屋島のできごとさんのブログ
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屋島のできごと
徳島に生れ育ち、四国四県を渡り歩き 、現在高松市に住む。 前月等のプログを見る場合は、下のカレンダーの月の部分の青色の「く」の部分をクリックしてください。(写真は、屋島山上の談古嶺から見た初日の出:H31.1.1撮影)
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2016年08月31日

「しまなみ海道を行く大三島F」


[ 07:00 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ C神社・仏閣 ]
「しまなみ海道大山衹神社:休憩」
 7月28日、今治市大三島町にある「大山衹神社」に参拝し、拝殿西側の広場で休憩をとった。
 立っていた柱には「生樹の御門」、「奥の院」を示す右矢印が立っており、その向こうに白壁の 塀や由緒ありそうな門が建っていた。
 宮司さんのお宅だろうか屋敷内には、背の高い樹木が茂っていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「しまなみ海道大山衹神社奥の院:生樹の御門」
 「大山衹神社」から西に出て、北に行った所に「奥の院」があり、愛媛県の天然記念物になっている「生樹の御門(いききのごもん)」があった。
 樹齢約3000年といわれるクスノキの巨樹の根元が空洞になっており、空洞が奥の院への参道で、この空洞の参道を通るとパワーが感じられ不老長寿の御利益があると言われているという。
 さっそく腰を屈めて、頭に注意しながら通り抜けて行った。
「しまなみ海道大山衹神社:奥の院」
 「生樹の御門」を通り抜けると、直ぐのところに「奥の院」があった。
 この奥の院は、明治初期に神仏分離が実施されるまでは大山祇神社に附属していた神宮寺の奥の院で、神宮寺は現存しておらず、奥の院だけが残されている。
 社殿はそんなに古そうでは無かったが、正面上には「寫 有文第22号 指定書 種別 彫刻
 名勝 木造阿弥陀仏三尊像1件3躯
 上記を大三島町文化財に指定する
 昭和56年3月26日 大三島町教育委員会」 と書いた板が掛かっていた。
 隙間から覗いてみたが、ここに安置されているのか分からなかった。
「しまなみ海道大山衹神社:宝物館」
 何十年か前に来たときに「宝物館」に入館したことがあり、案内人にどこにあるのか聞いてみると右側にあるとのことであったので、単独でちょっとだけ入口まで行ってみた。
 昔の記憶はほとんど無かったが、宝物館には。国宝・国の重要文化財の鎧などの武具類が多く所蔵されている。
 グループの皆さんは先を行かれていたので、見学する時間が無く一行を急いで追って行った。
「しまなみ海道:大島大橋」
 「大山衹神社」を出発し、バスは「大三島橋」を渡り、「大島大橋」を通っている所である。
 自転車道の向こうに夕方の島々が見えていた。
 一度は、レンタサイクルを借りて島めぐりをしてみたいなと思っている。
 途中、石鎚山サービスエリアで休憩し、20時前にJR高松駅まで帰ってきた。
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2016年08月30日

「しまなみ海道を行く大三島E」


[ 08:04 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ C神社・仏閣 ]
「しまなみ海道大山衹神社:乎知命御手植の楠」
 7月28日、今治市大三島町にある「大山衹神社」に来ている。
 長い境内を歩いて「神門」前に来ると、根回り20m、高さ16mという大きな木の「乎知命御手植の楠」が生い茂っていた。
「乎知命(おちのみこと)御手植の楠 天然記念物 御島(大三島)に祖神大山積大神を祭った乎知命の御手植楠(樹齢2600年)と伝えられ古来御神木として崇められている。」※現地看板より。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「しまなみ海道大山衹神社:伊藤博文公記念楠樹」
 「大山衹神社」の神門の左側に「伊藤博文公」の「記念楠樹」があった。
 「伊藤博文公記念楠樹 伊藤博文公は我国初代首相、明治四十二年三月二十二日当社へ参拝。社号標の揮毫並びに楠樹の記念植樹をされた。」
 なお「伊藤博文公」が揮毫した「社号標」は
、神社入口の鳥居さん横に建てられている。
「しまなみ海道大山衹神社:神門造替工事」
 「乎知命御手植の楠」の横をすり抜けて12段の石段を上ると、「神門」があった。
 「神門」は工事用シートで覆われており、新しくなる神門の写真に「大山衹神社神門造替工事 平成28年11月完成」と書かれていた。
「しまなみ海道大山衹神社:拝殿」
 「大山衹神社」は、天照大神の兄である大山積大神を祀る神社で、海上交通の守護神として、日本の国土全体を守護する神として、古代から崇められている。
 拝殿、本殿が国の重要文化財に指定されている。
「しまなみ海道大山衹神社:神輿庫裏で丸太を削る」
 「大山衹神社」の拝殿左にある校倉造の「神輿庫」の裏で、新しくなる「神門」の部材か丸太が大工さんにより削られていた。
 太い丸太もあり、立派な門が建てられるようであった。
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2016年08月29日

「雨上がり」


[ 12:33 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ B屋島周辺 ]
「待ちに待った雨が降る」
 昨夜より降る雨が我が家の屋根を打ち付けて、かなりの雨音がしていた。
 今朝にも雨が続いていたので傘をさして、外に出てみたら、小さな「口銭場川」にも幾分水かさが増えていた。
 高徳線の向こうに薄く見える屋島に雲がかかり、雲が東の方向に流れていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「雨上がりの屋島」
 緑濃い稲の向こうに、だんだんと晴れて山頂部分を除いて屋島の姿を見せてくれていた。
 早くも稲刈りを済ました田圃もあったが、目の前にある田圃の稲刈りは、秋になるのであろう。
「八栗山(五剣山)」
 この辺りから東北方面に八栗山(五剣山)の姿を望むことができる。
 五つの剣の峰(一番右の峰は宝永地震で崩壊)が晴れていれば見えるが、あいにく雨雲が峰にかかっていた。
「クワズイモの花」
 我が家で鉢植えにしている「クワズイモ」の花が、えっとぶりに花を付けた。
 半円状の緑の帽子のようなものに包まれ、黄色のロウソクのような棒状の花であった。
 「食わず芋」といい、食べれないのでこの名前がついたという。
「灯ろう流しの会場」
 8月27日、春日町の新川河口を自転車で通りかかったら、午後6時30分から始まる「灯ろう流し」の準備が整っていた。
 ご先祖様や東日本大震災の犠牲者を供養するため川に灯ろうを流すもので、川には灯ろうが流れて行かないための囲いがされていた。
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2016年08月28日

「屋島に上る」


[ 09:07 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島山上:シャトルバス」
 このところオリンピックや高校野球やなにやらとあり、8月25日にひさしぶりに屋島山上行きのシャトルバスに乗ったが、琴電屋島駅から約20人がバスに乗り込んだ。
 香川は四国でも外国客が多いとテレビで放送されていたが、このバスにも乳母車を持って乗ってきた外国人が、よく分からない言葉で話をしていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島山上:新入りのタヌキがいた」
 毎度書かせていただいている屋島山上の「タヌキ」に久しぶりに会うと、幾分小さめの「子ダヌキ」が加わっていた。
 総勢6匹のタヌキが、人が来たのが分かったのか近づいて来た。
 エサになるような物を持っていなかったが、エサを下さいというように手が届く位置まできて見上げていた。
「屋島山上:タヌキと観光客」
 屋島山上のタヌキたち、エサをくれるのを期待してやってきたが諦めて、お土産屋さんの方向へと帰る所である。
 おりしもお土産屋さんのお客様が、「可愛い」と言いながらタヌキに向ってカメラを構えていた。
 
「屋島山上:遊歩道」
 屋島山上駐車場から「新屋島水族館」に向われるお子さん連れの一団とすれ違った。
 明日(25日)から始まる二学期を前に、最後の夏休みを楽しんでいる様子であった。

「屋島山上:屋嶋城」
 屋島南嶺に公開されている「屋嶋城」の城壁の前で記念撮影をする一団があった。
 2〜3人のグループで見学する人はよく見かけるが、団体さんで見学されているところに初めて合った。
 見学してどんな感想を持っているのだろうか、高齢者のグループが階段を上り帰って行った。

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2016年08月27日

「屋島の木の葉が一部枯れだす」


[ 09:45 ][ 観光・レジャー ][ @屋島山上 ]
「屋島の木:屋島の姿」
 8月23日に町に行くため自転車で新川河口の「新川大橋」の付近を通りかかった。
 いつも通りの屋島が見えていたように思ったが、山の色が茶色になっているのが気にかかった。
 中央部の白い部分の「屋嶋城」の下方と、左側にある遍路道の畳石付近が特に目立っていた。
「屋島の木:屋嶋城」
 屋島南嶺の山上を一周して南端にある「屋嶋城」にやって来た。
 目の前の木や階段横の木や、ずっと下方の木の葉が茶色に縮れたように枯れ始めていた。
 屋島に何年も登っているが、冬に落葉樹の枯葉をみるが、真夏に枯れているのを見たという記憶がない。
 それだけ今年は雨が降らないのだろうか。
「屋島の木:屋嶋城から不喰梨への道」
 新しく出来た「屋嶋城」から「不喰梨」への道は、丸太で組んだ階段が下まで続いており、狭くてしかも急なのでゆっくり下りて行った。
 緑の葉っぱが多かったが、所々に葉が枯れているような所があった。
 写真の中央上方に枯れた葉が見えている。
「屋島の木:畳石付近」
 遍路道の「不喰梨(くわずのなし)」まで下り、再び遍路道を上に「畳石」の付近まで上ってきた。
 ここら付近の道の両側の木々の葉が特に黄色く、一部に落ち葉になって遍路道に落ちていた。
 空には白い雲が浮かんでおり、この辺りだけは遍路道に木が少なくなっており、厳しい暑さで息が切れて汗だくになった。
「屋島の木:畳石付近」
 屋島の遍路道の「畳石」から、振り返って下方向を見た写真である。
 真ん中に見える嶺の上が旧屋島ケーブル山上駅跡がある所で、左に「屋嶋城」があり、その峰の下方の葉が茶色になっていた。
 樹種によって水が少ないと葉が枯れる木があるのだろうが、雨が降ればまた青々とした葉を見ることができるのだろうか。
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2016年08月26日

「しまなみ海道を行く大三島D」


[ 10:48 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ C神社・仏閣 ]
「しまなみ海道大三島:伯方の塩の見学」
 7月28日、広島県からしまなみ海道の「多々良大橋」を渡り、「大三島」に下りて、伯方塩業株式会社の大三島工場を見学した。
 「伯方の塩」というテレビコマーシャルで有名で、工場2階の見学通路から塩が出来るまでを見て回った。
 最初に説明があっただけで、見学通路では説明がなくどのようにして作られるのかよく分からなかった。
 売店で塩味のソフトクリームを買って食べた。
「しまなみ海道大三島:大山衹神社」
 大三島の中央部にある「大山衹神社」は、日本総鎮守と呼ばれて古代より多くの信仰を集めている。
 境内には国の昭和26年6月9日に天然記念物に指定された「大山衹神社楠木群」があり、指定樹38本の他に大小約200本の楠木が群生していた。
「しまなみ海道大三島:大山衹神社」
 「大山衹神社」の鳥居をくぐると背の高い建物の「総門」があった。
 2010年(平成22年)4月に完成したばかりで、まだ木の香りがするような建物であった。
 神社古図に描かれていた「総門」を、約700年ぶりに再建したもので高さ約12メートル、幅約10メートル、奥行き約5メートルの総ヒノキ造りの2層構えで、屋根は銅板ぶき、総事業費は3億2千万円であったという。
「しまなみ海道大三島:大山衹神社斎田・御桟敷殿」
 「総門」の右横に小さな田圃の「斎田」があり、その向こうに「御桟敷殿」と一人相撲が行われるという広場があった。
 「斎田(さいでん) 大山衹神社伝統の神事御田植祭(旧暦五月五月)と抜穂祭(旧暦九月九日)はこの神田に於て行われます。このとき、愛媛県無形文化財一人相撲が奉仕されます。」
 「御桟敷殿(おさじきでん) この建物に御田植祭(旧暦五月五月)と抜穂祭(旧暦九月九日)の両度、御神輿の渡御を申し上げ、神田斎場祭を奉仕する御殿です。(昭和五十五年十月復元竣工)」※現地看板より。

「しまなみ海道大三島:大山衹神社能因法師の雨請幣帛掛の樟」
 「大山衹神社」の広い境内の左側に、古色蒼然とした「能因法師の雨乞(あまごい)の楠」があつた。
 「天然記念物 能因法師 雨乞の楠 日本最古の楠(樹令3000年)で後冷泉天皇の御代(九00年前)伊予国守藤原範国は能因法師を使者として祈雨の為参拝させた。其の時「天の川苗代水にせきくだせ天降ります神ならば神」と詠じ幣帛に書付け祈請したところ伊予国中に三日三夜雨が降った(金葉和歌集)と伝えられている。」
※現地看板より。
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2016年08月25日

「しまなみ海道福山・生口島を行くC」


[ 07:22 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ J県外の旅 ]
「しまなみ海道福山:ファクトリー」
 7月28日、尾道市の千光寺から福山市に移動し、「ファクトリー」という会社見学があった。
この福山市へは、2013年(平成25年)に福山競馬場が廃止される時に来ており、3回目であった。
 この会社、ムートンシーツなどを扱っている会社のようで、その値段に目が丸くなった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「しまなみ海道生口島:生口橋」
 しまなみ海道の「生口橋」を渡り、「生口島(いくちじま)」に降り立った。
 「生口島」は、全国有数のレモンの栽培で有名で、「西の日光」と呼ばれる個人の実業家が建立した「耕三寺」は、浄土真宗本願寺派のお寺で平等院鳳凰堂を模した本堂や日光東照宮陽明門を模した孝養門などがあるが行かなかった。
「しまなみ海道生口島:ドルチェ」
 尾道市瀬戸田町のジェラートの店の「ドルチェ」を訪れた。
 ジェラートとは、氷菓ということらしくアイスクリームなどが並んでいた。
 また、隣にある「島の駅 しまなみ1」で土産物などを見て回った。
「しまなみ海道生口島:すいぐん丸」
 13時43分、ちょっと遅い昼食となったが、生口島にある「すいぐん丸」に立ち寄った。
 「瀬戸田の耕三寺の横に位置する瀬戸田すいぐん丸は、瀬戸田名物のたこ飯が自慢です。蒸籠蒸しの熱々御飯です。」※しおりより。
 耕三寺に近いということで、他に観光バスが止まっていた。
「しまなみ海道生口島:瀬戸内御膳」
 生口島にある「すいぐん丸」の追加代金なしの「瀬戸内御膳」である。
 他に追加代金が1,500円と追加代金が2,500円のがあったが、この普通の昼食はなんとなく寂しい気がした。
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2016年08月24日

「しまなみ海道を行く尾道B」


[ 08:41 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ C神社・仏閣 ]
「しまなみ海道尾道市千光寺:三重岩」
 7月28日、尾道市の千光寺に来ており「本堂」と「大仙堂」との間に石段を上る所があり、そこに大きな岩が見え「奇岩 三重岩」の看板が掛かっていた。
 この岩の前にはゲートがあり、左には鳥居さんが建っており、上に「くさり山」という岩山があった。
 「クサリ山(石鎚山) 60数年ぶりに復元された鎖を伝って登ると石鎚権現をまつる石鎚山に着く。ここからの眺めは本堂とまた違った素晴らしさがあります。」※現地看板より。
「しまなみ海道尾道:千光寺への道」
 千光寺公園の駐車場から千光寺に至る道に、平成十年十月大相撲尾道場所に参加した横綱、大関の手形の碑が建っていた。
 横綱は「貴乃花」「若乃花」「曙」、大関に「武蔵丸」「貴ノ浪」の名があり、関脇以下の力士の名前もあった。
 18年も前の力士のしこ名で、今でも活躍している力士は居ない。

「しまなみ海道尾道:千光寺への道」
 千光寺公園駐車場から千光寺へ行く道沿いの駐車場に昔懐かしのホンダの軽自動車が止まっていた。
 もちろん廃車されていたが、おおよそ50年も前の車がよくのこされているなと思った。
「しまなみ海道尾道:千光寺公園展望台」
 千光寺へ降りる道からちょっと上った所に「千光寺公園展望台」があった。
 前に来たときは、ラセン階段を上って展望台から、尾道市街や瀬戸内海ねなどの眺めを楽しんだが、バスの時間までに15分ほどしか残っていなかったので、展望台へは行かなかった。
 展望台の建物の前には、ラッパを吹くお子さんを抱えた裸婦像の「あけぼの」が立っていた。
「しまなみ海道尾道:千光寺山ロープウェイ山頂駅」
 前回に尾道に来たときに利用した「千光寺山ロープウェイ」の山頂駅である。
 ここから「千光寺」まで降りそしてまた上るという遊歩道の「文学のこみち」が始まっており、尾道市のゆかりのある作家・詩人25人の作品を刻んだ石碑が建っている。
 左側の丸いものは、25人分の石碑をまとめて一枚の写真にまとめたものであった。
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2016年08月23日

「しまなみ海道を行く尾道A」


[ 08:42 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ C神社・仏閣 ]
「しまなみ海道:玉の岩」
 7月28日、バスで尾道市の千光寺公園に上り、「千光寺」の本堂から大師堂、鐘楼に至る道に「玉の岩」がある。
「玉の岩(当山第三の巨岩) 宝珠岩又は鳥帽子岩とも言う岩。昔、岩上宝玉あり、遥かに海上を照らす故にこの名あり。尾道を古来玉の浦と言い、山を大宝山、寺を千光寺と言う。亦是に由ると言う。」※看板より。
 手前に見える松の枝は「末広の松」で、「玉の岩」の向こうに「大師堂」が見えている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「しまなみ海道:鐘楼」
 「千光寺大師堂」から南に入った所に竜宮城を思わせる「鐘楼」があった。
 「鐘楼 この金は時の鐘として名高く、元禄初年から近郷近海に時刻を報じてきました。平成8年に日本の音風景百選に選ばれています。」※現地看板より。
 またこの鐘は、除夜の鐘として年末のNHKの「行く年・来る年」の番組で放送されることが多い。
「しまなみ海道千光寺:鐘楼横からの眺め」
 「千光寺」は山の中腹にあり、南面には瀬戸内海の「向島」との間にある「尾道水道」が横たわっており、「向島」には、たくさんの造船所が建ち並んでいた。
「千光寺」の鐘楼横からは、尾道水道の東に瀬戸内しまなみ海道の「新尾道大橋」と、国道317号の「尾道大橋」の姿を見ることが出来た。
 左の上空には、千光寺山ロープウェイの索道が写っている。
「しまなみ海道:鏡岩(かがみいわ)」
 千光寺大師堂の北側の斜面の上には、「鏡岩」という大きな丸い岩が乗っている(写真の上部)。
 「鏡岩 昔、玉の岩の宝珠または太陽、月の光を鏡のように反射させていたと伝えられており、鏡には神が宿るという信仰の対象であったと言われています。」※現地の看板より。
「しまなみ海道:護摩堂」
 千光寺の「玉の岩」の北から石段を上ると宝暦7年(1710年)に建立されたという「護摩堂」がある。
 「護摩堂 本尊は不動明王で、脇侍に阿弥陀如来、地蔵菩薩がまつられています。毎月28日には不動護摩供を修法しております。」※現地看板より。
 石段を上って「護摩堂」の正面の廊下から前を見ると、大師堂近くにある高さが15メートルもある巨岩の「玉の岩」の三角錐のような頂部が突き出ており、その頂には「如意宝珠」があったという伝説にちなみ夜になると三色に輝く「玉」が取り付けられている。
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2016年08月22日

「しまなみ海道を行く尾道@」


[ 08:09 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ C神社・仏閣 ]
「しまなみ海道:千光寺公園へ」
 7月28日、高松駅午前6時30分集合の尾道からしまなみ海道を渡る日帰り旅行に参加した。
 高松駅から瀬戸大橋を渡り、岡山県倉敷市の山陽自動車道の「道口パーキングエリア」でトイレ休憩し、広島県尾道市の千光寺山にある「千光寺公園駐車場」に8時50分に着いた。
 前に尾道に来たときは列車で来てロープウェイで千光寺山に上ったが、今回は山の上までバスで登ってきた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「しまなみ海道千光寺公園:千光寺へ」
 駐車場はほぼ千光寺山の山頂に近くの桜並木を経て、尾道市立美術館辺りから坂道を下って「千光寺」に向った。
 この西側から千光寺へと下りる道から、千光寺から東にロープウェイ山頂駅までの道沿いに「文学のこみち」があり、徳富蘇峯の詩碑に始まり林芙美子,志賀直哉、頼山陽の詩碑まで25の文学碑がある。
「しまなみ海道千光寺公園:鼓岩」
 西側の小道の途中に、大きな岩の「鼓岩(つづみいわ)」があり、この岩の上に上がって尾道水道を見下ろしている観光客があった。
 「名勝 鼓岩 千光寺第二の巨岩である。岩の上を小石で打つと「ボンボン」と鼓のような音がする(別名ボンボン岩)。右側のノミの跡は大阪城の築城の時、石垣材料として割りかけた跡といわれている。大林監督の映画「おかしなふたり」、「あの夏の日のロケ地となった。」※現地看板より。
「しまなみ海道千光寺:三十三観音堂」
 西側の文学の小道を下りて来た所の千光寺山の中腹に、千光寺の「三十三観音堂」がある。
 「三十三観音堂 西国観音霊場のご本尊三十三体がまつられており、このお堂にお参りすると霊場をお参りしたと同じ功徳があると伝えられています。正面の数珠は幸せを念じながら回すと、その音により煩悩を打ち消して観音さまのお慈悲が頂けるのです。」※現地看板より。
「しまなみ海道千光寺:大仙堂・本堂」
 写真の手前の建物が千光寺の「大仙堂」である。
「大仙堂 大山智明大根源は大山寺(鳥取)のご本尊地蔵菩薩のことで、その分体がここにまつられています。」※現地看板より。
 大仙堂から石段を上った所にあるのが千光寺の「本堂」である。
 「本堂 本堂は俗に赤堂とも呼ばれ、本尊千手観世音菩薩は33年に一度開帳される秘仏で「火伏せの観音」とも称されています。」※現地看板より。
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2016年08月21日

「いろいろ」


[ 08:49 ][ 歴史・文学:建造物 ][ I高松市内 ]
「サンポート高松」
 夏の季節の「サンポート高松」で、ずっと東へと防波堤が延びている。
 防波堤の先に「せとしるべ(赤灯台)」があり、今月に日本ロマンチスト協会の「恋愛の聖地『恋する灯台』」に選ばれている。
 手前には「台湾観光局寄贈」の花の上に大きな鳩2羽が止まった派手な作品「鳥語花香(ちょうごかこう)」が見えている。
 作品がランタンになっており、夜間になるとて点灯されるという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「新川河口」
 新川河口に「ゴム引布製起伏堰」があり、上流から流れて来た水を堰き止めている。
 普段は堰の上から溢れた水が流れているが、雨が降らない今夏は堰の端にある魚道から水が少し流れているだけである。
 取水制限が行われている早明浦ダムの貯水率が47.1%(平年79.8%)となっており、雨が待ち遠しい今日この頃である。
「屋島病院の新病院」
 堂々たる構えの屋島総合病院の新病院の建物が、新川河口にほぼ完成していた。
 この新病院の建物には、工事をしている人の姿はなく、今年の秋に開院予定だそうであった。

「元気なカマキリ」
 木の下を通った時に何となく頭に違和感を感じたので、手で払ってみると「カマキリ」が玄関のフェンス上に落ちて来た。
 なかなか元気そうで、カメラを近づけて撮っていたら、カメラに飛び移ってきてちょっとビックリした。
 前足の前に「カマ」があり、頻りに動かして威嚇している様子であった。
「弱弱しいギボウシの花」
 先日、四国八十八か所第66番札所の「雲辺寺」で参拝客を迎えているギボウシの愛らしい花が新聞報道されていた。
 小さな鉢植えの我が家のギボウシの花は、夕方になると土がカラカラとなり、花の時期も終わりかけて元気がなかった。
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2016年08月20日

「リオオリンピックの『高松ペア』など」


[ 08:22 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ Mその他 ]
「リオオリンピック:高松ペアの応援幕」
 8月6日に開会式があった「リオデジヤネイロオリンピック」も、8月22日に閉会式が予定されている。
 高松市役所の1階市民広場の上に、女子のバドミントンダブルスの「橋礼華さん」と「松友美佐紀さん」を応援する横断幕が掲げられていることを知り、8月18日に市役所に見に行った。
 二人の名字の頭文字を組み合わせて「高松ペア」と呼ぶらしかった。
 「祝 リオオリンピック出場おめでとう! 目指せ・金メダル 高松市は、バドミントン女子ダブルス日本代表「高松ペア」を応援しています。」
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「リオオリンピック:高松ペアが金メダル」
 8月19日のリオオリンピックのテレビ放送は、バドミントンの女子ダブルスで橋礼華さんと松友美佐紀さんの「高松ペア」が優勝したという嬉しいニュースが流れて来た。
 バドミントンと言えばリオオリンピックに出場出来なくなった香川県出身者の選手が有名で、この高松ペアのことは全然知らなかった。
 決勝の相手は、デンマークのC.ペターセンとK.リターユール選手、1ゲームづつ取り合っての最終ゲーム「16対19」から高松ペアが連続5ポイントを奪取し、「21対19」で逆転優勝した。※NHKテレビより。
「リオオリンピック:市役所の横断幕が変わる」
 橋礼華さんは奈良県橿原市、松友美佐紀さんは徳島県藍住町の出身で、高松市とは何にもゆかりが無かったが、その名前から高松市が応援していたという。
 「高松ペア」が金メダルを取ったことから、市役所の横断幕が変わった。
 「祝 金メダル『高松ペア』 感動をありがとう! 高松市は『高松ペア』を応援しています!」
「市民交流プラザIKODE瓦町」
 町へ出掛ける時は約5kmの道のりを、自転車を漕いで行く。
 市民交流プラザの「IKODE瓦町」の中にある図書室で本を借りており、ついでに展示されている物を見て回っている。
 展示スペースで「平成28年度高松市子ども環境学習交流会の作品が展示されていた。」
 古高松中学校「3大クリーン作戦 見ためを 心を 空気を きれいに!!」
 山田中学校「きちんと分別地球のために」
 古高松小学校「みんなで考えよう 自分たちにできること 低炭素社会 循環型社会 自然共生社会」
「菊池寛通りのミカン」
 香川県庁から琴電瓦町駅前までの0.7kmの道路を「菊池寛通り」という。
 この道路の両側にミカンの木が植えられており、まだまだ黄色くはなっていなかったが大きな実になっていた。
 秋になると近くの園児さんによる収穫のニュースが流れてくる。
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2016年08月19日

「大宮八幡神社の夏越祭りB」


[ 11:56 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ C神社・仏閣 ]
「大宮八幡神社夏越祭り:神事の始まり」
 「大宮八幡神社」の夏越祭りの神事が仮殿において始まった。
仮殿の前に氏子総代の皆様がお揃いになると、宮司さんのお言葉があり午後7時から神事が始まった。
 いつも「夏越祭り」には来ているが、茅の輪くぐりを済ませると早々に家に帰っており、神事が行われる時間帯までいたのは初めてであった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「大宮八幡社神夏越祭り:お祓い」
 大宮八幡の「夏越祭り」の神事が、仮殿で行われている。
 何度か参列している氏子総代の皆様が起立されており、お祓いの際にも起立して低頭されておられた。
「大宮八幡神社夏越祭り:参拝」
 暑かったこの日も、周囲が薄暗くなり、とても涼しくなってきた。
 赤々と照明に照らされた神前に、お参りする参拝客が一段と増えてきていた。
 お参りする人の右には、4月初めに綺麗に咲く桜の木があった。
「大宮八幡神社夏越祭り:境内」
 大きな鳥居さんをくぐり、秋の例大祭に沢山の太鼓台が繰り出す広場から見た、大宮八幡の境内である。
 右側で夏越祭りが行われており、左にある石段を上って行くと、随身門に続いて拝殿・本殿がある。
 後ろに見える山が「屋島」で、中央の山頂付近に「屋嶋城」がある。
「大宮八幡神社夏越祭り:夜店」
 夏越祭りの参拝を終えて帰ろうとした時の大宮八幡神社の鳥居さん付近に出ている夜店である。
 「かき氷やさん」、「ドラえもんかすてらさん」、「タコ焼きやさん」などが店開きしており、参拝を済ませたお子さんたちが立ち寄っていた。
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2016年08月18日

「大宮八幡神社の夏越祭りA」


[ 09:26 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ C神社・仏閣 ]
「大宮八幡神社夏越祭り:神前」
 8月1日に「大宮八幡神社」の夏越祭りに来て、茅の輪を作法どおりにくぐり、神前へと進んできた。
 神前には可愛らしい二人の巫女さんが座っており、三宝に山盛りにした「切り餅」をお参りした人に渡すお役目を担っている。
 仮殿にはお酒やスイカ、大根などがお供えされていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「大宮八幡神社夏越祭り:お供えの切り餅」
 巫女さんから頂いたお供えの「切り餅」である。
 切り餅は、お箸で摘まんで参拝者の手の平で受け取るもので、約1cm大の大きさであった。
 受け取ったその場で、口に入れた。

「大宮八幡神社夏越祭り:茅の輪くぐり」
 茅の輪をくぐる夏祭りは、氏子の皆様が疫病その他により健康を損ないがちな夏の季節に、健康を損なわないで無事に暑い夏が越せますように、神様に安全を祈願する神事であった。
 皆様が三回くぐるため、順番が来るのを待っておられた。
「大宮八幡神社夏越祭り:神職さん来る」
 神事が始まる午後7時前に、宮司さんをはじめ三人の神職さんがお出ましになった。
 茅の輪をくぐって、仮殿に向われていた。
「大宮八幡神社夏越祭り:太鼓の音」
 仮殿の右手に据えられていた太鼓を、宮司さんの手によって打ち鳴らされた。
 この太鼓の音を聞いた氏子総代の沢山の皆様が、社務所から出て来られて仮殿前にお座りになった。
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2016年08月17日

「大宮八幡神社の夏越祭り@」


[ 08:26 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ C神社・仏閣 ]
「大宮八幡神社夏越祭り:境内」
 8月1日に高松市屋島中町の「大宮八幡神社」の「夏祭り」が行われるというので、やって来た。
 地域の家々に回ってきた回覧板には「夏祭り」となっていたが、鳥居さんの横の掲示板には「夏越祭」と書かれていた。
 回覧板で案内されていたように、鳥居さんの奥に夜店が店開きしていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「大宮八幡神社夏越祭り:拝殿」
 大宮八幡の夏越し祭りは石段横の坂道の途中に設けられた仮殿で行われるが、まず石段を登って拝殿まで来てお参りした。
 ここで夏祭り神事が午後7時から始まるのでないかと思ったが、まだ6時過ぎで余り人出はなく、神事も仮殿で行われた。
「大宮八幡神社夏越祭り:夏越祭りの会場」
 大宮八幡の拝殿から随身門まで降りてきて、左側にある夏越祭りが開かれる会場であった。
 涼しくするために水が打たれた下の方に手水場が見え、その横に「茅の輪」が設けられており、上方にはお賽銭箱と仮殿が作られていた。
 本来なら仮殿前には巫女さんがお座りになるが、まだ時間が早いためか神社の役員さんが座られていた。
「大宮八幡神社夏越祭り:茅の輪くぐり」
 午後6時過ぎに「巫女さん」が登場し、だんだんと参拝する人が増えて来た。
 お若い人が「茅の輪」をくぐっていたが、よく分からないのか年配の方が教えているような様子が見られた。
「大宮八幡神社夏越祭り:お参りの仕方」
 「茅の輪くぐり」をされる前に「手水場」で手など洗っているが、その横に「お参りの仕方」が張り出されていた。
 「お参りの仕方 男性は鳥居を右廻り三回、女性は鳥居を左廻り三回、正面にて二礼二拍手一礼して、お供えを頂いて下さい。」
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コメント
From:e-とぴあスタッフさん
マイブログ ] 
[ 2016/08/17 11:52 ] Re:「大宮八幡神社の夏越祭り@」
屋島のできごとさん、こんにちは。

お参りの仕方は分かっているようで分からない事の方が多いですね。私も父によく教えてもらっていましたよ。夏はお祭り等で訪れる機会も増えるので場所ごとのお参りの仕方を覚えたいです。
2016年08月16日

「サンポート高松トライアスロンD」


[ 09:46 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「トライアスロン:展示飛行」
 サンポート高松トライアスロンの競技終了後、表彰式までの時間にパイロットの室屋義秀さんによるアクロバット飛行が行われ、大会に花を添えた。
動きが早く空中で何度も回転する小型飛行機に、ちいさなデジカメではその姿を捉えきれずにうまく写真が写せなかった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「トライアスロン:表彰式」
 11時30分から表彰式が行われて、実行委員長の高松市長さんからご挨拶があった。
「トライアスロン:女子選手の表彰」
 女子グループで上位3位までの選手に実行委員長の高松市長さんから表彰状と副賞が渡されていた。
 第1位中島聖子さん(兵庫)、第2位岡本直子さん(和歌山)、第3位伊藤あすみさん(和歌山)が入り、県外者が続き第9位に高松市の選手が入っていた。
「トライアスロン:高商ガールズの勇敢」
 表彰状を受け取った選手たちは、平成27年の「書道パフォーマンス甲子園」で優勝した高松商業高校書道部の作品の前で参加賞を受け取っていた。
 「勇敢 あふれるほどの想い 計り知れない努力 知らない場所で誰かが背中を支えている 最高の瞬間を胸に焼きつけて また一歩 次の一歩 足音を踏み鳴らせ挑戦者たち 今輝く時だ」
「トライアスロン:男子選手の表彰」
 総合成績で男子の第1位の高橋泰夫さん(岡山)、第2位の福家脩平さん(東京)、第3位の三宅真一さん(小豆島町)に表彰状が渡された。
 続いて5歳きざみの男女の年代別と、リレーの表彰があった。
 トライアスロンに参加した安田大サーカスの団長「安田裕己さん」(東京)が88位、堀江貴文さん(東京が)が400位で完走されていた。

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2016年08月15日

「サンポート高松トライアスロンC」


[ 10:20 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「トライアスロン:船上から応援」
 7月3日のサンポート高松トライアスロン、スイム、バイクから、「ラン」に移って高松港の防波堤上を選手の皆様はもくもくとひた走りしている。
 防波堤の向こうの海に黄色のヨットを浮かべ、盛んに応援されていた。
 その声に振り向いて応えている選手の皆さんがあった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「トライアスロン:防波堤上を走る」
 防波堤上を走るランナーの皆様、疲れは見えるもののしっかりとした足取りで前へ前へと歩を進めていた。
 青い海の中で涼しそうに目には映るが、実際は蒸し暑い日であり、応援のスタッフさんも暑そうであった。
「トライアスロン:エイドステーション」
 トライアスロンの「ラン」のコースが始まる所に、水分を補給する「エイドステーション」があった。
 ホランティアの女生徒が水が入ったコップを手渡すと、ありがとうと言って受け取っていた。
 また、スタッフの皆様からは拍手と声で一生懸命に応援がされていた。
「トライアスロン:最後の選手がフィニッシュ」
 最初のチームがスタートして約4時間を経過して、最後の選手がフィニシュに近づいて来た。
 高松北高校応援部の皆様が伴走しており、選手がテープを切ると立ち止まり割れんばかりの歓声を上げていた。
 少しお年を召された女性ランナーで、完走できた喜びを体全体で表しているようであった。

「トライアスロン:展示飛行」
 トライアスロン大会の競技が終わって、11時15分からサンポート高松の海上空域で、世界的なアクロバット飛行パイロットの室屋義秀(むろやよしひで)さんの操縦による小型飛行機のアクロバット展示飛行があった。
 11ヵ国14機の飛行機が出場して今年6月に千葉県で開かれた「レッドブル・エアレース」で優勝しているパイロットである。
 時速350キロを超えて空のF1といわれているそうで、何度も急上昇し真っ逆さまに降下する妙技が披露された。
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2016年08月14日

「サンポート高松トライアスロンB」


[ 11:06 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「トライアスロン:優勝者のインタビュー」
 7月3日、サンポート高松トライアスロンが行われ、2時間1分27秒で岡山県の高橋泰夫さん(49)が優勝した。
 ゴール後、ちょっと落ち着いたところでインタビューが行われていたが、笑顔いっぱいが印象的であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「トライアスロン:優勝ならず残念」
 第2位に香川県出身の日体大3年の福家脩平さん(21)が2時間1分56秒で入り、第三位に小豆島町の高橋真一さん(41)が入った(写真)。
 ランの最初までトップを守り続けていたが、昨年の2位から今年は3位に順位を下げている。
「トライアスロン:頭から水をかぶる」
 上位入賞者を見届けて、再びランのコースに戻ってきた。
 高松港レストハウスの東側は往路と復路が分かれており、袋のコースでは選手の希望に合わせて酌で頭から水をかぶせていた。
 もう一人の人は、ホースで水を浴びせており、この暑さで選手の体温も相当上がっているようであった。
「トライアスロン:防波堤の上」
 「赤灯台(みちしるべ)」に続く防波堤の上に、スタートして2時間30分以上泳ぎ走り続けている選手の皆様がいた。
 海上には白帆のヨットや、大きなフェリーの姿が見えていた。

「トライアスロン:赤灯台(みちしるべ)」
 高松港の安全を守っている「赤灯台(みちしるべ)」が「ラン」の折り返し点になっており、何回目の周回か分からなかったが、次々と選手が折り返して行った。
 照り付ける7月の太陽は、まぶしかった。
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2016年08月13日

「サンポート高松トライアスロンA」


[ 10:04 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「トライアスロン:バイク」
 バイク(自転車)に乗り換えて、浜街道から中央通りの寿町の交差点に出て来た所で、カーブ地点にはスピードを落とすように指示する係員が配置されていた。
 バイクコースは、中央通りの国税局の南を折返す5kmが設定されており、これを8周回、合計40kmを走行する。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「トライアスロン:ランを走る」
 バイクを乗り捨てて「ラン(ランニング)」は、スイム競技を行った所から、高松港の赤灯台「せとしるべ」までの2.5km、合計10kmを走るコースである。最初に姿を見せてくれたのは、香川県人のレースナンバー101番の選手のようであった。
「トライアスロン:防波堤を走る選手」
 今大会には海外選手11人を含む639人が出場しているといい、「ラン(ランニング)」の競技で選手が数珠つなぎに続いていた。
 海上の向こうに「女木島」、「男木島」が見えており、何とも景色の素晴らしいコースであった。

「トライアスロン:高松北高校応援部の応援」
 高松港レストハウスの北側の階段式護岸(せとシーバレット)の上で、トライアスロン参加選手にエールを送っているのは、「高松北高校応援部」の皆様であった。
 赤灯台まで往復するたくさんの選手が通り過ぎるたびに、踊りそしてポンポンを力強く振っていた。
 炎天下のコンクリートの上で、暑さにめげず選手とともに頑張っているなと思った。

「トライアスロン:フィニッシュ(ゴール)」
 間もなく一番最初にフィニッシュする選手がいるという情報をもとに、ゴールテープも用意されて待っていた。
 そこにレースナンバー196番の選手が走り込んできた。
 スイム1.5km、バイク40km、ラン10kmを走り終えた選手は、ゴール後しばらくは息が弾んでいるようであった。
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2016年08月12日

「サンポート高松トライアスロン@」


[ 08:48 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「トライアスロン:サンポート高松で始まっていた」
 7月3日、サンポート高松トライアスロンを見に行くべき自転車で家を7時頃に出た。
 7時に「サンポート高松」で始まっており、完璧では泳ぐ人が、米粒のように小さく見えていた。
 「トライアスロン」とは、ラテン語で3の意味の「トライ」と競技の「アスロン」という言葉の合成語らしく、スイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(ランニング)の3種目を一人で行う競技である。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「トライアスロン:スイム」
 「スイム」は、サンポート高松の海上に設けられた750mのコースを2周回するもので、泳ぎ終えた選手がスタート地点の陸上に次々と上がっていた。
 このとき陸上にいて応援する「高松北高校応援団」の太鼓の音が響いて来た。
「トライアスロン:陸に上がった選手たち」
 「スイム」を終えて陸に上がった選手は、裸足のまま自転車が置いてあるトランジションまで走った。
 走路の横の通路には、海上のスイムを見る人、走ってくる人を応援する人でごった返していた。
 選手の皆様は、走りながらウエットスーツを脱いでいる方がおられた。
「トライアスロン:トランジションエリア」
 「スイム」を泳ぎ終えた選手は、走ってバイクが置いてある「トランジション」(向こう側のフェンス内)まで走り、ウエットスーツを脱ぎバイク(自転車)に乗り換える。
 バイクを走り終えた選手は、再びここに来てバイク(自転車)を置いて、ラン(ランニング)を始める。
「トライアスロン:バイク(自転車)」
 バイク(自転車)は、左側のコースから開始して既にバイクで周回している選手の皆様と合流する。
 ここからJR高松駅西の地下道を走り、浜街道を左折して、中央通りに出て国税局の南の中新町交差点までを走るコースである。
 ちなみに背中に843番のレースナンバーを付けている女性は、女性で46位、50歳から59歳の部で6位になった人らしかった。
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2016年08月11日

「源平屋島納涼祭2016B」


[ 09:12 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ @屋島山上 ]
「源平屋島納涼祭:客席」
 屋島山上の県木園で開かれている「源平屋島納涼祭2016」は、午後6時30分が過ぎ幾分涼しくなってきたようであった。
 ステージでは加藤昭彦高松市副市長さんから挨拶があり、来賓の地元の市会議員さんと自治会長さんから挨拶があった。
 会場の椅子席では、飲み物や食べ物を買って、ゆっくりと寛いでいる皆様が見られた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「源平屋島納涼祭:ポスターコンクール表彰式」
 挨拶が終わり、ステージにポスターコンクールで表彰を受けられる10人の小中学生が上がった。
 応募された515枚の中から選ばれた作品はいずれも上手に描かれており、加藤副市長から最優秀賞の表彰を受けた小学校2年生の作品には、屋島のホタルが描かれていた。
「源平屋島納涼祭:夕日」
 屋島山上の県木園から見た18時55分頃の「夕日」が落ちるところの写真である。
 ちょうど太陽が輝いている下方が「瀬戸大橋」のある所であるが、雲があって見事な夕日とは言えないようであった。
「源平屋島納涼祭:お楽しみ抽選会」
 ステージ前に机を並べ、その上に数々の商品を並べて「お楽しみ抽選会」が始まった。
バザーのチケット番号の半切れを抽選箱に入れてあり、実行委員長さんが箱の中から当たり券を引くもので、その場に居らない場合は再抽選となった。
 5等から抽選が始まり、商品は「パイナップル又はブドウ」、4等の商品は「スイカ」、3等の商品は「マッサージクッション」など、2等の商品は「メガタコ焼き器」など、1等の商品は「サーキュレータ」、最後の特賞は「折り畳み自転車」であった。
「源平屋島納涼祭:夜風」
 お楽しみ抽選会が終わる頃にはすっかりと辺りが暗くなり夜風が吹く中、残りのステージを楽しんだ。
 写真上左は「佐々木れい子バトンスクール」のステージ、写真上右の写真は夜のポスター作品。
 写真下左は「フラメンコショー」のステージ、写真下右は櫓の廻りを踊る「一合まいた」であった。
 「一合まいた」の踊りの途中であったが、バスの時間になり席を立った。
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2016年08月10日

「源平屋島納涼祭2016A」


[ 08:23 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ @屋島山上 ]
「源平屋島納涼祭:屋島教会幼稚園」
 「源平屋島納涼祭2016」、7月23日に屋島山上の県木園で午後4時30分から始まったが、夕方というのに容赦なく日が照り付けて暑かった。
 椅子に座って見ていたが、「屋島教会幼稚園」の園児さんがステージに上がると、前の方にご父兄の皆様が集まってきて、よく前が見えなくなった。
 歌の紹介がなかったので分からなかったが、「とけいのうた」らしいと思われた。 
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「源平屋島納涼祭:屋島小学校合唱部」
 屋島山上で行われるイベントでは定番となりつつある屋島小学校児童による歌であった。
 3年生から6年生の30人の児童により恒例の「屋島賛歌」と、NHK学校コンクールの小学校の部の課題曲「ぼくらのエコー」であった。
 大きく口を開けて、一生懸命に歌っていただいた。
「源平屋島納涼祭:屋島中学校合唱部」
 「屋島中学校合唱部」の16人が、清らかな歌声を聞かせていただいた。
 曲目は分からないが三曲を歌われ、客席から「アンコール」、「アンコール」の声が起きてアンコール曲が歌われた。
「源平屋島納涼祭:うどん300円」
 会場入口の本部で2000円のチケットを買うと、豪華賞品が当たる抽選会があるというので、2000円でチケットを購入した。
 「うどん」、「かき氷」、「ポープコーン」などのブースが並び、とりあえず「うどん」を買った。
 イベントでは、安くて美味い「うどん」に限る。
「源平屋島納涼祭:盆踊り一合まいた」
 プログラムは「盆踊り 一合まいた」の踊りが始まった。
 櫓を囲んで正調の「一合まいた」で、高松おどりとちょっと違った曲と踊りのようであった。
 「ハアー 一合蒔いた籾の種 その枡あり高は コリャセ 一石一斗一升一合と一勺 サーヨオホイヨオホイヨオイヤセ・・・・・」
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2016年08月09日

「源平屋島納涼祭2016@」


[ 08:24 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ @屋島山上 ]
「源平屋島納涼祭:屋島寺四天門」
 7月23日、午後4時30分から屋島東町の屋島山上県木園で「源平屋島納涼祭2016」が開催されるということで、屋島のシャトルバスに乗りやって来た。
 屋島山上駐車場から「県木園」に至る道路では、納涼祭を見ようと大勢の人が県木園に向って歩いていた。
 源平屋島納涼祭実行委員会が実施し、歌やダンスなどのステージイベントや多数の飲食ブースが出店するという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「源平屋島納涼祭:県木園の入口」
 「屋島源平納涼祭」が開かれる「県木園」の入口の上から、白と赤の源平の旗が下がっていた。
 県木園入口は木の陰になっていたが、会場に一歩踏み入れると夏の太陽に照らされて「ムー」とする暑さを感じた。
 入口を入った中央に「源平屋島納涼祭2016」のプログラムが書かれた看板が立っていた。
「源平屋島納涼祭:ポスターコンクール」
 屋島小学校、屋島東小学校、屋島中学校の児童による源平屋島納涼祭のポスターコンクールの表彰作品が、県木園入口に掲示されていた。
 右の上に最優秀賞の作品一つ、下に優秀賞の作品が三つ、左の上に「高松市長賞」、「屋島連合自治会会長賞」、「屋島納涼祭実行委員長賞」、下に「屋島地区婦人会会長賞」、「屋島地区体育協会会長賞」、「屋島女性福祉の会会長賞」の作品がそれぞれ一つあった。
「源平屋島納涼祭:実行委員長開会挨拶」
 16時30分よりステージでは開会式があり、高松市消防団ラッパ隊の隊員7人によるファンファーレの後、「源平屋島納涼祭2016」の実行委員長から挨拶があった。
 「笑顔でつなごう。屋島の輪」というスローガンが紹介されたが、委員長は昔らしい「義経」の格好をしており、他に「与一君」や「清盛さん」などがいて、一緒にどうぞ写真をとってくださいと放送された。
「源平屋島納涼祭:あすなろ幼稚園鼓笛隊」
 最初にステージに上がったのは、高松市屋島西町の「あすなろ幼稚園」の鼓笛隊の園児さんであった。
 ステージ上に楽器を持った園児さん、ステージ前の台上に帽子姿も凛々しいリーダーが立ち、リーダーの指揮で音楽が始まった。
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2016年08月08日

「500円コインと花と実」


[ 09:23 ][ 文化・伝統:若者文化・その他 ]
「記念500円コイン:東京都」
 「地方自治法施行60周年記念500円コイン」の最後の発行となる「東京都」と「福島県」のコインが、7月20日に発行された。
 東京都のコインのデザインは、東京駅丸の内駅舎と行幸通りで、「東京駅丸の内駅舎」は1914 年(大正3年)に創建。設計は辰野金吾。1945 年(昭和20年)に戦災により南北のドームの屋根部分や内装を焼失。2003 年(平成15年)に国の重要文化財に指定された。」
 「行幸通り(特例都道404号線:皇居前東京停車場線)」は 「東京駅丸の内駅舎前の広場から皇居に向かう行幸通りは、皇室の公式行事や外国大使の信任状捧呈の車列に使われる由緒ある道路である。」※いずれも財務省のホームページより。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「記念500円コイン:福島県」
 「地方自治法施行60周年記念500円コイン」の「東京都」と一緒に「福島県」のコインが、7月20日に発行された。
 福島県のコインには「相馬野馬追」から甲冑競馬がデザインされていた。
 相馬野馬追:福島県相馬市、南相馬市(旧小高町を含む)において、甲冑に身を固めた500余騎の騎馬武者が腰に太刀、背に旗指物をつけて疾走する豪華絢爛で勇壮な戦国絵巻を繰り広げる、福島県を代表する祭事の一つである。
 甲冑競馬:兜を脱いで、白鉢巻きをしめた甲冑姿の若武者の騎馬が10 頭立てで一周1,000m の速さを競う。※いずれも財務省のホームページより。

「記念500円コイン:貨幣収納バインダー」
 地方自治法施行60周年記念500円貨幣収納バインダーを別売で購入し、発売のごとに銀行で両替し、挟んでいた。
 この記念500円コインは、平成20年10月に北海道と京都府が発売されて以来に毎年何都府県かづつ発行され、平成28年7月20日に発行された「福島県」と「東京都」を最後に、バイダーに全部収まった。
 同時に、千円銀貨も販売されていたが高価であったので、買うことが出来なかった。
「我が家のポーチュラカ の花」
 我が家の玄関のプランターに毎年のように「ポーチュラカ」の花を植えている。
 水さえやっておけば暑さに強く日中に花が咲き、夕方になると凋む。
 フェンスの後ろのプランターの花は、前のプランターの茎を摘み挿しておいたもので、挿して間もなく花が咲き始めていた。
 昔、マツバボタンを「摘み切り草」と呼び挿していたが、同じ仲間でないかと思われた。
「道に生るプリンスメロン」
 川の縁にあるコンクリートの道の隙間からプリンメロンが生えてきて、実がなっていた。
 小さな隙間に土がよくあったもので、横の畑に植えてあるみたいで、種を蒔くときにこぼたのかも知れなかった。
 果たしてこの実の運命、どんなんかなと思っている。
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2016年08月07日

「高校野球県大会決勝戦B」


[ 06:29 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「高商対尽誠決勝戦:試合終了のスコアボード」
 7月25日のレクザムスタジアムの試合終了時のバックスタンドのスコアボードであり、高商が一回の表の1点だけに対し、尽誠が小刻みに1点づつの5点を入れて快勝した試合であった。
 高商の打撃陣、バットでボールを上手いこと捉えて良い当たりをしていたが、野手の真正面に飛び、残念ながら敗れ去った。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高商対尽誠決勝戦:優勝した尽誠ナイン」
 高商の9回の攻撃を三者凡退に抑えると、ナインがピッチャーマウンドに駆け上がり、手を上げて喜び合っていた。
 尽誠はこの試合に勝って、9年ぶり11度目の夏の甲子園大会の出場となった。

「高商対尽誠決勝戦:試合終了挨拶後ベンチ前に戻る高商ナイン」
 両チームの選手による試合終了の挨拶を終えて、元気なくベンチ前に戻る高商ナインは、なんとなく肩を落とし、涙を堪えているようであった。
 今年の甲子園の春夏連続出場と、20年ぶりの夏の甲子園出場の夢が破れた瞬間であった。
「高商対尽誠決勝戦:校歌を聞く尽誠ナイン」
 夏の香川県大会を制した尽誠学園の選手は、ホームベース上に並び、校旗掲揚と校歌斉唱を聞いた。
 尽誠学園は、春の選抜に6回出場し、夏は2007年に続いて11回目の出場となった。
「高商対尽誠決勝戦:健闘を称える高商応援団」
 香川県大会の決勝戦で敗れた高松商業の選手たち、応援のスタンドに一礼した後、何人かの選手が手で流れ落ちる涙を拭っていた。
 高商応援団も、健闘を讃えてナインにエールを送るものの、どことなく悔しさを滲ませているように思えた。
 夏の甲子園、組み合わせ抽選会が4日にあり、本日7日から開幕するが、どんな試合を見せてくれるのでしょうか。
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2016年08月06日

「高校野球県大会決勝戦A」


[ 08:20 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「高商対尽誠決勝戦:尽誠の応援団」
 7月25日のレクザムスタジアムの1回裏の三塁側の尽誠の応援団席である。
 三塁ベンチの上の全座席を確保しており、ゆったりと整然と応援をしていた。
 高校野球の県大会も「応援賞」が設けられているようで、この「尽誠学園」と「小豆島高校」、「高松北高校」が受賞しており、「尽誠学園」は男子部員のかけ声と女子リーダーのダンスが評価されたと新聞に載っていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高商対尽誠決勝戦:2回裏の尽誠の攻撃」
 尽誠の2回表の尽誠の攻撃は、四番バッターの松井三塁手が左バッターボックスに入っており、高商の大熊投手の投げた球を打ち、高々と右翼席中段に入るホームランになり、ホームインした。
 尽誠は、3回にも二死二塁から三番山地一塁手の一・二塁間のヒットで1点を追加した。



「高商対尽誠決勝戦:4回表の高商の攻撃」
 4回表の高商の攻撃、ノーアウトでサードエラーで出塁したが、次打者の送りバンドで二塁封殺され、次打者のショートフライでダブルプレイを喫し、チャンスの芽が潰れてしまった。
 チャンスにブラスバンドが高らかに演奏し、チアガールの両手のボンボンが振り回されたが、残念ながら追加点が奪えなかった。

「高商対尽誠決勝戦:5回裏の尽誠の攻撃」
 5回裏の尽誠の攻撃中の内野席で、高校野球ファンで超満員であった。
 尽誠は、4回裏にツーアウト満塁から内野安打で1点をあげており、5回裏にも一死一塁から六番宮川左翼手のライトオーバーの二塁打で1点を、7回裏も、無死三塁打のランナーを渡辺投手のライト前ヒットで1点を追加し、5対1と高商をリードした。
「高商対尽誠決勝戦:高商9回の最後の攻撃」
 高商の9回表の最後の攻撃も、ショートゴロ、レフトフライで簡単に二死をとられ、ここでピンチヒッターを出したが、内野に飛んだゴロになった。
 バッターランナーは、一塁ベースに滑り込んだが、一塁に送球された球が一瞬早く、あえなくアウトになりゲームセットになった。
 ピンクの帽子を脱いで力強く振っていた高商の応援団は、残念そうにグラウンドを見つめていた。
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2016年08月05日

「高校野球県大会高商対尽誠の決勝戦@」


[ 08:05 ][ 観光・レジャー:スポーツ ][ I高松市内 ]
「高商対尽誠決勝戦:レクザムスタジアム」
 7月25日、夏の高校野球香川県大会の決勝戦を高松市生島町の「レクザムスタジアム」に見に行った。
 高松商業高校が出場する試合とあってたくさんの車が訪れており、第二球場裏に至る門が固く閉ざされていたため駐車場を探して右往左往している車がたくさんいた。
試合開始が12時30分で、球場に着いたのが10時20分頃で、まだ入場券の発売がされておらずに球場前には、入場券を求めてジグザクの長蛇の列が出来ていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高商対尽誠決勝戦:入場券を買う」
 「高商対尽誠決勝戦」の試合開始までに1時間以上あったので、第二球場で行われていた県中学校軟式野球大会の小豆島中対三木中の試合を見物したが、小豆島中がリードしていた。
 球場前で「KSB瀬戸内海放送」の団扇を頂き、500で入場券を買って試合開始30分前に入場した。
「高商対尽誠決勝戦:試合前の練習」
 12時過ぎから試合前の守備練習が、尽誠学園から始まった。
 尽誠学園の守備練習が終わりかけて、一塁側の高商のキャッチボールが始まった。
 この頃に右翼の外野席の上を走ってくる高商の生徒の応援団が見えており、高商応援席にはまだブラスバンドの姿が見えていなかった。
 24日の試合も球場に向かう車で道路が渋滞し、第二試合の試合開始が1時間遅れたといい、決勝戦も詰めかける車の渋滞に応援団が巻き込まれたのでないかと思われた。
「高商対尽誠決勝戦:試合開始」
 予定通りの時間の0時30分から、「高商対尽誠」の夏の高校野球県大会の決勝戦が始まった。
 遅れて来た高商応援団も所定の位置にスタンバイして、ホームベースに勢ぞろいした両校の選手が試合開始前の挨拶を行った。

「高商対尽誠決勝戦:1回表の高商の攻撃」
 高商の1回表の攻撃は、1番、2番がヒットを打ち、一死1・3塁で、4番植田響がセンターフライの犠牲フライで1点を先取点を取った。
 この回に、もう何点か高商がとっていれば試合はどうなっていたか分からないのだがと思われた。
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2016年08月04日

「青春18キップで広島へE」


[ 08:22 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ J県外の旅 ]
「広島平和記念公園:動員学徒慰霊碑」
 7月21日、「広島平和記念公園」から「元安橋」を渡り原爆ドームの南にある「動員学徒慰霊碑」の前を通りかかった。
 戦争が激しくなった昭和19年に空襲による延焼を防ぐため建物を取り壊し防火地帯を作る建物疎開作業をしていた国民学校高等科以上の生徒約8400人のうち原爆により約6300人が犠牲になったといい、この塔は遺族の皆さんの募金により 昭和42年(1967年)に建立されたという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「広島平和記念公園:旧相生橋碑・鈴木三重吉文学碑」
 「広島平和記念公園」の北側の旧太田川に架かる「相生橋」がある。
 この橋の袂に「旧相生橋碑」があり、碑の横に元の「相生橋」の親柱が残されていた。
 またその隣には童話や童謡で有名な広島県出身の「鈴木三重吉氏」の赤い鳥文学碑が建っている。
 左側には氏の胸像が置かれ、右側には氏の自筆の「私は永久に夢を持つただ年少時のごとくために悩むこと浅きのみ 三重吉」と刻まれた台座の上には、少年と少女の像が腰をかけていた。

「元広島市民球場:世界の子どもの平和像」
 原爆ドームの北側に元広島市民球場の跡地があり、中央がパネルで囲まれているがイベントなどに一般開放されている。
 南側の敷地に「世界の子どもの平和像」があり、高校生が中心となり街頭募金などで集めた資金で建立した像、碑には「核兵器のない世界のためにこの像はヒロシマの子どもたちの愛と平和のメッセージです2001年8月6日建立」と刻まれていた。
 像の作者は奥田秀樹氏で前に子供が両手を広げており、後ろには大人の男女が手を結んでいるという。
「元広島市民球場:広島カープの優勝碑」
 「元広島市民球場」の敷地内に広島カープの優勝碑があり、左側の大きなボールの下の台座に「日本選手権シリーズ優勝記念 1979 広島4−3近鉄 1980広島4−3近鉄 1984広島4−3阪急」と刻まれていた。
 右側には「セントラルリーグ優勝記念 1975広島72勝47敗11引分 1979広島67勝50敗13引分、1980広島73勝44敗13引分、1984広島75勝45敗10引分、1986広島73勝48敗11引分、1991広島74勝56敗2引分」と書かれていた。
 広島カープは、1991年から15年間優勝から遠ざかっているが、今年のセントラルリーグでは首位を走っている。
「元広島市民球場:平和の鐘、」
 元広島球場の北側の敷地にやぐらを組んだような「平和の鐘」があった。
 説明書きに「昭和24年、当時の広島銅合金鋳造会が、原爆犠牲者の鎮魂と平和への願いをこめて焼け跡から集めた金属を鋳込んで作り、広島市に寄贈された。同年8月6日の平和際に打ち鳴らされた由緒ある鐘。口径1.2m 高さ1.4m 
 重さ800kg 英文でノーモアヒロシマズと平和の象徴の羽ばたきが刻み込まれている。」とあった。
 ここからJR広島駅まで歩き、広島駅から約3時間、マリンライナーが1時間、高徳線が15分かかり、午後9時過ぎに家に帰り着いた。
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2016年08月03日

「青春18キップで広島平和記念公園へD」


[ 09:25 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ J県外の旅 ]
「平和記念公園:祈りの泉・平和の門」
 7月21日、青春18キップで広島市の平和記念公園にある「広島平和記念資料館」の見学を終え三階から階段を降りてきて南側を見ると、「祈りの泉」から、空高く「大噴水」の水が吹き上げていた。
 この噴水は、「水を水を」と言いながら息絶えた原爆犠牲者を慰霊するために1964年(昭和39年)に建設され、東西27m、南北19mの大きさで、噴水は10mの高さまで届いているという。
 「祈りの泉」の向こうに高さ9mの柱が10本立っており、「平和の門」であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「平和記念公園:嵐の中の母子像」
 「祈りの泉」の南側に「嵐の中の母子像」があり、後方に「広島平和記念資料館」の建物が見えている。
 この作品、1960年(昭和355)に制作された彫刻家の本郷新氏の作品で、両手に子供を抱え襲ってくる苦しみに耐える母の姿を表しているという。
「平和記念公園:平和祈念像(草野心平氏の詩碑)」
 「現場死没者慰霊碑」の西側に、昭和52年(1977年)に建立された「平和祈念像」がある。
 若い母親に抱かれた子どもが金色の平和のラッパを吹いている像で、像の前に金色の三日月がかかり、「原爆死没者慰霊碑」を見守る位置に建立されていた。
 この像の横に詩人草野心平氏の「平和祈念像に寄せて」(1978年(昭和53年)8月)の詩碑が建てられていた。
 「天心の三日月の上に 幻でない母と子の像 これこそ永遠の平和の象徴 童子よ母の愛につつまれて 金のトランペット吹き鳴らせ・・・(抜粋)」
「平和記念公園:原爆の子の像」
 被爆から10年後に発病して亡くなった佐々木禎子さんの死を悼み、同級生たちが全国に呼びかけ1958年(昭和33年)5月5日の子供の日に「原爆の子の像」が建立された。
 三脚のドーム型の台座の上に両手で「折り鶴」を差し上げている少女のブロンズ(像高さ3m:平和な未来への夢を託している)が立ち、像の下にある碑には、「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」という文字が刻まれていた。
 像の製作者は当時東京芸術大学教授だった「菊地一雄氏」で、高松市中央公園の南の林の中にある「平和の群像−あけぼの−」も、同氏の1958年の作品である。

「平和記念公園:原爆の子の像」
 「原爆の子の像」のドーム部分の左右に、明るい未来と希望を象徴する少年少女の像が取り付けられており、塔内部中央には金色の「鶴」と湯川秀樹博士の筆による「千羽鶴」・「地に空に平和」の文字が彫られた銅鐸を模した「鐘」が吊り下げられていた。
 平和を願い全国から贈られてくる「折り鶴」を納める「折り鶴台」が設けられており、この日も中学生のグループの代表者が、折り鶴を捧げていた。
 この「原爆の子の像」には、国内外から年間約10トンの千羽鶴が届くといい、回収された折り鶴は再生紙に生まれ変わって新たな命を吹き込み、資料館入館者に配られるポストカードなどになっているという。
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2016年08月02日

「佐々木禎子さん・オバマ・アメリカ大統領の折り鶴C」


[ 09:06 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ J県外の旅 ]
「広島平和記念資料館:禎子さんが残した折り鶴」
 7月21日に「平和記念資料館」に入館、2歳で被爆し10年後に白血病を発病し亡くなった佐々木禎子(さだこ)さんの「折り鶴」が展示されていた。
 「禎子さんは、鶴を千羽折ると願いがかなうという言い伝えを信じ、病気回復を願って鶴を折り続けましたが、願いもむなしく亡くなりました。死後、禎子さんをはじめ原爆で亡くなった子どもたちの慰霊と平和を守るための記念像がつくられました。現在では、折り鶴は、禎子さんの物語とともに平和の象徴として世界に広がっています。」※資料館説明より。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「広島平和記念資料館:オバマ・アメリカ大統領の折り鶴」
 「広島平和記念資料館」の本館北側ギャラリーで、5月27日に被爆地「広島市」を訪れたオバマ・アメリカ大統領が写真で紹介されていた。
 広島平和記念資料館」を訪れた際のメッセージを書く大統領、原爆死没者慰霊碑まえで演説する大統領、被爆者坪井直氏と言葉を交わす大統領の様子など、大勢の人が立ち止まり順番を待って見られていた。
「広島平和記念資料館:オバマ・アメリカ大統領の折り鶴」
 「アメリカのバラク・オバマ大統領は、2016年(平成28年)5月27日、核兵器保有国の現職の国家元首として初めて、平和記念公園と広島平和記念資料館を訪れました。広島平和記念館では、被爆し白血病で亡くなった佐々木禎子さんが病気の回復を願って折った鶴など数点の展示を見た後、自らが折った鶴4羽を広島市へ贈り、核兵器廃絶へ向けたメッセージを記しました。」※資料館の説明書より。
 オバマ大統領が記したメッセージと、メッセージの傍らに添えられていた「折り鶴」
 メッセージ訳 「私たちは戦争の苦しみを経験しました。共に、平和を広め核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう。」
「広島平和記念資料館:オバマ大統領から贈られた折り鶴」
 メッセージに添えられていた2羽の折り鶴のほか、これは「広島平和記念資料館」でオバマ大統領を出迎えた2人の子どもたちに手渡された「折り鶴」であった。
 大統領自らが折った「折り鶴」だそうで、「少し手伝ってもらいましたが、私が折りました。」という報道があった。
 展示期間が8月末までになっており、是非見たいと思っていた「折り鶴」であった。

「広島平和記念資料館:折り鶴を折る人々」
 オバマ大統領から贈られた「折り鶴」が展示された近くに、「折り鶴」の折り方を教えてくれるコーナーが設けられていた。
 教わっているのは殆どが外国人の方で、順番待ちの人もあり、人気のコーナーであった。

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2016年08月01日

「青春18キップで広島平和記念公園へB」


[ 09:22 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ J県外の旅 ]
「広島:平和記念公園」
 広島市の爆心地に近い所に「平和記念公園」があり7月21日に訪れた。
 「原爆死没者慰霊碑」と「広島平和記念資料館」には、8月6日にある「平和記念式典」のためにテントの設営などの工事が始まっていた。
 8月6日(土)7時50分〜8時50分の予定の式典は、原爆死没者の霊を慰めるとともに世界恒久平和の実現を祈念するため原爆死没者の遺族や多くの市民などが参列して行われる。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「平和記念公園:広島平和記念資料館」
 平和記念公園内にある「広島平和記念資料館」である。
 資料館の入館料は大人200円で、東にある東館から入館でき、東館は現在工事中で見ることが出来なかったが、本館とは渡り廊下で繋がっていた。
「平和記念公園:広島平和記念資料館」
 「広島平和記念資料館」の本館には、昭和20年8月6日の原爆投下当時の広島の町の様子が展示されていた。
 この写真は原子爆弾が上空600mでさく裂して、発生したキノコ雲である。
 資料館の入口で係の人に写真を撮ってもいいですかとお尋ねすると、フラッシュを焚かなければいいですよと教えていただいた。

「広島平和記念資料館:三輪車と鉄かぶと」
 「広島平和記念資料館」には、原爆投下後の写真や物が数多く展示されている。
 「三輪車、鉄かぶと 鉄谷伸一ちゃん(当時3歳11か月)は、三輪車乗りが大好きでした。あの日の朝も、自宅の前で遊んでいました。その時です。ピカッと光り、伸一ちゃんと三輪車は焼かれてしまい、伸一ちゃんはその夜死亡しました。お父さんは、たった3歳の子を一人お墓に入れても、さびしがるだろうと思いました。そこで、死んでからも遊べるようにと伸一ちゃんの亡骸とこの三輪車を一緒に自宅の裏庭に埋めたのです。それから40年が過ぎた1985年(昭和60年)の夏、お父さんは、伸一ちゃんの遺骨を庭から掘り出して、お墓に納めました。伸一ちゃんとともに庭で眠っていたこの三輪車と鉄かぶとは、平和記念資料館に寄贈されました。」※資料館の説明版より。

「広島平和記念資料館:中学生のシャツ」
 「中学生のシャツ 県立広島第二中学校1年生の朝日俊明さんは、先生・生徒325人とともに建物疎開作業現場で被爆しました。ほとんどがその場で即死しましたが、朝日さんは、川に入って一時を過ごした後、知人に見つけられて可部町の自宅に帰り着きました。重傷の身ながらも、被災した時の様子や学友のこと、休学手続きのことまで話しましたが、8月9日朝死亡しました。」※資料館の説明版より。
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