屋島のできごとさんのブログ
ブログに書込みできません
屋島のできごと
徳島に生れ育ち、四国四県を渡り歩き 、現在高松市に住む。 前月等のプログを見る場合は、下のカレンダーの月の部分の青色の「く」の部分をクリックしてください。(写真は、高松市サンポートの瀬戸内国際芸術祭の作品と屋島:H31.4.30撮影)
≫ 詳細はこちら
<  2018年06月  >
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ブックマークする
メッセージを送る
友だち申請をする


全体表示(3113

定番ジャンル(2750)
  • うどん(7
  • まち・生活・学校(235
  • 観光・レジャー(1654
  • 文化・伝統(152
  • 自然・環境(451
  • 歴史・文学(251

マイジャンル(3080)
  • Mその他(59
  • L食べ物・草木花など(120
  • K祭り・名所・旧跡・公園(178
  • J県外の旅(260
  • HJR四国・琴電(30
  • Gウォーク・里山(302
  • F栗林公園・玉藻公園・中央公園(214
  • I高松市内(352
  • E源平史跡(4
  • D四国村(98
  • C神社・仏閣(274
  • B屋島周辺(602
  • A屋島の道(遍路道等)(72
  • @屋島山上(515

ブログ内検索

メニュー

最新コメント

アクセス数
今日のアクセス数 259
昨日のアクセス数 757
総アクセス数 1289713
2018年06月30日

「ふるさと探訪鬼無から飯田を歩くC」


[ 09:07 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと探訪鬼無・飯田:唐人塚」
 4月のふるさと探訪で、高松市飯田町の岩田神社からほど近い「唐人塚」に来ている。
 大きな木の横に小さな神社の社があり、その奥に何基かのお墓が立ち、「唐人塚」の看板が建っていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪鬼無・飯田:唐人塚」
 高松市飯田町の唐人塚、「豊臣秀吉の命を受けて、文禄の役(1592年)に出兵した讃岐の国領主、生駒親正・一正は朝鮮戦争から何人もの捕虜をつれ帰ってきた。この地方にも八人の捕虜が、唐戸資宗の監督のもと配流されたのである。ところが八人は将来を案じたのか、恥を忍びきれなかったのか、自殺を遂げた。土地の人々は、彼等をあわれみ、唐戸家墓地の一隅に墓をたてて葬ったと伝えられる。以来400年唐戸家の人々によって守られてきた。なお、朝鮮人捕虜の墓は、このあたりに点在する小さな塚が、そうであるとの言い伝えがある。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:飯田城跡」
 唐人塚からちょっと東に来て南を見ると、白い祠が建っている所が「飯田城」の跡でないかといわれている所である。
 「飯田城 飯田城は、定木に所在していたというが、その遺構を確認することはできない。
 飯田城の城主で飯田主水正は、貞治元年(正平十七=1362)に細川頼之が讃岐の宇多津に上陸した時、一宮の大宮司らと共に馳せ参じて陣に入った。その後も、頼之に従って伊予の河野氏討伐に加わっている。永正五年(1508)には飯田右衛門督が香西氏に従って山田郡の三谷城攻めに参加した。また、天正十年(1582)、土佐の長宗我部元親が香西氏を攻めた時には、香西氏にくみして伊勢の馬場で奮戦するなど、その重鎮としての働きをしている。天正十五年(1587)、生駒親正が讃岐の領主になった時には飯田伝右衛門が城主で、200石の禄で召し抱えられている。」
「ふるさと探訪鬼無・飯田:淤加美神社」
 「唐人塚」から東に来た所の田んぼの中に「淤加美(おがみ)神社」があった。
 岩田神社の末社で、水分けの神「天水分神社」、「国水分神社」と、竜現さまで雨の神様「高龗神(たかおかみ)」、「闇龗神(くらおかみ)」が祀られているという。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:霞堤」
 香東川の堤防が、下流と上流が繋がっておらず開口して「霞堤(かすみてい)」となっている所があり、橋が架かっていた。
 陸地側が遊水池となっていて、遊水池のさらに西側には河岸段丘崖が続いているという。

[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=435034
2018年06月29日

「初夏の屋島」


[ 07:57 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「初夏の屋島:瑠璃宝池(血の池)」
 香川県三豊市で気温が35度3分まで上がり、香川県で今年初めて猛暑日になった28日に、屋島に上った。
屋島山上の屋島寺の横にある瑠璃宝池(血の池)にまだまだスイレンの花が元気よく咲いていた。
 この瑠璃宝池の中にここ何年か茅が蔓延り、とても見苦しくなっているようである。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「初夏の屋島:屋島寺」
 屋島寺さんの「千体堂」や「三体堂」の周辺に、少しずつ少しずつ「アジサイ」の花が増えており、ここにも色々な色の花が元気に咲いていた。
 あと何年かしアジサイの木が大きくなれば、花いっぱいの光景になるのでないかと思われる。
「初夏の屋島:獅子の霊厳」
 屋島山上の「獅子の霊厳」から見る瀬戸内は、雲が多く遠くが霞んで見えていた。
 桜の木の下の石のベンチに、山上行きバスが一緒だった若い外国人の娘さんが一人座り、屋島山上から風景を眺めていた。
 自撮り棒が傍らにあり、留学生のようにお見受けした。
「初夏の屋島:遍路道」
 屋島遍路道を下っていた時、山側の溝の落ち葉を綺麗に清掃しているお方がいらっしゃった。
 この暑いので大変だろうなと思われるが、人のため屋島のために頑張っていただいており、感謝で頭が下がる思いであった。
「初夏の屋島:ヤマモモ」
 屋島の山の所々に「ヤマモモ」の木が植えられている。
 今頃が実を熟する時期のようで、登山道に赤い実を付けている木があった。
 この木の「ヤマモモ」、もう高いところしか実が無かったが、屋島から下りてきた方から、昨日見た時には沢山の赤い実が鈴なりであったのに、今日は無くなっているようだと話してくれた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434993
コメント
From:e-とぴあスタッフさん
マイブログ ] 
[ 2018/06/30 14:36 ] Re:「初夏の屋島」
屋島のできごとさん、こんにちは。
私も今月初旬に、屋島へ行ってきました。
初めて屋島寺へ向かう遍路道をを登りました。
「加持水」や「不喰梨」を見ながら登ったのですが、あまりの坂道で何度も休憩してしまいました。
2018年06月28日

「ふるさと探訪鬼無から飯田を歩くB」


[ 07:16 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと探訪鬼無・飯田:岩田神社」
 3月のふるさと探訪で、高松市飯田町の「岩田神社」に来ており、この時に「藤まつり」が開かれており、大勢のフジ見物の人で賑わっていた。
 一本のフジの木だそうで、藤棚から長く垂れ下がる房に咲く淡い紫色の花が、境内を彩っていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪鬼無・飯田:カリコと少女」
 岩田神社の社務所の前に「カリコと少女」
の紙芝居が展示されていた。
 江戸時代中頃から昭和45年くらいまでの250年も続いていた春と秋の農繁期に香川県の農家が徳島県の農家から借りていた「借耕牛(かりこうし)」の物語で、8500頭の牛が県境を越えてきたという。
 昔、職場で一緒になった御厩町にお住まいになっていた先輩から、よく「借耕牛」の話を聞いたことがあった。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:岩田神社の
 岩田神社の拝殿の左側の境内に、昭和52年(1977)に高松市の名木に指定された「イスノキ」がある。
 樹高10.7m、胸高周囲1.2mの大きな木で、マンサク科の常緑高木で、4月に赤色の花が咲くという。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:岩田神社のイスノキ」
 岩田神社にある「イスノキ」、葉に「イスノキコムネアブラムシ」が寄生して出来る「虫コブ」が付いていた。
 コブの中に何が入っているのか、見ていないので分からない。
 この木は堅く、家具や杖などに利用されているという。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:飯田の観音さん」
 岩田神社の参道に「飯田の観音さん」の観音堂に高地蔵が立っている。
 明治の神仏分離まで岩田神社の別当寺の「蓮香寺」があったそうで、ご本尊の「千手観音」が観音堂に祀られているという。
 また「高地蔵」は、檀紙町の旧家が牛の供養のために建立したそうである。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434973
2018年06月27日

「ふるさと探訪・鬼無から飯田を歩く(藤祭り)A」


[ 08:14 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと探訪鬼無・飯田:本津川」
 4月のふるさと探訪の「鬼無から飯田を歩く」で高松市飯田町に来ており、高松空港北側に源を発する「本津川」に架かる永代橋の袂に着いた。
 本津川の川中に「おばあさんの洗濯場」と書いた看板が立っていた。
 昭和6年(1932)に小学校の先生であった橋本仙太郎さんが書いた「桃太郎」のお話で、お婆さんが洗濯に行ったのがここの本津川であったという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪鬼無・飯田:顎無地蔵さん」
 四国霊場第82番札所「根来寺」から第83番「一宮寺」へ向かう遍路道にある永代橋を渡った堤防上に「顎無(あごなし)地蔵」がある。
 昔ここでお遍路さんに豆腐汁のお接待をされていたので「接待橋」ともいわれ、「顎無地蔵さん」は歯痛に御利益があるという。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:岩田神社」
 「藤まつり」が開かれていた「岩田神社」に到着した。
 治承2年(1178)の創祀で、古くは飯田郷4ケ村(飯田・鶴市・郷東・檀紙)の産土神であった。
 祭神は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后の三神の八幡三神で、飯田の八幡さんとも呼ばれているという。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:岩田神社のフジの花」
 今回のふるさと探訪は、フジの花の開花の時期に合わせて開催されており、岩田神社の孔雀藤の花が満開の見頃を迎えていた。
 今年は4月21日から5月3日までの期間「藤まつり」が開かれており、土、日、祝日にはコンサートや茶会、バザーなどのイベントが行われていた。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:岩田神社」
 岩田神社にある「孔雀藤」は、樹齢800年と推定されその名称は、明治30年(1897)頃に、孔雀の羽のように艶やかな藤であるというところから付けられた。
 昭和14年(1939)、香川県天然記念物の指定となり、昭和46年(1971)県の自然記念物の指定となる。※看板より。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434933
2018年06月26日

「ふるさと探訪鬼無から飯田を歩く@」


[ 08:16 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと探訪鬼無・飯田:鬼無駅」
 4月22日にあったふるさと探訪は、「鬼無から飯田を歩く」であった。
 JR屋島駅からJR予讃線の「鬼無駅」まで片道の運賃が360円であり、9時30分から「ふるさと探訪」が始まった。
 ここ鬼無町には、昔に勤めていた場所があり、又この地に住んでいたことがある地区であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪鬼無・飯田:鬼無駅の線路際」
 JR鬼無駅からJR予讃線沿いにある駐車場の脇を歩いて南に向かっている。
 ここには昔、国鉄の物資部があり、マーケットが少なかった時代に大いに利用していた。
 時代とともに、いつか分からないが閉鎖されて駐車場になっている。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:大古家さん付近」
 JR鬼無駅の「御厩道」と遍路道が交差する場所に、桃太郎のおじいさんとおばあさんが住んだ屋敷とされている大古家(おおふるや)さんがあるとされている。
 源平屋島合戦の時の寿永3年(1184)に「安徳天皇」の行幸があったと伝えられて、大古家さんの屋敷内に安徳天皇が使用した「安徳の井戸」があるという。(※探訪資料より)
「ふるさと探訪鬼無・飯田:灯籠」
 「御厩道」と遍路道が交差する場所にある墓地の隅に、古めかしい石で作られた灯籠が立っていた。
 講師の先生は先頭で説明されているようで、それより後方を歩く人には説明が聞こえてこなかった。
 柱の中央に「八幡宮」と彫られた灯篭、どこの八幡宮なのか、大昔にはこの灯籠にロウソクの火が灯っていたことがあるのでないかと思われた。
 灯籠下に「みぎいちのみや」と書かれた石柱があり、昔は根来寺から一宮寺へと歩く遍路道だったようである。
「ふるさと探訪鬼無・飯田:鬼無半山さんの墓」
 大古屋さんの近くにある「安徳墓地」に、鬼無の盆栽振興に尽力した「鬼無半山さん」のお墓があるという。
 講師先生が既にずっと向こうの先を行っているのでどのお墓がそうだか分からなかったが、おそらくは中央にある立派なお墓がそうでないかと思われたが、前回の「ふるさと探訪」の時の写真をみると、むこうの道沿いにあることが分かった。

[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434893
2018年06月25日

「いろいろ」


[ 07:48 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ B屋島周辺 ]
「高松市新田町で見た逆さ屋島」
 6月24日の朝方は曇り空であったが、それからはどんどんと気温が上がり、今年初めての真夏日になったそうで、暑かった。
 高松市新田町の田んぼで田植えをして一週間が過ぎた頃で、毎年のように田植えをして稲が大きくなるまでの間だけ見える「逆さ屋島」であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「我が家のアンズ」
 我が家にある「アンズ」に春先に、たくさんの花が咲いた。
 それなのに実がなったのは写真の二つだけであった。
 黄色くなり、そして24日に一つの実がポトリと落ちたので獲り入れた。
 食用になり売っているのを買ったことがあるが、我が家のアンズはまだ食べずに飾ってある。
「カマキリ」
 ヒマワリの葉の下にカマキリがいるのを見つけて10日ほどになる。
 小さかった体がだんだんと大きくなっているようである。
 カマキリは何を食べて大きくなっているのか分からなかったので、インターネットで調べると昆虫を食べているらしい。
 同じところにいて昆虫を捕ることが出来ているのだろうか。
「吉野川に架かる高瀬橋」
 故郷に帰ったついでに、吉野川の堤防に上り「高瀬橋」を見下ろした。
 このところの雨で増水し、潜水橋が潜水しているのでないかと思ったが、あにはからん通常の水かさのようであった。
 堤防の草が、見渡す限り綺麗に刈り取られていた。
「吉野川の川鵜」
 徳島県を流れる「吉野川」の高瀬橋付近で、たくさんの「川鵜」が、川の水面に浮かび上流方向に向かっていた。
 羽を激しく動かしている鵜がいたが、求愛でもしているのだろうか。
 子供時代に吉野川で川鵜を見たという記憶は無かった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434873
2018年06月24日

「青葉祭り(八栗寺)(3)」


[ 07:30 ][ 観光・レジャー:お遍路さん・八十八ヶ所 ][ I高松市内 ]
「八栗寺青葉祭り(仏足石開眼法要):仏足石」
 八栗寺の「青葉祭り」にやって来ている。
 「二天門」をくぐり「菩提樹」の木の下に来た時、何やら白布にくるまれたものがあった。
 基礎の石を見ると「仏足石」と刻まれており、何時かお披露目がされるものでないかと思った。 
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「八栗寺青葉祭り(仏足石開眼法要):除幕」
 八栗寺の大師堂で、11時から「仏足石開眼法要」があることを聞き、一般席に座って始まるのを待っていた。
 11時になると、住職さんともう一人の僧侶の方が入場し、仏足石開眼法要が始まった。
 最初に「仏足石」にかけられていた白布が取り除かれ、「仏足石」が姿を現した。
「八栗寺青葉祭り(仏足石開眼法要):法要」
 開眼法要が行われ、住職さんたちの後ろに奉納者の二組のご夫婦や石材店さんが座り、その後ろが信者の席と一般席であった。
 一般席にも立っている人もいるぐらいで、大勢の人がこの行事を見守っていた。
「八栗寺青葉祭り(仏足石開眼法要):献杯」
 法要の間に焼香があり、関係者に続いて一般の方もどうぞといわれて、焼香を済ませた。
 最後に参列者に盃が配られ、御酒がつがれて「献杯」の儀式が執り行われていた。
「八栗寺青葉祭り(仏足石開眼法要):仏足石のお目見得」
 「仏足石開眼法要」が終わり、参列者は「仏足石」の周りに集まり、見入っていた。
 中には、有り難そうに手で「仏足石」を撫でておられる方がおられた。
 「仏足石」は、お釈迦様が入滅の際に残したという足形を石面に刻んだもので、古くからインドに礼拝する風習があり、奈良時代に日本に伝わったという。(※広辞苑より)
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434854
2018年06月23日

「青葉祭り(八栗寺)(2)」


[ 07:36 ][ 観光・レジャー:お遍路さん・八十八ヶ所 ][ I高松市内 ]
「八栗寺青葉祭り(宗祖降誕会):大師堂」
 6月15日八栗寺では、宗祖の弘法大師さんの生誕を祝って「宗祖降誕会」が催しされた。
 普段閉まっている「大師堂」の扉が開かれ、お堂の周りには白い幕が掛けられていた。
 リュックを背負った「青葉祭り」に参加の園児さん、遠足にでも来たような感じであった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「八栗寺青葉祭り(宗祖降誕会):甘茶」
 八栗寺の大師堂の左側でおられた方から「甘茶のお接待をしています。」という声が聞こえてきて、甘茶をいただいた。
 子供の時代に、お釈迦様の誕生日にお寺にビンを持って甘茶を貰いに行っていたことがあるが、何十年も前に飲んだ甘茶の味がこんな味であったかどうかを思い出せなかった。
「八栗寺青葉祭り(宗祖降誕会):可愛い靴」
 八栗寺の大師堂への階段に並べられた「園児さん」の色とりどりの可愛い靴である。
 園児さんが並べられたのか、それとも先生が並べたのか大師堂からで出て来た時に靴が履きやすいような向きになっていた。
「八栗寺青葉祭り(宗祖降誕会):お手本」
 八栗寺の大師堂に上がり込んだ近くの幼稚園・保育所の園児さん、きちんと座り始まるのを待っていた。
 八栗寺の住職さんが園児さんに、弘法大師さんの誕生日であることなどをやさしく語りかけ、中央にまつられた稚児像に甘茶をかけるお手本を示されていた。
「八栗寺青葉祭り(宗祖降誕会):甘茶をかける」
 八栗寺住職さんの読経に続いて、参列の園児さんが先生から手を差し伸べられながら、稚児像に甘茶をかけられていた。
 住職さんの「南無大師遍照金剛」と唱えるお経に合わせて、緊張した様子で次々に甘茶をかけており、それを見つめる次に順番が来る園児さんたちが真剣な様子であった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434714

「青葉祭り(八栗寺)(2)」


[ 07:31 ][ 観光・レジャー:お遍路さん・八十八ヶ所 ][ I高松市内 ]
「八栗寺青葉祭り(宗祖降誕会):甘茶をいただく」
 八栗寺の「青葉祭り」に参加した園児さん、全員の甘茶かけを終わると、大師堂から出てきて甘茶を受け取っていた。
 果たして、子どもさんの舌にはどんな味がしたのだろうか。
「八栗寺青葉祭り(宗祖降誕会):稚児像」
 八栗寺の青葉祭りに参加の園児さんが大師堂から出て、一般の方も稚児像に甘茶をかけることが出来るようなので、させていただいた。
 弘法大師さんの稚児像に、お経を唱え小さな柄杓に甘茶を汲んでかけて合掌した。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434713
2018年06月22日

「青葉祭り(八栗寺)(1)」


[ 07:12 ][ 観光・レジャー:お遍路さん・八十八ヶ所 ][ I高松市内 ]
「八栗寺青葉祭り(菩提樹):菩提樹の木」
 高松市牟礼町の四国霊場第85番札所「八栗寺」で、「青葉祭り」が開かれるということを知り、6月15日(金)に訪れた。
 遍路道から「二天門」をくぐると、高さ約10bの「菩提樹(ぼだいじゅ)」の大きな木が右手に見えてきた。
 真っすぐ進むと正面に「本堂」があり、左側に「聖天堂」がある。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「八栗寺青葉祭り(菩提樹):菩提樹の花」
 八栗寺の「菩提樹」の元の木は、弘法大師さんがお手植えされたといわれ、現在の木はその「ひこばえ」が成長したといい、樹齢約50年だそうである。
 毎年6月中旬にハート形の葉の下で、薄黄色の花を下向きにして咲いている。
 今年は早めに咲き出しており、少し黒くなった花弁が見かけられた。
「八栗寺青葉祭り(菩提樹):菩提樹の木の下」
 シナノキ科の落葉高木である「菩提樹」という木の名前は、お釈迦様の菩提(悟り)に由来しているという(※看板より)。
 菩提樹の木の下から本堂を見ると、「青葉祭り」に参加するのでないかと思われる園児さんの姿が見えていた。
「八栗寺青葉祭り(菩提樹):ハチが飛ぶ」
 八栗寺の菩提樹の花の時期には、毎年花に「ミツバチ」が飛び交うが、今年はミツバチの姿が見えなく黒い大きめのハチが何匹か花の蜜を吸っていた。
 漂っている花の香りを楽しんでいる人がおられるようであるが、鼻の悪い身にとってはいい匂いを嗅ぐことができなかった。
「八栗寺青葉祭り(菩提樹):見上げている菩提樹の花」
 八栗寺の「青葉祭り」に参加の園児さん、作法どおり「二天門」の左から抜けて、二天門をくぐって「菩提樹」の木の下にやってきて、付き添いの先生から「菩提樹の花ですよ。」と聞いているようで、花を見上げていた。
 菩提樹の花に気付いたお遍路さんも、有り難そうに花を見つめておられた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434673
2018年06月21日

「国産旅客機YS11(高松空港)が飛び立つ(4)」


[ 08:41 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ I高松市内 ]
「YS11(高松空港):離陸」
 高松空港から石川県輪島市の「能登空港」へ飛び立つ「YS11」を見るため高松空港に来ている。
 14時15分頃に「YS11」は、高松空港の民営化に伴い駐機日数が制限されたため、高松空港を離れて石川県に向かって飛び立って行った。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「YS11(高松空港):小さくなる機影」
 高松空港を西の空に向かって飛び立った「YS11」の機影は、次第に小さくなって行った。
 見物をしていた人は、おそらくは高松空港で飛ぶ雄姿を見るのは最後になるであろう「YS11」を、いつまでもその姿を追いかけていた。
 この「YS11」に初めて乗ったのは昭和50年代の初めに林飛行場から乗った東京行きで、最後に乗ったのが平成10年9月21日の札幌(丘珠)空港ら函館空港までで、この時には全国で「YS11」を使用する便が少なくなってきていた時期であった。
「YS11(高松空港):舞い上がった飛行機」
 高松空港から離陸した「YS11」は、西向きから北向きに方向を変えていた。
 晴れてはいたが雲が出ており、機影が薄く写っていた。
 2015年5月24日に東京国際空港から高松空港に飛んできた「YS11」、3年ぶりに大空に飛び立って行った。

「YS11(高松空港):屋島上空付近を通過」
 高松空港の滑走路を離陸した「YS11」、西から北へ向かい、そして東に方向を変え雲に入ったり出たりしながら屋島の山の付近を飛び去って行った。
 この後、2時間後の16時20分頃に石川県「能登空港」に到着、空港到着後、小さな牽引車に引かれて能登空港に隣接する日本航空学園の能登空港キャンパス(石川県輪島市)に着き、学生らが手を振って出迎えたという。
「YS11(高松空港):さぬきこどもの国のYS11」
 高松市香南町の「さぬきこどもの国」には、別の「YS11」が野外展示されている。
 「日本航空機製造 YS−11 YS−11は、戦後わが国最初で、唯一の国産旅客機です。1962年に初飛行し、1964年には東京オリンピックの聖火を日本各地に空輸し、脚光を浴びました。1972年までに182機が製造されています。展示機は、全日本空輸株式会社より寄贈されたものです。1969年8月25日に伊丹〜長崎便に初飛行、1997年9月11日の稚内〜丘珠便を最後に退役し、1998年1月19日高松空港に最終飛行しました。」※看板より。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434633
2018年06月20日

「国産旅客機YS11(高松空港)が飛び立つ(3)」


[ 07:09 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ I高松市内 ]
「YS11(高松空港):機体検査か」
 高松空港から石川県輪島市の「能登空港」へ飛び立つ「YS11」を見送るため高松空港に来ている。
 午前中にテストフライトを済ませ、13時30分過ぎに駐機している「YS11」の機体の下に人が現れた。
 高松空港をいよいよ出発するため機体検査でもしている様子であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「YS11(高松空港):滑走路に向かう」
 13時57分頃にエンジンが始動し、テストを済まして誘導路を滑走路に向っている。
 この「YS11」の機体の所有者は、航空機整備会社の「エアロラボインターナショナル」だそうで、黒色の尾翼に「aerolab」と書かれており、飛行機と思われる絵が描かれていた。
「YS11(高松空港):誘導路上」
 「YS11」は、高松空港では見納めになるであろうフライトのため、誘導路を滑走路に向っている。
 後に続いていたセスナ機のような小型機が、近回りして先に飛び立って行った。
 「YS11」の後ろに写っているのは、テーブル状の屋島の山であった。
「YS11(高松空港):滑走路に出る」
 「YS11」は、高松空港の滑走路に出て西に向きを変えて、離陸のためにエンジンの回転数を上げていた。
 今頃、小型機を除いてプロペラがあるのは珍しくなっており、飛ぶことができる民間機の「YS11」は、全国で唯一の機体になっているという。
「YS11(高松空港):離陸寸前」
 滑走を始めた「YS11」が、目の前を通り過ぎた。
 離陸後の写真を撮るためには、もっと西で待機していればよかったかなと思った。
 分かりずらいが飛行機の車輪格納庫付近に、石川県で駐機予定の「日本航空大学校」の名前があった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434573
2018年06月19日

「国産旅客機YS11(高松空港)が飛び立つ(2)」


[ 07:36 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ I高松市内 ]
「YS11(高松空港):誘導路で待機」
 5月11日に高松空港から石川県輪島市の「能登空港」へ飛び立つ「YS11」を見るため高松空港に来ている。
 午前中にあるテストフライトのため「YS11」は、駐機場から誘導路を東に向かい着陸する飛行機などのためしばし待機していた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「YS11(高松空港):滑走路を移動し始める」
 「YS11機」は、テストフライトのため滑走路に出て、離陸する方向の西に向きを変えている。
 まもなくエンジンの出力を上げてエンジン音が高くなり、滑走路を走り始めた。
「YS11(高松空港):離陸直前」
 「YS11」が高松空港滑走路を、猛スピードで走り離陸直前となり、ここで飛行機の車輪が滑走路から離れた。
 この瞬間を見物していた人たちが、写真に収めようとしているが、綺麗な写真が写っていたらいいのにと思った。
「YS11(高松空港):テストフライトで離陸」
 「YS11」がテストフライトのため滑走路から離陸して行った。
 ふわりと浮かんだ機体、まもなく右に旋回しテストの飛行に飛び立って行った。
 「さぬきこどもの国」の斜面には、カメラで「YS11」を追う多くの人の姿があった。
「YS11(高松空港):テスト飛行で着陸」
 約7分間のテストフライトを終えた「YS11」が着陸してきた。
 あいにく向こう側の誘導路を移動中の尾翼に桜のマークが書いてある「CHINA AIRLINES」の機体と、着陸態勢の写真が重なってしまった。
 このあと「YS11」はタイヤから白煙が出ながら着陸を完了し、元の駐機していた場所に戻った。

[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434533
2018年06月18日

「国産旅客機YS11(高松空港)が飛び立つ(1)」


[ 07:45 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ I高松市内 ]
「YS11(高松空港):さぬき子供の国」
 戦後初の国産旅客機「YS11」が高松空港から石川県の能登空港へ飛び立つということをニュースで知り、高松空港が一望できる「さぬきこどもの国」にやって来ている。
 上天気のこの日、広い「さぬきこどもの国」では赤いポピーの花が広がっていた。
 向かいの高松空港では3機ほどの飛行機がターミナルに横付けされてお客様が乗降しているのかボーディング・ブリッジ(搭乗機)が繋がっていた。
 また右端にこの日の主役の「YS11」が駐機していた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「YS11(高松空港):高松空港に駐機していた」
 2015年から高松空港に駐機していたということを知らなかったが、去年12月にNHKの「こころ旅」の火野正平さんの足跡をさがして「さぬきこどもの国」に来たときに高松空港を写した写真に、若しかしたらと思い探すと「YS11」の機体が写っていた。
 これは1968年製の国土交通省が所有していた飛行機で、2014年に大阪府の航空機整備会社が約223万円で落札して所有者となり、羽田空港で整備した後に2015年5月に高松空港まで飛行してきていたという。
「YS11(高松空港):さぬきこどもの国」
 高松市香南町にある「さぬきこどもの国」は、高松空港の南に面した広大な敷地を有しており、石川県へ向かって飛び立つ「YS11」を見送ろうとするたくさんの人が集まっていた。
 ほとんどの方がカメラを持参しており、三脚を立ててじっくりと「YS11」を写そうとしている人が目立って多かった。
 また、駐車場も早めに満車近くになり路上駐車している車も見受けられた。
「YS11(高松空港):エンジンがかかる」
 「YS11」の機体の下に人が見え始めて、新聞報道より時間が遅れて11時30分頃、テストフライトのためにエンジンが始動された。
 キーンという音が離れた「さぬきこどもの国」まで聞こえてきて、プロペラが回り始めていた。
「YS11(高松空港):滑走路に向かう」
 11時40分頃に駐機していた場所から向きを変えて、滑走路に向ってテストフライトのために移動を始めた。
駐機していた所から誘導路を南に出て、東に向かってゆく。

[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434394
2018年06月17日

「高松競輪:日本名輪会カップ第24回吉田実記念杯」


[ 07:40 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「吉田実記念杯:日本名輪会会員とファンとのミニトーク」
 5月31日〜6月2日に高松競輪場で「名輪会カップ第24回吉田実記念杯&デイリースポーツ杯 争奪戦」が行われた。
 競輪場の中央スタンド1階で日本名輪会会員とファンとのミニトークが行われていたので見に来た。
 「名輪会」とは現役時代に活躍したOBの競輪選手による組織で、元有名競輪選手の井上茂徳さん、伊藤豊明さん、小橋正義さんが来場し、トークショーがあった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「吉田実記念杯:写真撮影会のサイン色紙」
 トークショーの後、井上茂徳さん(佐賀:653勝、愛称「鬼脚」)、伊藤豊明さん(愛媛:405勝)、小橋正義さん(新潟:454勝、愛称「平成の鬼脚」)と先着20人との写真撮影会が行われ、サイン色紙がいただけた。
 左から伊藤さん、井上さん、小橋さんのサインのようであった。
「吉田実記念杯:懐かしの写真」
 2年前の2016.5.18に行われた「名輪会カップ吉田実記念杯」に、名輪会会員の元競輪選手の松本勝明さん(京都:1341勝)、吉田実さん(香川:1232勝)、山本清治さん(大阪:609勝)、中井光雄さん(滋賀:1016勝)、が来場し、バンク内で紹介された時の写真である。
 左から3人目の香川の吉田実さんと写真撮影会で握手したが、その手の大きさと力強い握力に驚いた。
 その吉田実さん元気のようにお見受けしたが、3か月後の2016.8.20に82歳でお亡くなりになられたと聞いており、同氏は愛媛県西条市出身で、長兄の吉田達雄元競輪選手の孫にサッカー選手の長友佑都さんがいるという(※ウィキペディアより)。
「吉田実記念杯:S級優勝はボス選手」
 6月2日のS級の決勝戦に外国人2人とも進出し、オランダ人の「ボス選手(34才)」が優勝した。
 主催者とスポーツ紙の代表者による表彰が行われ、名輪会会長の井上茂徳さんから優勝カップが授与されていた。
「吉田実記念杯:優勝者からファンへプレゼント」
 表彰式終了後、優勝者したボス選手から、プレゼントがフェンス越しにファンのお客様に投げ入れられていた。
 自転車に乗る外国人の選手は、いずれも体格がよく、日本人選手は体格的に劣る場合が多い。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434314
2018年06月16日

「屋島の今」


[ 07:22 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島の今:談古嶺」
 高松市庵治町の町並みや源平合戦古戦場の「檀ノ浦」、遠くは小豆島、近くは五剣山が一望できる屋島山上に展望台「談古嶺」がある。
 ここから見える歴史的な場所を説明した「源平屋島合戦史跡案内図」が黒ずみ視ずらくなっていた。
 隙間に雨水でも入ったのだろうか、観光客が見ればがっかりするのでないかと思われた。 
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島の今:ホテル跡に植えたクラビア」
 屋島山上の「談古嶺」のホテル跡に何年か前に高松市長さんらと一緒に植えた「クラビア」の花、今はというと背の高い雑草に埋もれてしまっているようである。
 植えてから何年かは一面にたくさんの花が咲いていたが、今では所々に白い花の姿を見ることが出来る程度になっている。
 何とかならないのだろうか。
「屋島の今:屋島の山のビワの木」
 屋島山上の「瞰蹟亭」付近の遊歩道を歩いているとき、頭上でカラスの鳴き声が聞こえてきた。
 すぐ上を向くと、カラスがビワの実を食べていたようである。
 高さ4〜5mのビワの木にたくさんの黄色く色づいたビワの実がなっていた。
「屋島の今:名前が不明の花」
 屋島山上にある「屋嶋城」の坂の上に、初めて見るような花が咲いていた。
 根元から上に伸びた茎が途中から円弧を描いており、曲がり終えた所には白い花が咲き、穂先側にはたくさんの蕾が付いていた。
 15日に「八栗寺」に行ったとき、「二天門」前によく似た花が咲いているのを見かけた。
「屋島の今:遍路道の縁石」
 屋島の「不喰梨(くわずのなし)」の付近で、遍路道の中央部分は綺麗に舗装されている。
 「不喰梨」の手前の遍路道の縁石が、崩れ落ちて坂に転がっていた。
 石の下にあった土が流されて落ちたものか、注意を喚起するために、石が三方に積まれていた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434234
2018年06月15日

「屋島いろいろ」


[ 13:56 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ B屋島周辺 ]
「屋島:琴電屋島駅のコーラ」
 屋島山上行きシャトルバスに乗るため「琴電屋島駅」に来て自動販売機を覗いていた時、自動販売機の中に「おへんろデザイン」のコーラのカンが目に入った。
 遍路姿のアニメキャラクターをボトルにあしらい5月から四国限定発売されているといい、お遍路さんのキャラクター3人と大鳴門橋がデザインされているという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島山上:久しぶりにタヌキの姿」
 屋島寺の南の広場とお土産屋さんとの境でいつも見ていた「タヌキ」、ここ何か月か姿を見せていなかったが久しぶりにその姿を見せてくれた。
 どうしていたのだろうか、元気にしていたのだろうか二匹にエサをねだられ寄ってきたが、生憎と何も持っていなかった。
「屋島山上:獅子の霊厳」
 屋島山上の「れいがん茶屋さん」の南にある芝生広場に咲く赤い花の根木に、5cmほどの緑色の木の実がなっていた。
 春先に同じ所にある梅の花は気がついて写真に撮ったが、この木に花が咲いていたかは知らなかった。
 ひょっとしたら「桃」の木かも知れなかった。
「屋島山上:獅子の霊厳からのながめ」
 屋島山上の「獅子の霊厳」からの眺めた景色である。
 6月15日付け四国新聞で発表されたていた「四国八十八景」と眺める場所は違うが、「瀬戸内海と屋島、高松市街を一望」できる場所である。
 このところの雨も止み写真では見えないが、肉眼では「瀬戸大橋」が見えていた。
「屋島山上:アケビの実」
 屋島山上の遊歩道で春にアケビの花がいっぱい咲いている場所を発見した。
 そろそろ実をつけている頃でないかと見に行くと、実がどこにもないのかと思っていたら、ようやく一つだけアケビの実がなっているのを見つけた。
 あれだけ多くの花が咲いていたのにと、一つだけのアケビの実をしばらく見ていた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434174
2018年06月14日

「ふるさとへ」


[ 08:08 ][ 自然・環境:ふるさと ][ J県外の旅 ]
「ふるさと紀行:JR石井駅」
 6月3日、実家の法事のため徳島へ帰り、弟を「JR石井駅」で出迎えた。
 実家の最寄り駅が徳島線の「JR石井駅」になり、約5kmくらいの距離であった。
 昔は利用客が多かったが、最近は利用客が少なくなっているのでないかと思われたが、10人以上の降車客があった。
 大きなクスノキの影になっている駅舎、子供時代と違って建て替えられているようである。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと紀行:観光マップ」
 JR石井駅の出口に徳島県名西郡石井町の「わくわく観光MAP」が立っていた。
 左の「@地福寺の藤」=石井駅近くのお寺の藤の花。
 「A童学寺」=石井町の南の山の中腹にあり弘法大師さんが学問を学んだ所。
 右の「B第十の堰」=農業用水確保のために青石を突き詰めて造られた吉野川の堰。
 「C田中家住宅」=寛永年間から続いた藍商の家で藍寝床、茅葺屋根の主屋、納屋には洪水時の用意の小舟、青石を使った石垣など。
 「D桜間の池跡・石碑」=美しいと称えられた池を惜しんで、藩主の命により南の海より運んで建てられた石碑。
 「E阿波国分尼寺跡」=気延山の北東山麓にあり、寺域は1町半(約158m)四方。
「ふるさと紀行:しゃしゃぶ」
 どこにでもあまりない「しゃしゃぶ」が、実家に植えられて赤い実を付けていた。
 今が何代目の木か知らないが、昔から同じところにある。
 ちょっと渋みがあり、食べる人がいないのか鈴なり状態であった。
「ふるさと紀行:ムクノキ」
 実家近くの「こんぴらさん」と呼ばれている小さな神社に、樹齢何百年かという「ムクノキ」がある。
 前回帰った時に見た木は、道路や畑に枝が覆いかぶさっていたが、今回帰った時に散髪されたように上にだけ枝が伸びていた。
 どうした理由なのか分からないが、枝が折れて道にでも落ちたのかもしれない。

「ふるさと紀行:高速道路徳島〜鳴門」
 JR徳島駅により帰るため徳島市川内町から高速道路に乗り、鳴門JCTを経由して三木インターまで帰ってきた。
 平成27年3月に徳島鳴門間が開通したといい、初めて通行した鳴門市周辺では特産の「新レンコン」の収穫作業が行われているようであった。

[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434094
2018年06月13日

「屋島周辺いろいろ」


[ 07:25 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ B屋島周辺 ]
「高台からの屋島の眺め」
 高松市高松町の高台から眺めた「屋島」の姿である。
 雨がふったり止んだり、曇りの空模様であった。
 手前の大きな池は「谷池」で、その向こうに「菱の池」を半分埋め立てた「菱の池公園」がある。
 谷池の左側に高松町の住宅地が広がっている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ヒマワリの花」
 早、夏の花のヒマワリが咲いていた。
 よそさまのお庭に4〜5mあろうかという高く背丈が伸びており、日当たりがよい上の方に花がついていた。
 これから夏の間、長く咲いていそうである。
「コスモスの花」
 早、秋の花のコスモスの花が咲いていた。
 よそさまの畑で、ほかにちょっと離れた所にも花があったので、去年に種が落ちて咲いているのでないだろうか。
「我が家の鉢植え」
 我が家にある花や野菜は、ほとんどが鉢植えかプランターに植えている。
 左のピンク色の「タチアオイ」の花で、右にあるのは「百合」の花で、今ではオレンジ色と黄色の花しかなくなった。
 後ろの方で枝が伸びているのは「パッションフルーツ」で、これも鉢植えで花が咲くのを心待ちにしているところである。
「アジサイの花」
 我が家に今咲いているアジサイの花である。
 数年前には種類がもうちょっとあったが、枯れてしまい段々と数少なくなっている。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=434034
2018年06月12日

「6月10日(日曜日)の街中にて」


[ 07:27 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ I高松市内 ]
「6月10日(日)の街中:イキイキさぬき健康塾」
 6月10日(日)に高松市丸亀町壱番街「丸亀町レッツホール」で、香川大学医学部附属病院医療セミナー「イキイキさぬき健康塾」があったので聞きに行った。
 年齢が上がるとともにいろいろな病気に罹るようになり、予防法があれば参考にしたいと参加させていただいている。
 この日のテーマは、「おしっこが近い、漏れる、出にくい〜スバッと解決〜」で、満席の状況であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「6月10日(日)の街中:ヒョコパンフェスタ」
 高松市兵庫町で「ひょこパンフェスタ2018」が開かれていたので、何なのかと見に行った。
 兵庫町商店街の東側アーケードに高松市を中心に香川県内の16のパン屋さんが、店開きしていた。
 美味しそうなパンが並べられたワゴンの周囲に、たくさんのお客様が並んでいた。
「6月10日(日)の街中:人前結婚式」
 6月10日、高松市丸亀町壱番街の「ドーム広場」がいっぱいの花で飾られ、13時から人前結婚式が行われるというので始まるのを待っていた。
 13時、左右に若い友人などが並ぶ中、最初に新郎が壇上に上がり、続いてウエディングドレスに身を包んだ新婦が父親と登場し壇上に上がり、誓いの言葉、指輪の交換と結婚式が進められていた。
「6月10日(日)の街中:人前結婚式」
 高松市丸亀町の「ドーム広場」の人前結婚式、婚姻証明書にお二人の署名が行われて皆様に披露されていた。
 この第2回夢の結婚式コンテストに「おはないっぱいのけっこんしき」で大賞になった下笠居小学校2年生など4人に記念品が、新郎新婦より手渡されていた。
「6月10日(日)の街中:時報鍾」
 玉藻公園北側の高松港に、お城のような「時報鍾」が建っている。
 この鐘は高松藩初代藩主が現在の高松北警察署付近に鐘楼を建て、その後一番丁に移され、明治33年に四番丁小学校校庭に再建され、市役所のサイレン設置まで鐘の音を響かせており、その後、玉藻公園に移り、さらに昭和55年にここに建立されたという(現地看板より)。
 2階の扉を開けると由緒ある鐘が吊り下がっているはずであるが、時の記念日というのに扉は閉まったままであった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433973
2018年06月11日

「ふれあい屋島フェスタ(2)」


[ 07:40 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「ふれあい屋島フェスタ:グランドを走ろう」
 第2回ふれあい屋島フェスタが、5月27日午前10時から高松市屋島中町の「屋島レクザムフィールド」で開かれていた。
 競技用コースでは、「グランドを走ろう・全力50m」が行われており、お子さんから大人まで列を作って挑戦していた。
「ふれあい屋島フェスタ:グランドを走ろう」
 「42.195km」は無理でも50mは全力で走れる。」と、一人一人が50m先のテープを目指して全力で走りぬけていた。
 走り終えた選手の皆さまには光センサーで計測されたという50m走のタイムが記載された証書が渡され、記念写真が撮られていた。
「ふれあい屋島フェスタ:フラダンス」
 屋島レクザムフィールドの通路に設けられたステージに、フランダンスが登場した。
 高松市にある「カウピリフラスタジオ」の屋島西と東の教室で活動されている皆様のようで、名前の「カウピリ」とは、ハワイ語で「無償の愛」「絆」だという。※ホームページより。
「ふれあい屋島フェスタ:フラダンス」
 「カウピリフラスタジオ」の皆さま、曲の紹介をしてくれたが、フラダンスを普段耳にすることが無い者にとっては、曲名がよく分からなかった。
 曲名は分からないが、ハワイに一度行きたいなあと思いながらフラダンスを楽しませていただいた。
「ふれあい屋島フェスタ:盆踊り」
 最後のイベントになる盆踊りということで、「一合まいた」がステージと観客の周りを輪になり踊られていた。
 このステージのほか「はたらく車大集合」、「Nゲージ鉄道模型展示&走行」、「くじ引き大会」、「射的ゲーム」、「スーパーボールすくい」、「献血」、「飲食コーナー」などあった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433934
2018年06月10日

「ふれあい屋島フェスタ(1)」


[ 07:34 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「ふれあい屋島フェスタ:屋島中学校合唱部」
 「第2回ふれあい屋島フェスタ」が、5月27日午前10時から高松市屋島中町の屋島レクザムフィールドで開かれた。
 去年の第1回は7月の午後4時からであったので、実施月も時間も変更されていた。
 あいにくこの日はさぬき市の行事に参加していたので、午後から見に行った。
 屋島レクザムフィールドに着いた時には、メインスタンドの下の通路に設けられたステージで、「屋島中学校合唱部」が出演されていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふれあい屋島フェスタ:キッズ・ジュニア空手」
 続いて小学生の「キッズ・ジュニア空手」の皆様がステージに上がり、空手の演武が披露された。
 小学校の低学年から高学年の可愛い児童の皆様が、「エイエイ」と大きな声を出して一生懸命に空手の型を見せていただいた。
「ふれあい屋島フェスタ:コーラス同好会」
 続いてのステージは、大人の「コーラス同好会ひばり」の皆様により歌が歌われた。
 平成5年に結成されたコーラス同好会、「大勢の女性の中に男性1人がまざっていた。
 「こいのぼり」、「茶摘」、「夏は来ぬ」、「BELIVE(ビリーブ)」、「雨の慕情」など
「ふれあい屋島フェスタ:ポスター受賞作品」
 ふれあい屋島フェスタのステージ横には、第2回屋島フェスタ・ポスター受賞作品が掲示されていた。
 屋島小学校と屋島中学校の児童・生徒により、「ふれあい屋島フェスタ」をPRするポスターだけでなく、屋島からの風景、屋島の鳥、屋島寺などが綺麗に描かれていた。
 ここに掲示されている作品だけでなく、屋内の事務所横の壁にも、たくさんの作品が掲出されていた。
「ふれあい屋島フェスタ:ミニSL」
 広い屋島レクザムフィールドのグランドに、線路を設置し「ミニSL」が走っていた。
 あちこちのイベントで「ミニSL」が一番人気になっており、乗車している幼児の笑顔が可愛かった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433893
2018年06月09日

「6月8日(金曜日)の屋島(1)」


[ 13:00 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「6月8日(金)の屋島:屋島の交差点」
 車で屋島に登るべき国道11号線の交差点を北に向かっており、青信号になったところである。
 屋島山上に雲がかかっており、景色がよく見えないだろうなと予想された。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「6月8日(金)の屋島:屋島山上駐車場」
 屋島山上の駐車場に到着し、バーの手前で停止し、「自動車」か「二輪」を選択すると、駐車券が出てきて、バーが上がって通行出来るようになった。
 なお、駐車料金は向かい側の出口で出る時に支払うようになっている。
 天気のよい日であれば、向こうにお土産屋さんが見えるはずであるが、梅雨の時期の雨上がりの霧のため視界が殆どきかない状況であった。
「6月8日(金)の屋島:屋島寺のアジサイ」
 屋島寺の「千体堂」と「三体堂」の周辺には、若いアジサイの木がたくさん植えられて、今花盛りになっている。
 大師堂の横にも一本のアジサイが咲いており、花がお遍路さんをお迎えしている。
「6月8日(金)の屋島:山上の獅子の霊厳」
 屋島寺四天門から「獅子の霊厳」まで来た時には、ほとんど海側の視界がゼロに近かった。
 展望台にいた約10分後に、屋島の陸地に近い所の景色が見え始め、だんだんと霧が晴れだしていた。
「6月8日(金)の屋島:山上の獅子の霊厳」
 屋島山上の「獅子の霊厳」、お弁当くずがあちこちに散乱していた。
 近くに蓋つきの「屑籠」がいくつもあるのに、この有様であったので、拾って屑籠に入れさせてもらった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433877

「6月8日(金曜日)の屋島(2)」


[ 12:56 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「6月8日(金)の屋島:こんな所にブルーベリー」
 屋島山上の展望台がある所に、「ブルーベリー」の木があり、実をつけていた。
 たしか二本なければ実を付けにくいと聞いているが、一本だけなのにたくさんの実がなっていた。
 実を食べると体によいといい、今人気がある木の実だという。
「6月8日(金)の屋島:屋島山上駐車場」
 屋島南嶺を半周して山上駐車場の北側に戻ってくると、霧が晴れてお土産屋さんがはっきりと見えるようになっていた。
 山上の定期バスの停留所に一台が止まっており、もう一台が駐車場から出ようとしており、なんで二台いるのかと思いきや、駐車場から出てきたバスの前面に「教習中 お客様はご乗車できません」と書いた看板が出ていた。
「6月8日(金)の屋島:ビワの実」
 屋島山上にビワの木があり、黄色く実が熟れ始めている。
 野生なのか、又は人が食べた実から育ったビワの木だろうか。
 おおむね手の届かない所に実がなっていた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433876
2018年06月08日

「東京五輪・パラリンピックフラッグツアー(1)」


[ 07:40 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「五輪、パラリン・フラッグツアー:フラッグ展示」
 2020年東京五輪・パラリンピックを盛り上げようと、五輪旗とパラリンピック旗を全国各地で披露する「フラッグツアー」が5月29日に香川県に入りサンポート高松で歓迎イベントがあったと新聞報道された。
 また、県内5市を巡回し5月30日〜6月4日の間、高松市役所で展示されるというので31日に出かけた。
 高松市役所1階市民ホールの左に五輪旗、右にパラリンピック旗が掲げられ、「リオの風を浴びたフラッグが、東京にやってきた。フラッグの上陸は始まりの合図。そういよいよあなたの街に、オリンピック・パラリンピックがやってきます。・・・」などの幟や看板が設置されていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「フラッグ訪問イベントin高松:けやき広場」
 東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会に向け、日本全体で機運を盛り上げるため、オリンピックフラッグ・パラリンピックフラッグが全国を巡回し、6月2日の午後に丸亀町商店街の「けやき広場」で、パレードの出発式が行われた。
 たくさんの人が集まった出発式で、高松市長さんや市議会議長さんからご挨拶があった。
「フラッグ訪問イベントin高松:出発式でゲスト紹介」
 「けやき広場」で行われた出発式で、ゲストの皆様が紹介された。
 右の山口衛里(やまぐち えり)さん、オリンピアン(マラソン)シドニー2000大会出場。
 中央の鈴木徹(すずき とおる)さん、パラリンピアン(走り高跳び)シドニー2000大会、アテネ2004大会、北京2008大会、ロンドン2012大会、リオデジャネイロ2016大会出場。
 左の長尾嘉章(ながお よしふみ)さん、パラリンピアン(車いす100m・200m)ソウル1988大会、バルセロナ1992大会、アトランタ1996大会、シドニー2000大会、アテネ2004大会、北京2008大会、リオデジャネイロ2016大会出場(高松市の資料より)。
「五輪、パラリン・フラッグツアー:キッズチアダンス」
 フラッグツアーパレードの出発式でキッズチアダンスが披露された。
 大勢の観客、カメラを持つ手を差し上げて、後方の人の頭の上から写真を撮らせていただきました。
「五輪、パラリン・フラッグツアー:パレード出発」
 車いすに乗られた方を先頭に、左にオリンピック旗、右にパラリンピック旗を持って「けやき広場」を出発していった。
 続いて高松市長さんらが持つ横断幕「TOKY2020 みんなの輝き、つなげていこう」、高松市吹奏楽団、キッズダンスチーム、子どもサッカーチームなどが幟を持って行進されていた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433815

「東京五輪・パラリンピックフラッグツアー(2)」


[ 07:33 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「五輪、パラリン・フラッグツアー:赤い絨毯の上を行く」
 丸亀町商店街のドーム広場に近くなった所に、赤い絨毯が敷かれており、その上をパレードの列は進んでいった。
 この赤い絨毯の上で、のちほどパラリンピックの選手と子どもたちのかけっこや義足体験、車いす体験などが行われたという。
「五輪、パラリン・フラッグツアー:トークショー」
 オリンピアンの山口さん、パラリンピアンの鈴木さんと長尾さん囲み、司会者が参加してドーム広場で、「トークショー」が行われた。
 パレード参加者や通りを歩く大勢の人が聞き入っていた。
 トークショーステージに飾られている五輪旗、青、黄、黒、緑、赤の五つの輪が5大陸の「平和と協力」を表しているというらしい。
 フラッグツアーはこのあとさぬき市、東かがわ市、坂出市、丸亀市へと引き継がれてゆく予定だという。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433814
2018年06月07日

「屋島スカイウェイの供用開始日の屋島(5)」


[ 07:04 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ B屋島周辺 ]
「屋島スカイウェイ:屋島寺東大門」
 屋島東町38号線の「屋島スカイウェイ」供用開始記念式典が行われた5月26日に、屋島山上では「餅つき」、「お茶のお接待」、「獅子舞」が行われていた。
 屋島寺東大門に向かうお子さん、手に紅白のお餅が入ったビニール袋を握りしめていた。
 お家に帰って食べるのでないかと思われた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島スカイウェイ:瑠璃宝池のスイレン」
 屋島寺東大門の東にある「瑠璃宝池」のスイレンの白い花が咲きはじめていた。
 池面にぎっしりと葉が茂っているが、まだ花数は少なかった。
 栗林公園のように白色以外のスイレンの花もあれば見栄えがするのにと思われるが、どうすることもできない。
「屋島スカイウェイ:太三郎狸の石像裏」
 屋島寺境内のお堂の周辺に、アジサイの花が植えられて徐々に大きく育っている。
 6月にはアジサイの花が見頃を迎える所が多い。
 屋島寺本堂横に立つ太三郎狸の石像の裏には、ひっそりと一本の背の低いアジサイが花をつけていた。
 もっともつとアジサイの木が増えていけばいいのにと思っている。
「屋島スカイウェイ:屋島寺四天門から仁王門を見る」
 屋島寺四天門から仁王門の方向を見たところである。
 前方にある椅子の前には沢山のお茶の箱が並べられており、幼稚園から遠足に来られているのかなと思った。
 屋島寺南で「おにぎり」を食べているとお弁当が届いたようで、そのお弁当が入ったケースには屋島少年自然の家の名前があった。
 どこかの中学校が、集団宿泊学習に来られているようであった。
「屋島スカイウェイ:加持水にて」
 屋島から歩いて遍路道を下りていると、青いジャージを着た中学生5〜6人のグループと何組も出会った。
 どこの中学校ですかと聞くと「東」と教えてくれ、逆に「ハブ」がいますか、「イノシシ」がいますかと質問された。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433773
2018年06月06日

「屋島スカイウェイを歩いて屋島に上る(4)」


[ 07:46 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島スカイウェイ:屋島寺入口」
 「屋島スカイウェイの供用開始記念式典が行われた日に屋島の麓から「屋島スカイウェイ」を1時間10分かけ歩いて山上に着いたが、屋島寺の入口で「餅つき」と「獅子舞」が行われていた。
 毎年3月下旬に行われている「源平合戦記念!屋島・弁慶餅つき」が今年3月21日に予定されていたが、雨のため中止となっていた代替の「屋島・弁慶餅つき」のようであった。
 参道では地元の「新馬場獅子舞」が勇壮に舞われていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島スカイウェイ:「弁慶餅つき」
 「屋島寺」の入口で行われていた「屋島・弁慶餅つき」は、源平合戦「屋島の戦い」で勝利をおさめた源氏軍の弁慶が、戦勝祝いに屋島寺の境内で紅白のお餅をつき、村人に配ったという故事に習って行われているという。
 もち米を蒸してから石の臼に入れて、杵で搗くという昔風の餅つきが行われていた。
「屋島スカイウェイ:餅つきを見る人」
 「屋島寺」入口の「弁慶餅つき」、振りかぶった杵で力強く餅を搗く様を、たくさんの人が見物していた。
 中には男の外国人が二人見物人に交じって、日本の懐かしい風景を眺めて片言の言葉で質問されているようであった。
「屋島スカイウェイ:配られたお餅」
 「弁慶餅つき」の搗きあがった餅を、テントの下で女性陣が丸めて、紅白一つずつビニール袋に入れて観光客などに配っていた。
 お餅はとても柔らかく、持ち帰って食べた。
「屋島スカイウェイ:お茶のお接待」
 屋島寺参道の餅つきの反対側では、屋島中学校昭和33年度卒業の同窓生を中心としたメンバーから成る屋島の歴史、文化、里山を守り、屋島の活性化を図ろうと活動する「元気YASHIMAを創ろう会|の皆様により、お茶のお接待が行われていた。
 暖かいお茶が美味しかったこと、この上ない味わいであった。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433713
2018年06月05日

「屋島スカイウェイを歩いて上る(3)」


[ 07:24 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ A屋島の道(遍路道等) ]
「屋島スカイウェイ:屋島スカイウェイを歩く」
 「屋島スカイウェイ」と名前を変えた屋島山上へと屋島東町38号線を歩いているところをテレビ局が撮り、放送されたものである。
 道路左側にカメラを構えたテレビ局の人に気付き、少し緊張気味に坂を上った。
 26日と29日の二日間に放送され番組の写真を撮らせていただきました。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島スカイウェイ:展望台でインタビュー」
 先に坂道を上るところをビデオに撮られた同じ放送局のスタッフから、インタビューを求められた。
 あまりすっぱり受け答えできていなかったのか、カットされていた。
 右端にはママチャリを押して登る方が、写っている。
「屋島スカイウェイ:トンネル」
 屋島ドライブウェイを車で上った時は一瞬に通り過ぎるトンネル(屋島隧道)を、歩きだとゆっくり眺めながらくぐる。
 トンネル内の左側の歩道が比較的広そうなので、車に注意しながら左に渡りトンネルを通過した。
 きちんとした歩道がない「屋島スカイウェイ」、歩行者は道のどちら側を通行すればいいのかと迷ったことであった。
 トンネル入口には「通行注意! トンネル内は1mの歩行幅しかありません。通行には、十分に注意してください。」と看板が掲げられていた。
「屋島スカイウェイ:仙遊橋」
 「屋島スカイウェイ」に架かる唯一の橋の「仙遊橋」が見えてくると、間もなく屋島の山上駐車場に到着する。
 屋島南嶺の遊歩道を巡るときに「仙遊橋」から「屋島ドライブウェイ」を見下ろしていたが、下からこの橋を見たことはなかった。
 前を行く人、とうとう麓から自転車を押して上ってきた。
「屋島スカイウェイ:山上駐車場の入口ゲート」
 「屋島スカイウェイ」の終点である屋島山上駐車場には、駐車料金を支払うゲートが完成していた。
 歩行者は、どこから入ればいいのか分からなかったが、赤白のバーの横の隙間から通り抜けた。
 お土産屋さんの右手が「屋島寺」の入口で、獅子舞の賑やかな鐘と太鼓の音が聞こえてきた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433653
2018年06月04日

「屋島スカイウェイの供用開始記念式典(2)」


[ 10:22 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ A屋島の道(遍路道等) ]
屋島ドライブウェイから名前を変えた屋島東町38号線、「屋島スカイウェイ」供用開始記念式典が終わり、自転車は先に出発しており、今度は歩く人の通りぞめが始まった。
 左の方は一番乗りだそうで、右側で上着を持って歩いて登る人と一緒にスタートしたが、たびたびお見掛けする記念式典に出席した市会議員さんのようであった。
もっと歩いて登る人が多いのでないかと思っていたが、案外少なかった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島スカイウェイ:展望台」
 屋島ドライブウェイから「屋島スカイウェイ」に名前を変えた道路には、展望台が二つある。
 車で上り下りする途中に、源平合戦の古戦場や五剣山が見渡している観光客が多くいる。
 観光景色を見る参考になる観光案内板が最近、取り外されて寂しくなっているが、新しくやり直されているのだろうか。
「屋島スカイウェイ:下りてくる自転車の列」
 「屋島スカイウェイ」を歩いて登っている時、数人の自転車乗りさんが颯爽と下りてきた。
 手を振ると、自転車乗りさんも手を振って応えてくれた。
 自転車で屋島に上ったグループの中に有名競輪選手やガールズの選手がいたということをテレビ放送で知った。
 自転車の制限速度は、自動車と同じなのだろうか。
「屋島スカイウェイ:八栗寺に向かう遍路道」
 第84番札所の屋島寺と第85番札所の八栗寺をむすぶ遍路道が、「屋島スカイウェイ」を横切っている。
 何度か上り下りしたことがあるが、かなりキツイ坂道が続いており、ここでは車に注意して渡っていたが、これからは自転車や歩行者とも交差することになる。
 遍路道の際に「ハギ」の赤い花が咲きはじめていた。
「屋島スカイウェイ:工事中」
 屋島ドラブウエイが土砂崩れのため通行止めになっていたのが、交互通行にして通行止めが解除されたのが去年10月30日であった。
 自転車や歩行者が通行可能となる前までに工事完了かなと思っていたが、まだ完成していない。
 信号に従い止まっていた自転車と一緒に、青信号の間に道の右側を通り過ぎることができた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433595
2018年06月03日

「屋島スカイウェイの供用開始記念式典(1)」


[ 06:58 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ A屋島の道(遍路道等) ]
「屋島スカイウェイ:供用開始記念式典高松市長挨拶」
 屋島山上へと続く有料道路の「屋島ドライブウェイ」が無料化され、「屋島スカイウェイ」として5月26日に供用開始された。
屋島山麓の旧屋島ドライブウェイ料金所跡付近で、9時15分から供用開始記念式典が行われ高松市長さんたちの挨拶や祝辞があった。
たくさんの来賓が記念式典に出席され、「屋島東町38号線「屋島スカイウェイ」」の供用開始を祝った。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島スカイウェイ:供用開始記念式典で歌声」
 記念式典では大勢いの来賓の方々が紹介され、祝電が披露された後、屋島小学校の児童により「屋島賛歌」が歌われた。
 この「屋島賛歌」は屋島地区の行事では欠かせない歌となっており、男児1人、女児7人のさわやかな歌声が記念式典会場に流れていた。
「屋島スカイウェイ:供用開始記念式典テープカット」
 「屋島スカイウェイ」を通行止めにし、道路幅いっぱいに赤じゅうたんが敷かれた上で、テープカットが行われた。
 高松市長さんをはじめ来賓の方々にまじって「屋島スカイウェイ」という道路名の名付け親の方が参加されていた。
「屋島スカイウェイ:供用開始式典後の自転車漕ぎ始め」
 「屋島スカイウェイ」で行われたテープカットの後、式典会場後方の道に待機していた大勢のサイクリストたちが山上をめざして出発して行った。
 ヘルメットをかぶりきちんとしたユニフォームを着られた人たちで、中には女性の姿が混ざっているようであった。
「屋島スカイウェイ:供用開始記念植樹」
 「祝屋島東町38号線屋島スカイウェイ供用開始」の看板が掛かる前で、高松市長さんや市議会議長さん、そして道路名命名者、屋島小学校児童代表、高松ゆめ大使の皆様が、記念植樹をした。
 あらかじめ植えられた三本のヤマザクラにスコップで土をかけており、そばで見守る「ことちゃん」もやってみたそうであった。
 花の季節には屋島へ上り下りする人、自転車、車から花を楽しめるようになりそうだ。

[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433574
2018年06月02日

「高松市高松町運動会(2)」


[ 07:09 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「高松町運動会:競技に汗を流す」
 5月20日、高松市高松町の古高松小学校であった「高松町運動会」を見に来ている。
 写真上左は、プログラム4番の小学生低学年による「徒競走」、写真上右は、プログラム5番の幼児による「かけっこ」。
 写真下左は、プログラム6番の高齢者による「玉入れ」、写真下右は、プログラム7番の幼児による「玉入れ」。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松町運動会:風船割競争」
 大人の女子による「風船割競争」が行われており、ゼッケンを背負っているので自治会対抗のプログラム8番の競技である。
 選手の皆さま、30mほど走ってきて椅子とお尻の間に風船を差し込んで、風船を割るという競技である。
 なかなか割れない風船もあり、割れると大きな音を立てていた。
「高松町運動会:担架リレー」
 一般男女による「担架リレー」が行われている。
 重りを乗せた担架を4人で運び、折り返し点をぐるりと回るという早さを競う競技であった。
 普段走り慣れていない人か、ゆっくりと走るグループの選手もおられた。
「高松町運動会:一生懸命走る・走る」
 競技によっては自治会を代表して走るものがあり、それぞれ一生懸命に走っているなと感じられた。
写真上左は、プログラム10番の自治会対抗「女子50競争」、写真上左は、プログラム12番の小学生による「パン喰競争」。
 写真下左は、プログラム14番の一般男女による「パン喰競争」、写真下右は、プログラム11番の自治会対抗「男子100m競争」。
「高松町運動会:力一杯引っ張る」
 競技が進みプログラム15番の「女子綱引き大会(写真上左)」、同16番の「男子綱引き大会(写真上右)」が午前中最後の競技であった。
 我が自治会は一家に一つの弁当とお茶が支給され、美味しくいただいた(写真下右)。
 午前中に運動会のプログラムに印刷されていた抽選券を箱に入れていたものを、小学生が並んで抽選している写真である(写真下左)。
 なかなか当たる倍率が高く、かって一度もかすりもしていない。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433514
2018年06月01日

「高松町運動会(1)」


[ 07:31 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「高松町運動会:開会式」
 5月20日、高松市高松町の古高松小学校で高松町自治会連合会が主催する「平成30年度高松町運動会」が開かれた。
 暑いほどの天候となり、「この運動会は、高松町すべての自治会の皆さんが集まり、スポーツを通して親睦・交流を深めることが、大きなねらいの一つです。」とあった。
 午前9時より開会式が始まり、前年度優勝自治会から優勝旗の返還ののち、主催者の挨拶と選手代表による選手宣誓があった。 
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松町運動会:スポーツ少年団の入場」
 屋島の尾根が見える古高松小学校の運動場に各自治会別に大人や子供たちが整列する前に、古高松スポーツ少年団の皆様が元気よく入場してきた。
 先頭に野球の「古高松ブルースターズ」につづいて「古高松育成会」、「古高松剣道スポーツ少年団」、「古高松南ジユニアバレーボール」、「バドミントン教室」、サッカーの「FCディアモ」と入場して来て、中央正面に整列した。
「高松町運動会:ラジオ体操」
 「古高松ブルースターズ」のキャプテンが朝礼台に乗り、参加者全員によりラジオ体操第一が行われた。
 写真を撮った後、体を動かしたが普段していない体操なので体の動きはぎこちないものであった。
「高松町運動会:古高松保育所」
 プログラム1番の「古高松保育所」の「表現あそび」から始まった。
 遊戯のあと親子さんで大きな布を揺らし、園児が布の中に入ってはしゃいでいた。

「高松町運動会:つくし幼稚園」
 続いて、つくし幼稚園の園児による「表現遊び・親子競技」があった。
 横に長く並んで遊戯を行った後、白チームと赤チームに分かれて先生が背負う篭の中に、親子で玉を入れるゲームを楽しんでおられた。
[ コメントを書く ] [ 関連する記事(トラックバック)を書く ]
トラックバックURL:http://keijiban.e-topia-kagawa.jp/bbs/TrackBackServlet.asp?blogid=433475