき」に行った。
 ステージでは「うどん脳〇×クイズ」が始まっており、女性司会者が問題を出し、「うどん脳」が解答を出すというものであった。
 1問:昨日のオープニン
グに出たキャラクターは「うどん脳」、「さぬどん」、「てうちオン」。〇
 2問:昨日発表された家庭向けの年明けうどんのレシピの名前は「年明け七草うどん」。×(年明け八菜うどん)
 3問:今年出展の全ブースで紅いトッピングに最も多く使われているのは「かまぼこ」。〇
 4問:この大会で募集されて唯一商品化されたのは「うどん日めくりカレンダー」。×(うどんかるた)
 5問:香川県正麺事業協同組合が「うどんの日」は11月11日。×(7月2日)
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「年明けうどん大会:年明けうどん・うどん脳〇×クイズ」
 6問:年明けうどんを提供している店舗が高松市に次いで多いのは観音寺市。×2位丸亀市。
 7問:オリーブ牛、オリーブ夢豚、オリーブ豚、オリーブ地鶏のうち最初に誕生したのはオリーブ豚。×(オリーブ牛)
 8問:この会場で販売しているさぬき讃フルーツはキウイフルーツ。×(さぬきひめ(いちご))
 9問:三豊ナスは普通のなすの3倍の大きさの細長い形である。×(丸い形)
 ここで残っていた正解者が10名となり、賞品が「うどん脳」から手渡された。

「年明けうどん大会:小麦の石臼引き体験」
 サンメッセ香川の大展示場の南側のテント内で、「小麦の石臼引き体験」が行われていた。
 体験しているお子さんたち、初めて見るのでないか石が上下に二つ、上の方に空いた穴から小麦を入れて回して、石と石の間で粉にするという昔の農家などにあった道具である。
 またテント内で「さぬきうどん手打ち教室」も予定されているようであった。
「年明けうどん大会:相撲甚句」
 会場でスタンプラリーのガラポンをしている時にステージで「相撲甚句」が始まっていた。
 相撲甚句の節回しで、香川県に関する歌を披露していた。
◇「相撲甚句 本場名物 さぬきうどん」
 足踏み、手打ち、水しめと 手抜きもせずに モクモクと うどん作りに精を出し・・・・。
◇「相撲甚句 四国遍路」
 四国遍路を 甚句によめばヨー アー弘法大師が 開いたと・・・。
◇「相撲甚句 さぬき名物 〜うどん県 それだけじゃない香川県」
 さぬき名物 甚句によめばヨー アーうどんで名高い香川県・・・」

「年明けうどん大会:mimikaスペシャルライブ」
 香川県出身の歌手の「mimikaさん」による「mimikaスペシャルライブ」がステージであり、元気いっぱいに歌われていた。
◇香川県への思いを込めた「おいでまぁせ」
◇早寝早起き朝ごはんの「生活習慣」
◇皆様のお陰で年明けうどん大会5年を迎えました「HAPPY HAPPY BIRTHDAY SONG」
◇年明けうどんのうた(ダンスバージョン)
 年が明けたら うどんを食べて この1年幸せでありますように願おう・・・・。
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2019年01月11日

「全国年明けうどん大会2018inさぬき @」


[ 09:12 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「年明けうどん大会:ご当地うどん」
 12月2日(日)にサンメッセ香川で行われた「全国年明けうどん大会2018inさぬき」に来ている。
 会場に到着した時には、すでにステージでは要潤うどん県副知事の「ご当地うどんトークライブ」が始まっていた。
 ステージには四角の青い顔の呉市のマスコットキャラクターの「呉氏(くれし)」と出店している代表者が上がり、広島県から来られた「呉細うどん」を副知事が試食し、トークされていた。
 このあと何県かの「年明けうどん」が紹介されていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「年明けうどん大会:川柳コンテスト」
 大会初日に表彰された「初笑い!うどん川柳コンテスト」の優秀作品と、全作品が展示されていた。
最優秀作品賞
 さぬき路は うどんの店が 道しるべ
優秀作品賞
 わだかまり うどんの湯気で 溶けてゆく
 おせちより まずは年明け 初うどん
 カレーうどん そろりとすする 白い服
 アツアツの 母のうどんが 風邪薬
「年明けうどん大会:さぬきうどん・北海道純雪うどん」
 会場に入りコンビニで買った引換券を、うどん券に引き換えると「うどん一杯券」が3枚ついており、22カ所あるブースで「うどん」を食べるシステムで、迷うのでないかと思いあらかじめ新聞記事で食べるうどんを決めて来ていた。
 一杯目(写真上):「さぬきうどん」の年明けうどん
 二杯目(写真下):「北海道純雪うどん」で、タコとホタテ入りがあり、ホタテの天ぷらうどんを選んだ。
「年明けうどん大会:呉細うどんカレー・倉敷うどんぶっかけ」
 三杯目(写真上):広島県の「呉細うどんカレー」
 つれあいの
 一杯目(写真下):「倉敷うどんぶっかけ」
 「年明けうどん大会」は、年始にうどんを食べる習慣を全国に広めようと、2014年から開催されており、今年で5回目になるという。
 白いうどんに赤い色の一品をあしらい紅白の縁起物で年始を祝うものであった。
「年明けうどん大会:出雲うどん・ガマゴリうどん」
 つれあいが食べた
 二杯目(写真上):島根県の「出雲うどん」
 三杯目(写真下):愛知県の「ガマゴリうどん」
 ちなみに去年食べたのは「博多ごぼ天うどん(福岡県)」、「近江牛うどん(滋賀県)」、「豊橋カレーうどん(愛知県)」、「四万十ツガニ(高知県)」、「台湾豚しゃぶうどん(台湾)」、「さぬきうどん(香川県)」であった。
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2019年01月10日

二つ


[ 08:44 ][ 自然・環境:動物・植物・魚 ][ B屋島周辺 ]
「柿食うメジロ」
 高松市屋島中町の民家に「柿」を収穫していない「柿」の木があった。
 エサが少なくなった頃合いか、その「柿」の木に、メジロが飛んできているのを見つけた。
 そっと木の下に近づくと、一生懸命に「柿」の実を突いており、半分以上が食べられて無くなっていた。
「年明けうどん」
 「年明けうどんは、純白で清楚なうどんに「紅」を添えて、年の初め(1月1日〜15日)に食べることにより、その年の幸せを願うものです。」※パンフレットより。
 春日町の「さか枝うどんさん」の年明けうどん、上に紅白のお餅、下に紅白のかまぼこが添えられていた。
 あと1軒、近くの「いしうす庵さん」にも行って年明けうどんを食べて、年明けうどんのスタンプラリーのハガキを出した。
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2019年01月09日

「大宮八幡神社に初詣」


[ 08:40 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ B屋島周辺 ]
「大宮八幡神社に初詣:1月1日」
 高松市屋島中町の「大宮八幡神社」に1月1日の午後に初詣に行った。
 屋島の麓の下に駐車場があって、車を止めるところがないほどに車が駐車していた。
 石段を上に向って登ると随身門があり、さらに石段を上ると拝殿・本殿がある。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「大宮八幡神社に初詣:随身門に写真を展示」
 「大宮八幡神社」の随身門の中の両側に、写真が展示されていた。
 「大宮八幡神社秋季大祭フォトギャラリー」と表示されており、10月14日に行われた秋祭りの写真で、綺麗に撮影されていた。
「大宮八幡神社に初詣:拝殿」
 大宮八幡神社の拝殿前の右側に「手水舎」があり、その前からお参りの順番を待って、鈴を鳴らしてお賽銭を入れてお参りしていた。
 拝殿の柱には横にうねるように「しめ縄」が掛けられ、そこから鈴を鳴らす紐が下がっていた。
「大宮八幡に初詣:神輿庫」
 大宮八幡神社で使われていた先代の神輿が保管されている「神輿庫」で、お守り、お御籤、破魔矢などが売られていた。
 午前8時から元旦祭の神事があり、ここで甘酒の振舞いが行われていたようだが、午前中で終了していた。
「大宮八幡に初詣:石段」
 大宮八幡神社の石段の両側に「初詣」の幟が掲げてあり、向こう側に屋島の町や遠くに山も見えていた。
 「大宮八幡神社の由緒。 859年に大分県の宇佐神宮より御舟にて京都石清水八幡宮にご遷宮の折、屋島沖の海上で激しい風波に遭遇し、檀ノ浦の入江に避難。出御の際、神幣三振りを残されたのを奉祀することになった。」
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2019年01月08日

「八栗寺へ初詣 A」


[ 09:23 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ B屋島周辺 ]
「八栗寺へ初詣:山門の二天門」
 1月1日に八栗寺にお参りに行き、「お迎え大師像」から約15分並んで、「二天門」前にようやく着いた。
 この「二天門」の中央に新しい「しめ縄」が取り付けられていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「八栗寺へ初詣:本堂」
 いよいよお線香の煙が立ち込める八栗寺の「本堂」前に着いた。
 12月28日に正月を迎えるのに当たって、「本堂」に張られた「まん幕」が新しくなっていた。
 本堂には八栗寺の本尊の「聖観音」や最近発見された今年の干支のイノシシに乗る「摩利支天像」が公開され、祀られていた。

「八栗寺へ初詣:納経所・聖天堂」
 「八栗寺」の納経所前には、お札やお御籤を買われる参拝客が列を作っていた。
 また向かい側にも、臨時にお御籤などが売られていた建物があった。
 納経所の向こう側に商売繁盛の神様を祭る「聖天堂」があり、たくさんの人がお参りしていた。
「八栗寺へ初詣:鐘楼」
 八栗寺本堂の横には「鐘楼」があり、多くの人が鐘を撞く順番を待たれていた。
 この鐘楼堂は、寛政三年(1791年)建立され、鐘が戦時中に供出し無くなっていたが、昭和30年(1955年)に歌の會津八一氏に鐘の揮毫を依頼して出来たという。
 お子さんが撞いた鐘の音が、境内に響いていた。
「八栗寺へ初詣:大師堂の前」
 「八栗寺」の大師堂は、本堂からちょっと南に行った所にあり、普段は「天津甘栗」の屋台だけを見かけることがあるが、正月ということで屋台がたくさん並んでいた。
 大師堂と大日如来を開帳している多宝塔にお参りし、また参道を歩いて下りた。
 八栗寺へお参りされる方の車が高松市高松町の国道11号まで続いていたようである。
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2019年01月07日

「八栗寺へ初詣 @」


[ 09:02 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ B屋島周辺 ]
「八栗寺へ初詣:混雑する参道」
 屋島から降りてきて「自転車」に乗り換えて、高松市牟礼町の「八栗寺」に向かった。
 「八栗寺」の参道、ずっと下の牟礼北小学校の近くの信号あたりから車は、ノロノロ運転になっていた。
 こちらは自転車、道の端をスイスイと車を追い抜いて行くとはいかず、登坂をちょっと手前から押していた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「八栗寺へ初詣:八栗ケーブル山麓駅」
 自転車を押すのとノロノロ運転の車は、そんなに違わずに「八栗ケーブル山麓駅」に着いた。
 左側の鳥居の下を下ってくる人、これから登って行く人の姿が大勢見えていた。
 一方、「あけましておめでとうございます。」の横断幕が掲げられていたケーブルカーの駅では、切符を買い求めようと長い列が出来ていた。

「八栗寺へ初詣:ケーブルカーの乗客」
 八栗山から下りてきたケーブルカーが山麓駅に着くと、降車した乗客が右側の通路を通って下りてきていた。
 また、左側の通路にはこれから降車が終わり、ドアーが空くのを待っている乗車客である。
 乗車定員は、127名で普段は15分ごとに運行しているが多客時には随時運転になっている。

「八栗寺へ初詣:お迎え大師からの景色」
 八栗ケーブル山麓駅から、大勢の参拝客と共に30分程で「お迎え大師」に到着した。
 年を取るとともに登坂がきつくなり、後から後から追い抜かれて行った。
 天気は良かったが雲が若干あり、屋島の左方に広がる高松平野の景色がはっきりとは見えていなかった。
「八栗寺へ初詣:本堂まで続く列」
 八栗寺の「お迎え大師」前の石段を上った所に大勢の人が集まっており、何事かと上がってみると参拝客の列が本堂まで続いていた。
 ここの前にある「しめ柱」には、約6メートルある「大しめ縄」が取り付けられており、年末のテレビでこの「大しめ縄」を取り付ける様子が放送されていた。
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2019年01月06日

「屋島寺へ初詣」


[ 08:39 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ @屋島山上 ]
「屋島寺へ初詣:東大門」
 1月1日、屋島山上の「談古嶺」で行われた「初日来迎式」が終わり、殆どの方が「屋島寺」に向って歩いてきた。
 風もなく晴れたお正月で、穏やかな正月気分がする朝方であった。
 そばを歩いていた高齢者の方が「東大門」の高い敷居に躓きバターンと四つん這いとなり心配されたが、お連れの方に抱き起されご無事であった。
 20cm位の高さがあるのだろうか、寺社の門をくぐるときは私自身も十分に気をつけて通っている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島寺へ初詣:境内」
 屋島寺の東大門を入ると、広い境内が目に飛び込んでくる。
 本堂前を見るとお参りする人が列をなしており、まだ初日の出が十分に上がっておらず、屋島寺の屋根に少しだけ陽の光が差し込んでいた。
「屋島寺へ初詣:本堂に並ぶ参拝客」
 屋島寺の境内でたくさんの参拝客が並んでいるのを見て、急いで列の後ろの「四天門」の前に着いて並んだ。
 境内の通路の左側に並び、通路右側には列に加わわろうとされる方たちが、後ろへ後ろへと並んで行った。
「屋島寺へ初詣:参拝を終えて」
 屋島寺の参拝を終えて振り返ると、参拝客の列が「四天門」を通り過ぎずっと向こうへと続いているようであった。
 まだ暗いうちに家を出て来たのだろう着物を着られた方は、お見かけしなかった。

「屋島寺へ初詣:おみくじ」
 屋島寺境内の社務所で「おみくじ」を引く参拝客が、大勢見かけられた。
 なかには良いお御籤だったのか、喜びの声を出されている方がおられた。
 反対側にある「蓑山大明神」の太三郎狸の石像前には、昨年末に新しくされたお賽銭箱が置かれていた。
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「屋島寺へ初詣」


[ 08:25 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島寺へ初詣:山上駐車場」
 屋島寺の参拝を終えて、駐車場右に駐車した車を、少しずつ少しずつ出口の料金所前に近づけているところである。
 あまりに時間がかかるので、家人に駐車場の写真を撮ってもらったが、その間に前へ進んだ距離がほんの5m位だった。
 あちこちから出てくる車の交通整理をされている方、駐車券と駐車料を前払いしている「駐車料金免除券」を差し込む係員がいたが、上って来た時と同じくバーを上げ下げしており、時間がかかっていた。
「屋島寺へ初詣:午後のマクドナルド前の国道11号」
 高松市牟礼町の「八栗寺」の参拝を済ませ、氏神さんの「大宮八幡神社」に初詣に行くために国道11号線の「マクドナルド」の前に来ている。
 例年だとこの辺りから車で混雑するが、屋島神社の参道には並ぶ車はいなかったが、「屋島山上駐車場 満車 約90分待ち」の看板を掲げる警備員が立っていた。
 去年までは麓の料金所から車が並んでいたが、今年は山上駐車場の駐車券を発行する所で混雑しているだろうと思われた。
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2019年01月05日

「屋島山上初日来迎式 B」


[ 13:35 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ @屋島山上 ]
「初日来迎式(屋島):談古嶺で初日の出を見る人々」
 初日来迎式で屋島の「談古嶺」に来て、デジカメを持つ手を差し上げて写真を撮っていたのが、初日の出を見終わった前の方が帰ったため、最前列に移動した。
 初日の出の出た瞬間に高松市長さんの「おめでとう」の音頭で「願掛けかわらけ投げ」が一斉に行われたが、頭の上を飛ぶ「カワラケ」を見上げていただけで、写真に撮れなかった。
 「談古嶺」の左を見ると、まだまだ黒山の人で、初日の出の写真を撮っている方が多くいた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「初日来迎式(屋島):讃岐国分寺太鼓保存会の演奏」
 初日の出が出て、すっかり明るくなった桜の木の横で、2回目の「国分寺太鼓」の演奏が始まった。
 半袖のシャツから腕が出ているユニフォーム姿の皆様、力強い太鼓の音がなり響いていた。
「初日来迎式(屋島):まばゆい初日の出」
 山陰から初日の出がすっぽりと出てきて、太陽の陽を見ているととても眩かった。
 寒いのかなと思い重装備で来たが、天候がよく暖かい屋島の山上の朝であった。
「初日来迎式(屋島):残っていた願掛けカワラケ」
 普段は屋島山上のお土産屋さんで売られている「カワラケ投げ」のカワラケ、初日の出を見て帰り際にまだ残っていた。
 可愛いお子さんが手渡ししてくれている「カワラケ」、販売しているものより少し黒っぽかった。
 ここ6年ほどいただいた「カワラケ」を持ち帰り日付を残しているが、以前に比べて最近は黒くなってきているようであった。
「初日来迎式(屋島):まだまだ初日の出を見ている人」
 屋島山上の「初日来迎式」で初日の出を見て、「屋島寺」に向かおうとしている時にも、まだまだ初日の出を見ている人がいた。
 陽の光に向かって写真を撮ると逆光になり、人の姿がシルエットとなり写っていた。
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2019年01月04日

「屋島山上初日来迎式 A」


[ 07:58 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ @屋島山上 ]
「初日来迎式(屋島):市長さん挨拶」
 「屋島山上初日来迎式」が行われる屋島山上の「談古嶺」に、大勢の人でごった返していた。
 まだ日の出前であったが、周囲はすっかり明るくなり始めている中、初日来迎式で高松市長さんなど来賓の方々よりご挨拶があった。
 今年がどうか良い年でありますようにと、お集まりの皆様の顔が並んでいた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「初日来迎式(屋島):段々と明るくなる」
 屋島山上「談古嶺」の「初日来迎式」の来賓のご挨拶の途中で、日の出が出るであろう東方を見ると、段々と山の向こうの空が明るくなってきた。
 眼下に横に走るのは「相引川」で、その周辺には源平屋島合戦の古戦場があり、色々な遺跡が点在している所である。
「初日来迎式(屋島):国歌・屋島賛歌」
 屋島山上の談古嶺で「初日来迎式」が行われており、地元の小学校から三人の児童が壇上に上がって「国歌」と「屋島賛歌」が歌われた。
 君が代は歌う約束が無かったのか声が小さかったが、小学校の先輩から引き継いだ「屋島賛歌」の清らかな歌声が、屋島山上に流れていた。
「初日来迎式(屋島):間もなく初日の出」
 初日の出がいよいよかと、固唾をのんで見る東方の山の姿であった。
 手前に雲があり、陽の光に照らされて茜色が広がっていた。
 丁度いい具合に「山」と「雲」との間に帯状の隙間があるようで昨年までと違って、山から出る初日の出が見えそうであった。
「初日来迎式(屋島):初日の出が出た」
 1月1日の初日の出が新聞に7時10分頃と載っていたが、7時12分ころに志度湾の上の山から「初日の出」が顔を見せた。
 そこで新年が明けておめでとうございますという放送が流れていた。
 初日の出が見えた瞬間に「おお―」という歓声があがるとともに、一斉にカメラのシャッターを切る音が聞こえてきました。
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コメント
From:e-とぴあスタッフさん
マイブログ ] 
[ 2019/01/04 13:48 ] Re:「屋島山上初日来迎式 A」
屋島のできごとさん、こんにちは。
屋島山上からの初日の出、とても美しいですね。
写真から、思わず胸が熱くなるような感動を感じました。
素敵な一年の始まりですね!
2019年01月03日

「屋島山上初日来迎式 @」


[ 08:59 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ @屋島山上 ]
「初日来迎式(屋島):屋島スカイウェイ」
 平成31年の初日の出を拝もうと、屋島山上に向って車を走らせた。
 有料道路であった昨年は、屋島の麓の料金所から車が並んでいたが、今年はスイスイと料金所跡を通過した。
 屋島スカイウェイのトンネルの手前で渋滞のため車は止まり、ノロノロ運転になった。
 結局、山上の駐車場まで普段は2〜3分のところを約30分を要し、「屋島山上初日来迎式」の開始時間の6時20分を大幅に過ぎてしまった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「初日来迎式(屋島):駐車場料金の精算」
 ノロノロの原因は、山上駐車場に着いて一旦停止して取る駐車券のバーの上げ下げのようで、駐車券を取る人が配置されてはいたが、1台に相当な時間がかかっていた。
 夏にあったイベントの際にも渋滞したが、駐車バーを開放して手渡しで駐車券が渡せないものだろうかと思った。
 駐車場のお土産屋さんの横で、駐車料金の清算が行われていたので、駐車場を出るときの時間を短縮するために300円の駐車料金を前払いした。
「初日来迎式(屋島):甘酒の振舞い」
 屋島寺からまだ薄暗い遊歩道を東に歩いて、旧ホテル甚五郎前にやって来た。
 もう廃業して何年にもなるホテル跡の紅白の幕の前で、甘酒の振舞いが行われていたので、いただいた。
 何も食べずに急いできたので、お腹に染み込むようであった。
「初日来迎式(屋島):初日の出の前」
 屋島山上で「初日来迎式」が行われる「談古嶺」には大勢の人が集まっており、崖の端まで距離がある場所で、人の頭越しでの見物となった。
左にある五剣山の山の上から、志度湾が見える東南の方向の讃岐山脈にかけて、ほのかな赤い陽が輝き出していた。
「初日来迎式(屋島):国分寺太鼓」
 屋島山上の「談古嶺」、日の出の時間を前に「国分寺太鼓」の皆様により、太鼓の演奏があった。
 大みそかから元日にかけて起きていたので眠たかったが、目が覚めるように大きな太鼓の音が響いていた。
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2019年01月02日

「四国村の正月飾り」


[ 09:31 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ D四国村 ]
「正月飾り(四国村):入口の門松」
 高松市屋島中町の「四国村」の入口の「流れ坂」の始まりの左右に「門松」が据えられていた。
村内には竹林も松の木もあり、全てが手作りで「門松」が作られているという。
村内にある四国各地から移築した古民家には、その地域で昔から行われていたという正月飾りがされていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「正月飾り(四国村):農村歌舞伎舞台」
 「四国村」の「小豆島農村歌舞伎舞台」に目を見張る様な正月の飾りがされていた。
 馬上の武士の絵の前に何本かの竹が配置されており、その前にヤナギなどの枝に餅を花のように付ける新年の縁起物の「餅花」が、飾られていた。
 また左側に大きな球が置かれ、右側には綺麗な花があり、前方に三宝に乗せた鏡餅に橙の実や串柿などが添えられていた。
「正月飾り(四国村):旧山下家住宅」
 香川県東かがわ市にあった「山下家住宅」の神棚に、伝統的に正月飾りがしてあった。
 「神棚の下には、神様に供える「懸けの魚」を吊るしています。また、季節の野菜であるダイコン、カブ、ニンジンなどを一緒に吊るす風習がありました。これはまじないのひとつで、年の初めに豊作を模した作り物や食べ物を飾ると、その年は実りある収穫が約束されると信じられていました。」※現地の説明板より。
「正月飾り(四国村):旧河野家住宅」
 愛媛県喜多郡内子町から移築された「旧河野家住宅」の門松である。
 「入口に愛媛県西条市の門松を再現しました。門松には松を使わず樫の木で作られています。これは、樫の木の堅さにあやかって家運がいつまでも堅く続きますようにという願掛けが込められています。」※現地の説明板より。
 また屋内の正月飾りについて「主屋の戸口や神棚には“輪じめ”のしめ縄を飾ります。このしめ縄飾りはユニークな形をしていることからメガネやエビとも呼ばれています。」とあった。
「正月飾り(四国村):楮(こうぞ)蒸し小屋」
 高知県高岡郡梼原町から移築した「楮蒸し小屋」の正月飾りである。
 「楮蒸しのカマドに祀られている正月飾りは「ケズリカケ」と呼ばれ、火の神様の依代として、白い木の枝で作られていました。楮を蒸すときは、とても強い火力が必要となるため、カマドの神様に対して、火がよく燃えるよう祈願していました。また、枝を途中まで削っていることから「ケズリカケ」といいます。」※現地の説明板より。
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「四国村の正月飾り」


[ 09:26 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ D四国村 ]
「正月飾り(四国村):旧前田家土蔵」
 高松市屋島中町の「四国村」にある高知市から移築した「旧前田家土蔵」前に飾られた「正月飾り」である。
 「高知市高岡郡では、縁起をかついで松竹梅を家先に飾っていました。門松の根元には「サイワイギ」「オサイワイ」と呼ばれる割り木を囲んでいます。また、しめ縄には、モミの種が付いた稲藁の束を吊るしています。そして、竹でつくったミニチュアの鍬や杓を添えて、歳神さまに今年の豊作を祈りました。」※現地の説明板より。

「正月飾り(四国村):旧吉野家住宅」
 徳島県海部郡由岐町(現:美波町)から移築した「旧吉野家住宅」の神棚に飾られた「正月飾り」である。
 「吉野家があった徳島県由岐町は古くから漁業が盛んでした。この地域に伝わる掛の魚(神棚の飾り)は、2匹1対の魚を藁で結び、12対の魚を神棚に吊るします(閏年の場合は13対)。魚は、カツオ、アジ、イワシ、タイ、サバなど地元で採れる魚を使います。また、床の間に供える鏡餅は、長寿の象徴である伊勢海老を添えていました。」※現地の説明板より。
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2019年01月01日

「謹賀新年」


[ 00:00 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「高商ガールズ:永壽喜福」
 片原町商店街のアーケードを見上げると、東向きに高商ガールズ(高松商業高校)の大きな新春を祝う書が、今年の干支の三匹の猪とともに描かれていた。
 「新年あけましておめでとうございます
 永壽喜福
 あたらしい時代の幕が開き猪突猛進走り出す
 今年もみな様に幸福と笑顔が訪れますように 
 片原町西部商店街 高商ガールズ 」
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高商ガールズ:新春萬福」
 片原町商店街のアーケードに西向きに、上から吊るされた新年の書には真っ赤な初日が描かれていた。
 「輝く光に照らされて 新年を告げる鐘が鳴る 新春萬福 
新春の目出度き空気に包まれて 
来たる今年の幸福願う 
 片原町西部商店街 高商ガールズ 」
「栗林公園:東門の門松」
 12月26日に栗林公園の東門と北門に「門松」が、左右二本立てられた。
 「栗林公園では、毎年、迎春準備として、東門と北門に門松を設置しています。今年は12月26日から松の内である1月7日まで設置します。使用する材料は松と竹と梅を加えて「松竹梅」とし、難を転じるという意味から南天を加えています。なお、松の種類は向かって右が赤松、左が黒松となっています。」※公園入口の掲示板より。
「栗林公園:旧日暮亭亭の公開」
 今年の3月17日より「旧日暮亭」が修理工事のため公開が中止されていたが、工事が完了し12月29日から土、日、祝日に公開されている。
 「旧日暮亭」の建物は、茶室、水屋、腰掛待合で、茶室内部に土間があった。(写真上)
 写真下左は南梅林の「皐月亭」横の梅の花で、写真下右は北梅林の紅い色の梅の花。
「JR高松駅:門松」
 「JR高松駅」玄関の「迎春」の看板の下の左右に、12月27日に「門松」が立てられた。
 駅を利用される方々にお正月気分を味わってもらおうと、昭和63年から続けられており1月7日まで飾られるという。
門松は直径約1m、高さ約2.6mで、バッサリと切った太い竹に松、梅、南天、葉ボタンなどが飾り付けられていた。
 「門松 新年に歳神を迎えるよりしろとして家々の門口に立てて飾る松 広辞苑」
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