屋島のできごとさんのブログ
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屋島のできごと
徳島に生れ育ち、四国四県を渡り歩き 、現在高松市に住む。 前月等のプログを見る場合は、下のカレンダーの月の部分の青色の「く」の部分をクリックしてください。(写真は、我が家の満開のモクレンの花H29.3.25撮影)
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2017年03月31日

「栗林公園花だよりD」


[ 09:04 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園花だより:桜の標準木」
 今か今かと栗林公園の標準木の開花を待っているが、3月30日も午前中がちょっと寒く、午後から暖かくはなったが、14時現在に開花はなかった。
 ほのかに赤くなった蕾だらけで、31日にでも一気に開花しそうであるが、天候が心配である。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園花だより:北庭」
 桜の標準木の開花が遅れているが、北庭の芝生広場の横の桜並木のうち、2本に花が咲いていた。
 桜並木の南にある木には、10個ほどの桜の花が咲いていた。
 31日からライトアップが行われることになっており、桜の木には色々なぼんぼりが下がっているが、当初は桜の花が少ない夜桜見物になりそうである。
「栗林公園花だより:旧日暮亭の桜」
 栗林公園の西湖に隣接して「旧日暮亭」の柵の中に古木のエドヒガン桜があり、木の途中から左右に出ている枝にピンク色の花をつけている。
 「栗林公園今日このごろさんのブログ」によると、この桜の近くに「会仙亭(かいせんてい)」という売店があったが、平成9年の火災で焼失しこのエドヒガンも類焼して瀕死の状態になったが、幹の焼けた部分を削り殺菌剤などを塗って手当し生き残り、毎年見事な花を咲かせているという。
「栗林公園花だより:偃月橋のエドヒガン桜」
 栗林公園公園の南湖の「偃月橋(えんげつきょう)」を南から渡った所の左右に、2本のエドヒガン桜があり、いま綺麗に咲いている。
 南湖を見渡せる絶好の位置の「飛来峰」から見る絶景は、桜の季節が一番見栄えをする風景画となる。

「栗林公園花だより:モミジの新芽」
 栗林公園で秋の紅葉が美しい「楓岸(ふうがん)」の今で、モミジの木の枝から若若しい新芽が吹き出している。
 右の小山の斜面には苔が生えて、この辺りは緑色が濃い場所になっている。

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2017年03月30日

「栗林公園花だより➃」


[ 08:52 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園花だより:桜の標準木」
 3月29日の高松市、ようやく春らしく気温が17.1℃まで上がり、午前中寒かったので着込むと暑いと感じた。
 栗林公園の桜の状況を確かめるため入園するも、この日も未だ開花をしていなかった。
 ところで昨日までと違って桜の蕾は、赤みを帯びてきており、夕方のテレビでは31に開花するだろうと予想が出ていたが。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園花だより:枝垂れ桜」
 標準木の隣にある「枝垂れ桜」、3月28日にまだ開いている蕾が無かったが、3月29日に見るとたくさんの花が咲いていた。
 枝の先の方に花が多く、木の枝がピンク色に染まっていた。

「栗林公園花だより:サンシュの花」
 栗林公園の中心的な建物の「掬月亭(きくげつてい)」の近くにある大正天皇お手植え松の南に石橋の「留玉梁りゅうぎょくりょう」があり、そのたもとに「サンシュユ」の木が1本ある。
 今、小さな花が集まって一つの花となり、黄色い花が咲いており見頃になっていた。
「栗林公園花だより:ヤブツバキの花」
 栗林公園の北庭の芝生広場の南にある小山に、背の高い2本の「ヤブツバキ」の木がある。
 真っ赤な花をつけ見頃を迎えていると書いてあり、地面に夥しい花が落下していた。
 咲き終わって枝から落ちる落ち椿も、深い味わいを感じさせるといい、落ちた花はそのままにしていた。
「栗林公園花だより:枝垂れ柳の葉」
 栗林公園で7月頃からハスの花が咲く芙蓉沼(ふようしょう)、今は池中に枯れたハスの茎が林立している。
 今の時期、池のほとりに5〜6本のシダレヤナギが、芽吹いて萌黄色の葉っぱが現れている。
2〜3メートルもある長い芽もあり、風が吹くとユラユラと横に揺れていた。

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2017年03月29日

「栗林公園花だよりB」


[ 08:13 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園花だより:桜の標準木」
 3月28日が、例年であれば栗林公園の桜の標準木の開花日であったので、栗林公園へ確認に行った。
 一昨日は雨が降り寒い日で、昨日は曇り空の冷たい風が吹いていたので、どうだろうかと思って行ったが、やはり開花はしていなかった。
 桜の標準木の蕾は膨らんではいたが、蕾が色づくまでにはいたっていなかった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園花だより:偃月橋のエドヒガン桜」
 南湖(なんこ)」に架かる太鼓橋の「偃月橋(えんげつきょう)」を南から渡ったところに、エドヒガン桜が咲いていた。
 ソメイヨシノより1週間ほど早く咲くといい、今年は3月24日に咲きはじめたという。
 「偃月橋」を渡っていた人が、桜をバックにして写真を撮られていた。
「栗林公園花だより:カキツバタの花」
 栗林公園の南東の隅に「吹上」という所が、栗林公園のすべての水の水源となっており、「吹上亭」の前の南湖に流れ落ちている。
 この清らかな流れの中にある飛び石の間に、「カキツバタ」が植えられ、いま青紫色の花が咲いていた。
 この水源は地下水を汲み上げているといい、水温が年中一定で温かいために普通は5月頃に咲く花が、ここでは3月中頃から咲いているという。
「栗林公園花だより:ハクモクレンの花」
 栗林公園の西湖と南湖を結ぶ「小普陀」付近の水路で、先日撮った「ハクモクレン」を反対側から撮ったものである。
 たまたま、ハクモクレンをバックに写真を写していた花婿・花嫁さんが写り込んだ。
 向こう側に小さく見える「小普陀」に渡る橋の「津筏梁」の両側に植えられている「カキツバタ」は、芽がまだ短かった。
「中央通り花だより:ハナミズキの花」
 多くの車が行き交う高松市中央通りの街路樹に、「ハナミズキ」の木が植えられている。
 「ハナミズキ」は、中央通りの中新町交差点から南の道路の両端に植えられており、白とピンクの花が咲いていた。
 中新町交差点から北の街路樹は何の木か、まだ丸裸であった。
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2017年03月28日

「栗林公園花だよりA」


[ 08:46 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園花だより:ボケの花」
 栗林公園の発祥の地とされる「小普陀」が向こう側に見える岸に、15本くらいの「ボケ」の花が植えられており、白や淡いピンクの花が咲いていた。
 八重咲きの花のようで、たくさんの花をつけていた。
 花の上の枝には、若若しそうな緑色の葉が伸びている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園花だより:ハクモクレンの花」
 栗林公園の「小普陀」の反対岸にある「ボケ」の花の東側に、「ハクモクレン」の花が咲いていた。
 どんな違いがあるのか分からないが、「コブシ」の花もあるそうで、葉の無い木の枝の上からは下へとびっしりと花がついている。
 白い花が、水面に映っていた。
「栗林公園花だより:旧日暮亭の東の桜」
 栗林公園の茶室「旧日暮亭」の東にこんもりした丘があり、古木の桜が植わっている。
 ソメイヨシノの桜の花だろうと思われるが、標準木より少し早く、今にも咲き出しそうなピンク色の蕾がついていた。
 あと1日もすれば、この蕾は咲き出しそうだなと思われた。
「栗林公園花だより:日暮亭の南のボケの花」
 栗林公園にある茶室の「日暮亭」の水路を挟んだ南に、赤いボケの花が咲いていた。
 枝の所々に花を付けており、鮮やかな真っ赤な色はもうすぐ春ですよと、歌っているように思われた。
 松の木の向こう側が「梅林橋」から「掬月亭」へと向かう道になっており、赤い花が目に留まり見に来たが観光客の皆様は気づかずに通り過ぎて行くようであった。
「栗林公園花だより:終わりを告げる梅の花」
 栗林公園の南梅林の側を通っていると、まだ咲いている梅の花があり、ほのかに花の匂いが漂っているようであった。
 大概の梅の花の花びらは萎み、雌しべなどを見せていた。
 昨年の今頃には、この時期に緑色の実を付けていたが、今年はまだ実を見ることができなかった。

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2017年03月27日

「栗林公園花だより@」


[ 20:39 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園花だより:桜の標準木」
 先だって3月26日に栗林公園の桜が開花するだろうという開花予想があったので、栗林公園に行って見た。
 3月26日は肌寒く、まただろうなと予想して行ったが、予想通り一輪の花も開花していなかった。
 まだ緑色の蕾は膨らんでいなく、平年並みの3月28日頃に開花するのでないかと、素人が予想したがどうだろうか。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園花だより:枝垂れ桜」
 栗林公園の標準木の西にある「枝垂れ桜」は、例年では標準木より早く咲いており、3月26日には蕾が赤く膨らんでおり、27日にも開花するのでないかと思われた。
 栗林公園の2006年ごろのブログで、栗林公園内にある枝垂れ桜は1本だけと書いてあったが、現在も1本しかないのだろうか。
「栗林公園花だより:アンズの花」
 栗林公園の「讃岐民芸館」の建物前にある二本の「アンズ」の花が、七分咲きくらいに咲いていた、
 「樹高4m近くのアンズの木が民芸館入口に2本あり、薄紅色の花が咲き始めています。アンズの花はウメの形によく似ていますが、ひと回り大きいことが特徴です。アンズは中国原産で、薬用として古くから日本に来ていたようです。」※栗林公園入口掲示板より。
「栗林公園花だより:公園入口付近の桜の花」
 「讃岐民芸館」の建物南の向かい側にある「桜林」内で桜の花が咲きだしており、栗林公園の入園者を迎えているようで、通りから写真を撮っている方がいた。
 「ヒガンザクラ」のようで、例年は早く満開の時期を迎えるはすであるが、まだ蕾がついていた。
「栗林公園花だより:エドヒガン桜」
 栗林公園の北湖に架かる赤い橋の「梅林橋」から南へ50メートル行った所の「南峡(なんきょう)にある「エドヒガン」の桜の花が咲き始めていた。
 「ソメイヨシノ」の花より先に咲き出すという桜で、桜の木の寿命も大変に長生きするという。
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2017年03月26日

「中央公園の野外彫刻等(ふるさと探訪)G」


[ 08:22 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「高松市中央公園:菊池寛氏の銅像」
 高松市番町の中央公園南東中央通りに面した場所に「菊池寛氏の銅像」が建てられている。
 文豪「菊池寛」は「明治21年高松市に生まれ、香川県立高松中学校卒業、大正5年京都大学英文科卒業、中央公論に『無名作家の日記』を発表して作家生活に入り、文藝春秋を創刊した。
 『藤十郎の恋、忠直卿行状記、父帰る、義民甚兵衛、屋上の狂人』等多くの作品を残し、昭和23年59歳で死去、菊池寛顕彰会により昭和31年この銅像が建てられました。」※中央通りに面した歩道にある解説板より
「高松市中央公園:菊池寛氏の銅像」
 菊池寛氏の銅像は、菊池寛顕彰会や菊池寛の知人、友人の協力により、菊池寛の生家に近く、そして昔遊んだであろうという中央公園南東に、郷土出身の彫刻家の新田藤太郎氏により制作され、昭和31年10月24日に建立されたものである。
「高松市中央公園:菊池寛氏銅像の除幕式」
 菊池寛氏銅像の除幕式当時の新聞によると、昭和31年10月24日に行われた除幕式では、小雨が降る中、東京から長男菊池秀樹氏、文藝春秋社長佐々木茂索氏、大映社長永田雅一氏、作家の吉川英治氏と中河与一氏など、菊池寛顕彰会会長国東高松市長と級友で顕彰会副会長の太田顕氏、金子香川県知事らが出席した。
 また、銅像建設の募金に協力した人々や一般市民約200人が除幕式を見守ったという。
 なお、除幕式に出席できなかった作家川端康成氏、壷井栄氏、滝井孝作氏、西条八十氏、小島政二郎氏らから除幕式を祝う祝電が届けられたという。
 写真は、銅像の斜め後ろから写す。
「高松市中央公園:椋園(りょうえん)先生遺愛之碑」
 高松市中央公園の南東の隅の「国東照太氏銅像」の南に「椋園(りょうえん)先生遺愛之碑」がある。
 椋園先生とは、初代高松市長をされた赤松渡氏のことであり、先生は高松藩侍医の家に生まれ、武道に優れ、古武士のようで、白ひげを生やし、漢詩家としても有名で、「椋園」と号したという。
 また、明治二十三年から明治29年までの六年間、草創期の初代高松市長になり、明治43年に香川県史を発行し、悠々自適のうち大正四年、七十五歳で没したという。
「高松市中央公園:椋園先生遺愛之碑」
 高松市中央公園の「椋園先生遺愛之碑」の傍らに次の説明板が設置されている。
 「椋園先生は、本名を赤松 渡と言った。赤松家は、代々医術をもって高松藩に仕えていた。先生は幼い時から勉強を好み、沖山冲堂先生に学んだ。武術も習得したが、槍術が得意であった。家業をついで御殿医に進んだ。明治の初め藩知事のもとで判事を兼務した。松平家十一代頼聰公は文武の才能があるのを知り、御殿医の兼任を解き、専ら政治に当らせることにした。少参事に選任され、大変感激して精励した。
 先生は、香川県、徳島県の会計検査院に奉職、その後、明治二十三年五月五日。初代高松市長に任命された。常に、市民の暮らしを心配し、産業の振興、福祉の充実に努めた。功績は大きく、特に顕著な業績は、高松から脇町までの立派な道路(現在国道百九十三号)を作ったことである。高松港を修築しようとして計画書を完成させたが、市長の任期が満了し、退任した。五十七歳であった。」※以下「略」。
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2017年03月25日

「中央公園の野外彫刻等(ふるさと探訪)F」


[ 09:44 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「高松市中央公園:水が流れるモニュメントの源泉」
 高松市中央公園にある石彫の噴水「源泉」を制作した彫刻家・山田正治(まさじ)さんは、昭和26年(1951年)高松市牟礼町の生まれで、彫刻家・三枝惣太郎氏に七年間師事された方で、色々な賞を受賞している。
 紀元前2世紀から大よそ400年間に作られ各地から出土している銅鐸(どうたく)をモチーフにしているというこの「源泉」、高さは2.6bあり、公園内にある井戸から水を汲み上げ、上部の丸くくり抜いた所にある穴から、庵治石で出来た池に流れ落ちている。
 源泉とは、水の湧き出る源ということで、秘境を流れる湧水をイメージしているといわれる。
「高松市中央公園:昔に金魚がいた」
 「源泉」の上の穴から水がちょろちょろ流れ、夏の期間には近くの木陰にあるベンチで涼を求めて一服している人を、度々見かけることがあった。
 ちょっと昔にこの池に数匹の金魚が住みついていたことが二度ほどあったが、この時に「金魚等生き物をここに放さないでください」という意味合いの張り紙が出ていたことがある。
「高松市中央公園:国東照太氏の銅像」
 高松市中央公園の東南入口に、元高松市長の「国東照太氏の銅像」が建っている。
 「国東照太翁顕彰銅像建立会」により建立されたこの銅像、新田藤太郎氏の作品のブロンズ製であるが、設置した年月が書かれていないようであった。
 昭和51年(1976)11月の新聞に「国東翁の銅像建立へ」という新聞記事があり、完成すれば市民会館に仮設し、新庁舎が完成すれば中央公園内に建立する計画だということが書かれていた。
「高松市中央公園:元高松市長の国東照太氏」
 国東照太氏は、明治二十年一月一日高松市の旧中野村に生まれ、高松市立商業学校を父の急死により中退し、家業の紙製造業を継ぎ、実業家となる。
昭和13年(1938年)に市議会議員に当選、市議会議長を務めたあと、昭和21年(1946年)に官選市長に就任。
 翌年には公選市長となり、以来連続五期昭和42年5月1日までの21年間に高松市長を務め、戦後復興など高松市の基盤を作られ方で、昭和47年6月11日に85歳で逝去された。
「高松市中央公園:国東照太氏の銅像」
 戦後二一年間にわたって第十二代の高松市長をつとめて「おやっさん」の愛称で親しまれた国東照太氏の銅像、洋服を着た等身大の姿で、高松市中央公園の緑の木が生い茂る中に立っていた。
 高松大空襲で焦土と化した高松市をいち早く復興の基盤を築かれた人であるといわれており、私が昭和45年に高松市に転入した時には高松市長を退任されていた。
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2017年03月24日

「中央公園の野外彫刻等(ふるさと探訪)E」


[ 09:45 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「菊池寛通り:ブロンズ像『父帰る』」
 菊池寛の代表作「父帰る」のブロンズ像が、高松市亀井町の香川銀行本店南の「菊池寛通り」に面した歩道上に設置されている。
 このブロンズ像は、平成5年度から6年度にかけて中央通りから瓦町交差点までの景観整備の工事完了に伴い「菊池寛通り」を印象付けるモニュメントとして、高松市が設置したものである。
 写真は、反対側の歩道から「父帰る」の後ろ姿を写したものでビルの日陰にブロンズ像があり、香川銀行本店営業部が1月4日からちょっと東の仮店舗にお店を移していた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「菊池寛通り:モニュメント『父帰る』」
 高松市が生んだ文豪・菊池寛の「父帰る」の一場面を再現したモニュメントが、平成7年(1995年)2月13日に菊池寛通りに設置された。
 同日、除幕式が行われ制作者の高松市出身の池川直氏、脇信夫高松市長ら関係者約20人が出席したという。
 当時、モニュメント横に四国ガスにより「ガス灯」が設置されたというが、今でもガス灯が点灯されているのだろうか。
「菊池寛通り:『父帰る』ブロンズ像」
 菊池寛通りにある池川直氏の作品、「父帰る」のブロンズ像の横に設置されている解説によると「このブロンズ像は、郷土高松の生んだ文豪、菊池寛の代表作『父帰る』の一情景を表現したものである。
 明治四十年ごろ、南海道の海岸にある小都会。長男賢一郎、その弟新二郎、妹おたね、そして母親のおたか、家族そろっての長屋加奈夕飯のひととき。そこへ、二十年前に不義理な借金を残して家出した父宗太郎が帰ってくる。許しを請う父親を、賢一郎は拒み、母親とおたねは泣きくずれる。悄然と出て行く父を新二郎は引き止めようとするが・・・。(戯曲「父帰る」は大正六年一月発表。市川猿之助らによって上演され、いっそう名声を博した。)」

「高松市中央公園:南を走る菊池寛通り」
 昭和63年に高松市内の道路に愛称をつけることになり、県庁前交差点から琴電瓦町駅前交差点までの670メートルに、「菊池寛通り」と名づけられた。
 高松市では、平成5年から平成6年にかけて電線の地中化工事が進めて、すっきりした通りになっている。
 街路樹として「みかん」の木が植えられており、幼稚園児による収穫についてのニュースが流れることがある。
「高松市中央公園:源泉」
 高松市中央公園の南東の入口に、山田正治氏の作品「源泉」がある。
 この「源泉」、アフリカ産の黒御影石で出来たモニュメントで、平成元年(1989年)6月に設置されている。
 この彫刻は、香川銀行が相互銀行から普通銀行に転換したのを記念して、1,500万円をかけて設置・寄贈したもので、6月2日に行われた除幕式には、当時の大林一友香川銀行頭取、脇信男高松市長が出席して行われたという。
 「源泉」の後ろ右には、国東照太氏の銅像が立っている。
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2017年03月23日

「中央公園の野外彫刻等(ふるさと探訪)D」


[ 08:56 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「高松市中央公園:三枝惣太郎氏作『伸』」
 高松市中央公園の東入口から石段とかスロープを上がったすぐ左側に、三枝惣太郎氏の作品の「伸」が建っている。
 三枝惣太郎氏が、「苦難を乗り越えて伸びゆく高松」をテーマに制作した作品で、市政100周年を迎えた高松市が激動の二十一世紀に向って、平和で安らぎのあるまちづくりへの願いが込められているという。
 彫刻家の三枝惣太郎氏は、明治44年(1911年)生まれの香川県の出身で、色々な作品を制作されている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市中央公園:高松市中央公園の『伸』」
 三枝惣太郎氏の作品の「伸」を正面から写したもので、後ろのコンクリートの倉庫のような長方形の建物には、蔦が絡まっていた。
 第35回地区年次大会を記念してライオンズクラブが、彫刻家三枝惣太郎さんが制作した石彫モニュメントの「伸」を寄贈したもので、1989(平成元年)4月8日に除幕式が行われている。
 黒みかげ石と庵治石を使い、高さ2.9b、幅2.16b、奥行き73aの作品で、真ん中にある曲がりくねった石柱が「苦難を乗り越え伸び行く高松」を現しているという。
「高松市中央公園:池川直氏作『大気』」
 高松市中央公園の時計塔の南に、鹿児島大学の池川直教授が制作したブロンズ製の裸婦像の「大気」がある。
 池川直氏は、昭和33年(1958年)高松市生まれで、昭和62年(1987年)にこの作品の「大気」を制作され、中央公園に設置したものである。
 また、同氏は平成2年(1990年)に高松市峰山公園に「少年の記憶」を、平成7年(1995年)に菊池寛通りに「父帰る」の作品が設置されるなど、多数の作品を制作している。

「高松市中央公園:初めての作品の『大気』」
 高松市民の憩いの広場になっている中央公園で、公園を散策する市民らに芸術の香りを楽しんでもらおうと、昭和62年(1987年)11月6日に第一号として設置されたのが、この作品「大気」である。
 このブロンズ像は、高さ高さ一・九五bの裸婦の立像で、「大空に高く掲げた左手で、無限の空間へ伸びようとする女性を表現した。」といわれ、正面台座の「大気」の文字は、当時の脇信夫高松市長が揮毫したものであった。
 また、台座の裏面には「大気」(池川直 作) SUNAO IKEGAWA 1987」と彫られている。
「高松市中央公園:桜の季節の『大気』」
 高松市中央公園の水原・三原両監督の銅像の北側に、池川直氏作「大気」が建っている。
 平成24年(2012)4月5日に撮った写真では、この辺りに桜があって、桜の下で手を差し伸べ、未来に向って歩もうとする女性像の姿があった。
 この作品、当時高松工芸高校の教諭であった池川直氏が、昭和62年(1987年)の第五十二回県美術展覧会(県教委など主催)において知事賞を受賞した作品であった。
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2017年03月22日

「中央公園の野外彫刻等(ふるさと探訪)C」


[ 08:30 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「高松市中央公園:ハゲさんの像」
 高松市中央公園の東北の入口に、「ハゲさん」の石像がある。
 アキホ・タタ氏の平成5年の作品で、まん丸い目に大きく開いた口そして、ぽってりした腹がユニークな姿をしており、白御影石を使った重さが3トン、幅1.52m、高さ1.21mあるという。
 平成5年(1993)8月22日に、「ハゲさん」の石像の完工式が行われている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市中央公園:ハゲさんとは」
 中央公園にあるユーモラスな顔の「ハゲさん」について書かれた看板が設置されている。
 「その昔、この辺りは、浄願寺の広大な境内で大木の茂った森があった。この寺は殺生が禁じられていたので狸の住むにはあつらいむきの場所であった。昔この森の中に一匹の狸が住みついていた。ある年の暮近く貧しい老夫婦の生活を救うため、茶釜に化けたまま売られて行った。茶釜は毎日磨かれるので狸の頭はつるつるに禿げてしまい痛い痛いと泣いていた。住職は、かわいそうに思って鏡餅を三つ与えたところ泣きやんだ。それから「今泣いたのだあれ・・お鏡三つでだまあった」と子供をなだめる歌となった。
 平成五年八月二十八日 高松市四番丁校区 地域おこし事業推進委員会」
「高松市中央公園:ハゲさんの後ろ側」
 「ハゲさん」の裏面にも、この像のいわれが書いてあった。
 「狸石像(ハゲさん) この狸石像は、高松市四番丁校区地域おこし事業推進委員会が、昔話として伝わる狸について調査研究し、現代感覚にふさわしい狸として達成し、伝承文化を後世に伝えようとするものである。石像の重さは、約三トン、幅・奥行一・五m、高さ一・二一m、狸の石像としては、大を誇れる。幸せをもたらす狸として現代に生れ変った。そして地域おこしに一役買いたい。愛称は、ハゲさん。
 建立 平成五年八月二十八日 高松市四番丁校区地域おこし事業推進委員会」
「高松市中央公園:浄願寺跡」
 「ハゲさん」のすぐ北側に、「浄願寺 正一位 白禿大明神跡地」の石柱がある。
 ここにあった「浄願寺」はその昔、香川県西讃の宇多津町にあったお寺を生駒親正公が高松城に入って高松に移し、その後松平家の菩提寺となり、寺運が栄えたという。
 明治32年(1899年)から大正2年(1913年)まで高松市役所が浄願寺内に置かれたことがあり、空襲によりお寺が焼失して、昭和24年に現在地にお寺が移っている。
 この浄願寺跡に、昭和22年(1947年)5月に高松市中央球場が建設され、その後昭和58年(1982年)に球場を撤去し、その跡に昭和61年(1985年)6月に高松市立中央公園が建設され現在に至っている。
「現在の浄願寺」
 高松市番町の高松高校の斜め北の県道向い側に、現在の「浄願寺」があり、門の左側に、禿狸について書かれた看板があった。
「浄願寺の禿狸
 浄願寺は京都浄土宗総本山知恩院の末寺です。この古寺に、白禿大明神が祀られています。白禿大明神またの名を「禿さん」と呼ばれた狸は、近くの老夫婦の貧しい生活を救うため茶釜に化け売られてゆきました。茶釜は毎日磨かれるので、狸の頭は禿てしまい痛い痛いと泣きました。
 『今泣いたんだれかいな 浄願寺の禿狸 おかざり三つでだぁまった』、こんな歌が残されています。」
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2017年03月21日

「高松市中央公園の野外彫刻等(ふるさと探訪)B」


[ 10:09 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「高松市中央公園」
 高松市番町の中央通りの五番丁交差点の一角に「高松市中央公園」がある。
 昭和22年から昭和57年にここに「高松市営球場」があり、昭和61年4月5日に「高松市中央公園」となってオープン、市民の憩いの場となり、散策やスポーツなどをする人々の姿が多く見られる。
 また、「フラワーフェスティバル」や「高松まつり」などいろいろなイベントがここで行われて、大変にぎわう場所である。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市中央公園:円形の花壇」
 中央公園の東北入口付近に、円形の花壇があり、いろいろな四季の花が植えられており、今はビオラが植えられている。
 この花壇の周囲では、イベントが行われる際にJR四国さんがミニ列車を運転しており、小さいお子さんたちが大勢集まり大人気の場所になる。
「高松市中央公園:池と滝」
 「高松市中央公園」の芝生広場の西側にある「石の広場」に、池と人口の滝がある。
 普段は何も飾られていないが、フラワーフェスティバルが開催される時には、たくさんの花がこの「屋外ステージ」に飾られる。
 昔、水が巡回して滝のように落ちていた記憶があるが、普段には水がなく空(から)池となっている。
 池の奥が観客席のようになっており、時々ここに座って憩っている方を見かけることがある。
「高松市中央公園:ここに球場があった」
 高松市中央公園の芝生広場に、昔ここに中央球場があったことを示す、野球のベースが残されていた。
 公園の北端からかなり離れた位置にホームベースがあり、球場前のスペースが広かったことを知ることができた。
 一塁ベース、二塁ベース、三塁ベースと探し回り、中西太さんら名選手が活躍したという球場に思いを馳せた。
「高松市中央公園:北側バーゴラ」
 高松市中央公園の北バーゴラ内に、「災害時救援対応機」の自販機があり、「災害時、避難した方に庫内飲料を無料提供いたします。」とあった。
 北バーゴラ左側にある背の高いソーラーは、高松市が昨年12月に寄贈を受けたLED式街灯の「ソナエテル」で、内蔵の地震センサーが震度5以上の揺れを感知した時に非常放送を自動的に放送し、停電しても太陽光による蓄電を利用して照明でき、人の動きを感知して点灯する機能を備えているという。
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2017年03月20日

「中央公園等(ふるさと探訪)A」


[ 07:47 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「高松市役所13階から見た中央公園」
 高松市中央公園の道路を挟んだ向かいに、高松市役所の庁舎があり、かって高松市役所に用事があるときなどに市役所13階の食堂を利用させていただいていた。
その時に13階の廊下南から下を見下ろした中央公園の写真で、壁の陰になって全部が見渡せないのが残念であるが、青々した芝生広場を眺めることができた。
 今は市役所13階には、食堂が無くなっているようである。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市役所13階から見た北方」
 高松市役所13階に食堂があったときは、食べながら窓がある北方を眺めていた。
 サンポート高松のシンボルタワーの向こう側に「女木島」、「男木島」が見え、すぐ下に四番丁小学校の跡地に2004年にオープンした「四番丁スクエア」が見えている。

「ちょっと昔の地図」
 昔、務めていた職場で新しく買い不要になった昭和43年度版の住宅地図を要りませんかという声を聞き、手をあげて貰ったものである。
 高松市番町あたりを見ると、高松市役所の南にはまだ中央公園はなく、「高松中央球場」、「高松市消防本部」、「高松市消防署」、「体育館」の名前があった。
 この球場へ野球を見に来たことがあり、メインスタンドの建物の下に赤い消防車が並んでいた記憶があり、かまぼこ型の体育館も微かに覚えている。
「高松中央球場」
 「高松百年史」に載っていた「サヨウナラ 中央球場 昭和57年4月」の写真で、閉場記念式が行われている。
 戦後間もない昭和21年(1946)12月に着工、翌年の7月に完成し、昭和28年に大改装が行われたという。
 昭和54年12月にはプロ野OB東西戦が行われ見に来たことが、このとき西軍に藤村富美男、杉浦(元南海)、吉田、本屋敷(元阪神)、高倉(元西鉄)、東軍に江藤、森(元中日)、尾崎(元東映)、坂崎(元巨人)の他、香川出身の水原元監督や岡村選手(元阪急)らが出ていた。
「高松市中央公園:高松市の木 黒松」
 高松市役所の南の地下道を渡り、中央公園に入ると目の前に見事な枝ぶりの松の木の花壇がある。
 「高松市の木 黒松」と書かれた石板の裏に、寄贈した12のライオンズクラブ名と、第30回地区年次大会記念植樹とあり、植樹した年月は書かれていなかったが、昭和五十九年に中央公園に樹齢二百年の見事な黒松を寄贈したと書いてあるものを見たことがあるが、それがこの松のことかも知れない。
 また、高松市役所前にも松があり、いずれも素晴らしい枝ぶりの松であるように思われた。
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2017年03月19日

「中央公園の野外彫刻等(ふるさと探訪)@」


[ 06:52 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ Gウォーク・里山 ]
「ふるさと探訪:高松市役所前に集合」
 1月22日にふるさと探訪があり「中央公園とその周辺の野外彫刻を訪ねる」であった。
 高松市役所前に集合し、9時30分より始まり最初に高松市歴史民俗協会会長さんの挨拶があり、講師先生が紹介されて始まった。
 高松市役所の元職員であった講師先生、昔の市役所の歴史や建物についてお話があった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪:旧市役所の遺構」
 高松市役所玄関前の西側に、洋風の台座の上に時計を乗せた時計台があった。
 この柱、現在の建物の前の市役所の建物の一部として使われていたものを、記念として再利用されているということであった。
 何も説明板がないため初めてこのことを知ったが、何となく古そうな感じがしていた。
「ふるさと探訪:旧高松市役所」
 写真は「高松市百年史」に掲載されていた高松市旧庁舎で、大正13年(1924)2月25日に木造洋館2階建てから建て替えられた昭和3年に竣工した鉄筋コンクリート3階建ての建物で、高松空襲にも耐えたという。
 現在の建物が昭和54年2月に完成しており、昭和45年4月に高松市に転勤になり住民票の転入手続きをしたのがこのような建物でなかったかという微かな記憶がある。
 写真に写る玄関に、時計台の柱になっている柱があるように見えている。
「ふるさと探訪:現在の高松市役所」
 中央公園から写した地上13階鉄骨鉄筋コンクリートづくりの現在の高松市役所の庁舎である。
 手狭になった市役所を建て替えるため昭和51年(1976)7月に仮庁舎となる市立体育館などに引越しし、昭和54年(1979)2月15日に現在の新庁舎の落成式が行われている。

「ふるさと探訪:高松市民のねがい」
 高松市役所玄関左側に「高松市民のねがい」の碑が建っており、昭和57年(1982)2月に完成し除幕式が行われている。
 この「高松市民のねがい」は、高松市制施行90周年に「いっそう豊かで明るく住みよい高松”を築きあげよう」と、昭和55年9月25日に制定されたという。
 この石碑の上には、高松市中央公園にある「平和の群像・あけぼの」の小さな像が乗っている。
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2017年03月18日

「屋島ご近所散歩」


[ 07:43 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ B屋島周辺 ]
「ご近所散歩:陸上競技場東道路交差点」
 屋島の陸上競技場(レグザムフィールド)の東から出入りする新しい道路と国道11号が交差する交差点の工事が行われている。
 新しく信号機が付き、初めて横断歩道を自転車で渡った。
 以前は長い歩道橋があり、自転車を押して橋を上っていたが撤去されており、最近の高松市内でも歩道橋が無くなっている所が何カ所かある。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ご近所散歩:レグザムフィールドの建物」
 4月にオープンする屋島の陸上競技場(レグザムフィールド)の西のスタンドで、ほとんど完成している。
 この建物が何階建てなのか分からないが、1階の窓を通してトラツク・フィールドの一部が透けて見えていた。
 手前にある大きな木、おそらく移植した木であるうと思うが、緑の新芽が清々しい。
「ご近所散歩:コトデン屋島踏切」
 屋島陸上競技場(レグザムフィールド)の西北のコトデン屋島踏切から見た屋島である。
 ここから左(西)へ行けばコトデン潟元駅があり、右(東)に行けばコトデン屋島駅がある。
 右に写るのが陸上競技場(レグザムフィールド)の敷地で、可愛いトイレが出来ていた。
「ご近所散歩:汐入川の建物」
 高松市屋島西町の「西村ジョイ」や「四国総合研究所」などがある「汐入橋」から見た、屋島方面である。
 以前、右にある岸辺は木や草が生い茂っていたが整地され綺麗になリ、屋根のある鉄骨作りの建物が建ちつつある。
 屋根から何本も電線が下がっていたこと、西端に置いてある段ボールに「Solar」の文字があることから、太陽光発電でないかと思われた。

「ご近所散歩:サクランボの花」
 ご近所さんの庭にサクランボの花が咲いていた。
 桜かなと見間違うような花で、今が盛りと咲き誇っている。
 真っ赤な実がなるのであろうか。
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2017年03月17日

「第15回引田ひなまつり(3)」


[ 07:33 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ K祭り・名所・旧跡・公園 ]
「引田雛祭り:46番」
 その昔、東かがわ市引田では女の子が生まれた初節句に、「引田飾り」と呼ばれる飾りつけをして親族や近所に披露する風習があり、この風習を引田まち並み保存会により復活させたのがこの「引田ひなまつり」だという。
 約70軒の家々に江戸時代から現代のものまでの様々なおひなさまが飾られていた。
 写真は46番の「網野家さん:昭和53年の雛飾り」である。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「引田雛祭り:47番、49番、54番、56番」
 古くから引田では、ひな壇の横に市松人形を備えた豪華な「引田飾り」を飾る風習があったという。
 写真上左は47番の「丸山電気商会さん:平成5年の雛飾り」、写真上右は49番の「正木家さん:平成19年のひな飾り」、写真下左は54番の「今井家さん:昭和53年の段飾り」、写真下右は56番の「引田電化さん:寄贈雛」。
「引田雛祭り:56番、58番、59番、61番」
 写真上左は56番の「引田電化さん:扇吊飾り」、写真上右は58番の「石橋家さん:大型金魚にひな飾り」。
 上部の水槽の上に雛飾りがあり、白い器の左には一匹50万円、真ん中の容器には一匹10万円、右側の容器には一匹3万円の「オランダ獅子頭」が展示されていた。
 写真下左は59番の「百十四銀行さん:初代東光の市松人形」、写真下右は61番の「吉本酒店さん:商工会女性部の陶器の雛人形」。
「引田雛祭り:62番、63番、64番、65番」
 写真上左は62番の「山西文具店さん:昭和の八段飾り」、写真上右は63番の「七彩鍼灸接骨院さん:軒先つり飾り」、写真下左は64番の「引田郵便局さん:寄贈雛」、写真下右は65番の「中山海産物店さん:平成2年の雛飾り」。
「引田雛祭り:66番、68番、69番」
 写真上左は66番の「谷川家さん:昭和63年の七段飾り」、写真上右の68番の「中山海産物店さん:平成2年のひな飾り」、写真下左はツバキが飾られた「ぎおんさん(八坂神社)」の境内、写真下右は花で飾られた69番ぎおんさんの拝殿:寄贈雛」。
 また東かがわ市の特産品などが当たるスタンプラリーが行われていたので、参加してポストに入れたが当たるだろうか。
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2017年03月16日

「第15回引田ひなまつり(2)」


[ 09:03 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ K祭り・名所・旧跡・公園 ]
「引田雛祭り:21番」
 香川県東かがわ市引田で開かれていた「引田ひなまつり」の最終日となる3月3日に来ている。
 展示の番号が21番となっている大島家さんには、昭和31年の御殿飾り、昭和59年の段飾り、うさぎの雛飾りなどたくさんの雛が飾られていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「引田雛祭り:22番、24番、25番、26番」
 沿道の家々に雛人形が飾られており、見物客の目を楽しませている。
写真上左は22番の「安倍家の雛人形」で、その他に絵画や竹細工などが展示されていた。
写真上右は24番の「JAZZ雛」、写真下左は25番の「ユーマートウジハラさん:雛飾りなど多数」、写真下右は26番の「風まちネットてんぐ邸:雛飾りとおもちゃ」。
「引田雛祭り:28番、28番、30番、32番」
 写真上左は28番の窪田家の奥まったお家に展示されていた「お内裏様」、写真上右は28番の窪田家車庫に展示されていた「小海保育所・平和保育所のこども作品展」。
 写真下左は30番の「安本家:引田幼稚園手作りひな人形、写真下右は32番の「吉原家:段飾り、香桜グループによる創作ひな飾り」。
「引田雛祭り:33番、34番、36番、37番」
 東かがわ市引田の町に飾られていた雛飾りである。
 写真上左は33番の「山本醤油さん:昭和15年頃の段飾り」、写真上右は「ギャラリー翼さん:古いお雛さんの展示」、写真下左は36番の「はぎの商店さん:昭和40年代のお雛さま」、写真下右は37番の「桃山廣瀬さん:雛掛け軸」。

「引田雛祭り:38番、40番、41番、42番」
 引田の町の商店などに代々伝わる雛人形を、座敷や軒先に飾る「引田ひなまつり」、たくさんのお雛様が飾られていた。
 写真上左は38番の「三好家:江戸末期150年程前のお雛様ほか」、写真上右は40番の「ギャラリーすこやか:香桜グループによる御殿雛を引田城に見たてた企画展」、写真下左は41番の「占部家の軒先つり飾り」、写真下右は42番の「福島家:平成14年の段飾り」。
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2017年03月15日

「第15回・引田ひなまつり(1)」


[ 09:54 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ K祭り・名所・旧跡・公園 ]
「引田雛祭り:引田駅」
 香川県東かがわ市引田には古い町並みが残っており、ここで2月末から3月初めにかけて「引田ひなまつり」が開かれており、毎年のように訪れている。
 最終日となる3月3日、普通列車に屋島から引田まで約1時間乗車してやって来た。
 引田駅の陸橋には椿の花が飾られ、駅前のテントの接待所では、熱々のレモンティのお接待を受けた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「引田雛祭り:2番、3番、4番、5番」
 雛人形などの展示場所は、誉田八幡宮近くの御幸橋の付近から民家や商店などに番号が付けられて、それぞれの場所に雛人形などが展示されていた。
 写真上左は2番の「角野家さん:軒先つり飾り」、写真上右は3番の「岡田屋さん:雛飾り」、写真下左は4番の「寺嶋電気商会さん:段飾り」、写真下右は5番の「阿部家さん:御殿びな」。
「引田雛祭り:6番、7番、10番、11番」
 引田の雛飾りがされている場所が分からなかったり、雛飾りがされていないような番号の場所の写真はない。
 写真上左は6番の「岡部家さん:寄贈雛七段飾り」、写真上右は7番の「讃州笠屋邸さん:創作雛展示」、写真下左は10番の「東かがわ手袋ギャラリー:百歳雛」、写真下右は11番の「木村家さん:お内裏様」。

「引田雛祭り:12番、13番、15番、16番」
 引田の商店の店先でガラス戸越しに展示されている場合に写を撮らせていただくと、外の景色がガラスに写り、うまく写真が撮れなかった。
 写真上左は12番の「黒口家さん:軒先つり飾り」、写真上右は13番の「金本家さん:寄贈雛御殿飾り」、写真下左は15番の「根ケ山家:七段飾り」、写真下右は16番の「ヘアーサロン八木さん:昭和54年・平成18年の石川潤平さんの雛人形」。
「引田雛祭り:17番、18番、18番」
 写真上左は17番の「工藤家さんの雛人形」、写真上右の18番の「濱田家さん:格子にいろいろなお雛様を展示」。
 写真下左右は18番元工場跡の煙突広場で、地元女性陣が一年間かけて創った古布の創作花の数々と手作りで新調された雛人形の展示とあった。
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2017年03月14日

「春がきたのかな屋島(2)」


[ 09:51 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島:屋島山上から小豆島方面の眺め」
 屋島山上の「談古嶺」から見た瀬戸内海の眺めである。
 「相引川」から続く源平合戦古戦場から北へきたところの地で、手前には県水産試験場や先日クリーン清掃を行った屋島少年自然の家がある。
 対岸には、屋島のシャトルバスの車内放送で紹介されている映画「世界の中心で愛を叫ぶ」で知られる庵治町と、向こう側には小豆島の山々が見えている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島:ゴミ箱」
 屋島からゴミをなくすためにか、屋島南嶺の遊歩道にあったと思われるゴミ箱が今は無い。
 屋嶋城の入口の電柱の下に積み重ねられた飲料水のビンと缶である。
 まるで、芸術作品のように置かれていた。
「屋島:屋嶋城から見た高松市内」
 屋嶋城が一般公開されてもうすぐ1年を迎える。
 時々、南嶺の遊歩道を辿って屋嶋城を見て、ここから不喰梨(くわずのなし)への道を下りている。
 天気が良ければ、高松市のサンポート方面から高松町までぐるりと見渡すことが出来る。
「屋島:大宮八幡神社の梅の花」
 高松市屋島中町の「大宮八幡神社」の境内末社の「天満宮」に、天満宮にふさわしく梅の花が咲いていた。
 今が盛りか一本の木の手前に白い花が、そして向こう側にピンクの花を咲き分けしていた。
「屋島:屋島ケーブル跡」
 昔、大勢のお客様を屋島山上まで運んでいた屋島ケーブルが、屋島中町に眠っている。
 平成17年(2005年)8月に廃止されてから早くも11年半にもなり、ケーブルカーを格納している屋根の一部から青空が見えていた。
 もっと観光施設として活用する方策は無いのだろうかと思われた。
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2017年03月13日

「春がきたのかな屋島(1)」


[ 08:20 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島:ツクシの頭」
 天気が良かったので久しぶりに屋島へ春を見つけにやってきた。
屋島山上にある瑠璃宝池(血の池)の土手に、つくしの頭が現れていた。
 あまり土壌がよろしくないのか、ずんぐりむっくりのつくしの姿であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島:屋島寺本坊にて」
 門がいつも開かれている屋島寺本坊に時々お邪魔し、お庭を見せていただいている。
 梅の花が終わりかけていたが、何株かあるボタンの芽が吹きだしていた。
 もう少しして春になれば、こんもりした樹形から綺麗な花が咲きだして来るのだ。
「屋島:豊後梅」
 普通の梅の木より時期を遅らせて咲く「豊後梅」が、屋島山上の「県木園」で満開近くになっていた。
 幾分大きめの多くの花を付けており、蜜を吸っていた二羽の「メジロ」が、花から花へと飛び回っていた。
「屋島:山上の獅子の霊厳」
 暖かな気候に誘われて、お若い人やご家族連れが、屋島山上の「獅子の霊厳」を散策されていた。
 今月末になれば綺麗な花を付けるであろう桜の老木、花の蕾が大きく膨らみかけていた。
 石の腰掛に座り込んで瀬戸内の島に見とれている年配の方もおられた。
「屋島:新屋島水族館のクリスマスローズ」
 老朽化が進んでいるという「新屋島水族館」、高松市が主体となってリニューアルを行うというニュースが流れた。
 お子さんが休みになると大勢のお客様が訪れて屋島山上の目玉施設の水族館前に、「クリスマスローズ」が植えられ、今が見頃を迎えていた。
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2017年03月12日

「春の永代経(光教寺)など」


[ 08:36 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ C神社・仏閣 ]
「春の永代経(光教寺):境内」
 高松市木太町にある「光教寺さん」の境内で、 木太地区文化協会の光教寺さんの歴史を書いた掲示板があり、宗派は浄土真宗本願寺派でご本尊が阿弥陀如来立像であると紹介されていた。
 永代経は春と秋の二回行われており、広辞苑によると「故人の供養のため、毎年の忌日や彼岸などに寺院で永久に行う読経。」と書かれている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「春の永代経(光教寺):法要」
 光教寺さんの本堂に大勢の檀家さんが集まり、春の永代経の法要が始まった。
 光教寺さんの住職さん、副住職さんのほか近隣のお寺の住職さんをお迎えし、法要の読経が行われた。
 また、お手伝いの檀家役員さんから名前を読み上げられ案内された順に、参列者が前に進み出て焼香を行った。
「春の永代経(光教寺):深海正樹師のお説教」
 春の永代経の法要の後、富山県光円寺住職の「深海正樹師」からお説教があった。
 光教寺住職さんから富山弁丸出しの人と紹介されていたが、ちょっと意味がよく分からない方言の部分があったが何となく前後の話から分かったような気がした。
 相当昔に大阪で就職試験を受けたときに話をした富山県から来られていた方の言っていることが、全然分からなかったという想いでがある。
 お説教は、「ご先祖に導かれて」というお話で、にこやかにユーモア巧みに話をしてくれたが、光教寺住職さんの大学時代の友人である「深海正樹師」が高松に来られるのは、おそらく今年が最後になるであろうとお話をされていた。
「高松赤十字病院で東日本大震災写真展」
 3年前に手術した病気で定期的に通院している高松赤十字病院の総合案内窓口前で、東日本大震災の写真展が開かれていた。
 2011年に発生した東日本大震災に際し、同病院から医師や看護婦を福島県や宮城県に派遣し救護活動を行っている写真を39枚展示しているものである。
 この催しは震災から6年が経ち、震災の記憶を風化させないために昨年から行われているという。
「高松市歴史資料館で生駒親正の甲冑を展示」
 2月21日から4月9日まで、高松市歴史資料館で「生駒親正公」の甲冑を展示しているというので見に行った。
 1587年に讃岐の国主となり、高松城を築いた生駒親正が関ケ原の戦いで使用したという甲冑で、緑っぽい萌黄色をしていた。
 生駒家は4代藩主の時にお家騒動があり秋田県由利本荘市の「矢島」に移封となり同市の「龍源寺」で保管されていたものを、高松市の「弘憲寺」に寄贈されて376年ぶりに高松へ里帰りしてきたという。
 受付で写真を撮ってよろしいかお聞きすると撮影不可ということだったので、会場に用意されていた資料から写真を撮ったものである。
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2017年03月11日

「第16回屋島クリーン大作戦」


[ 08:37 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「屋島クリーン大作戦:屋島少年自然の家運動場」
 屋島の美しい自然や景観を守ろうと毎年3月の第1日曜日に行われている「第16回屋島クリーン大作戦」に参加させていただいた。
 地元の自治会や企業のボランティア、小中学生などが屋島のゴミを拾い集めるもので、屋島地区2カ所で開会式が行われたが、あわせて約1800人が参加されたという。
 ここ2回ほどはメイン会場の「浦生ちびっこ広場」の会場の方に参加していたが、今年は「屋島少年自然の家の運動場」へと自転車で向かった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島クリーン大作戦:開会式で挨拶」
 我が家から約30分で「屋島少年自然の家」に着き、運動場には500人ほどの皆様が集まっており受付で軍手・ゴミ袋・飲料水を受け取り、まもなく開会式が始まった。
 高松市副市長さんの挨拶、屋島クリーン大作戦実行委員会副会長の挨拶に続き、担当者から注意事項などが説明され清掃が始まった。
「屋島クリーン大作戦:頑張る皆様」
 企業のボランティアさんは山の方の屋島周回道路の方に行かれ、市民のボランティアさんは海岸に下りて行った。
 八栗の山や庵治の町が見渡せる海岸の砂浜に落ちているゴミを拾い、青いビニール袋に入れて回った。
「屋島クリーン大作戦:打ち寄せられたゴミ」
 この海岸に来た人がゴミを捨てるというのは考えられないので、ほとんどが海からきた漂着ゴミでなかろうかと思われた。
 ペットボトルやその蓋が多く流れ着いており、自動販売機でどこでも容易に買うことができ、飲んでしまった容器をどこにでも捨てる人がいることを物語っている。
「屋島クリーン大作戦:ゴミの山」
 ビニールやペットボトル、プラスティク片などを拾い集め、重くなった一袋を清掃事業者の方に託させてもらった。
 海岸線の草の中には、風に飛ばされてきた発泡スチロールなどが沢山落ちており、草を分け入って拾った。
 結局、二袋を満タンにして清掃作業は終了したが、見違えるように海岸は綺麗になったようだ。
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From:e-とぴあスタッフさん
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[ 2017/03/11 10:32 ] Re:「第16回屋島クリーン大作戦」
屋島のできごとさん、こんにちは。

屋島クリーン大作戦、お疲れさまでした。
1800人もの方が参加されるんですね。
皆さんのおかげできれいな海や運動場が
保たれていることを知りました。
ありがとうございました。
2017年03月10日
「鳴門コウノトリ:レンコン畑が続く場所」
 鳴門市の親類からお誘いがあり、連絡せずに鳴門市の親類宅を訪れたが生憎、午前午後とも留守であった。
 来る道沿いに公民館の看板があったので寄ってみると、公民館は閉まっていたが、公民館の北の広場でサッカーをしている女の子に聞くと、知っているといって教えてもらった。
 「ここから右に行き、左に曲がり、信号があるので真っすぐ行き、一番右を右折すると写真の看板がある。」
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「鳴門コウノトリ:田んぼギャラリー」
 鳴門市の家並みを教えてもらった通りに行くと、畑の中に数台の車がとまっている三叉路があり、東の方を眺めている様子であった。
 なるほど教えられた通りの「コウノトリ」の写真があり、「田んぼギャラリーは、コウノトリに思いをよせた人達から提供して頂いた大事な写真です。ありがとうございました。」という看板が立っていた。
「鳴門コウノトリ:遥か遠くにあるコウノトリの巣」
 鳴門市の田んぼの中の三叉路から、はるか遠くの東方を眺めていたお一人に、コウノトリは何処にいるのかお尋ねすると、中央のこんもりした森の左側に、かすかに見える電柱の上に巣があると教えていただいた。
 この女性の方がこの位置から撮られたデジカメ写真を見せてもらうと、巣の上に立ち上がって羽ばたく白い鳥が写っていた。
 写真で巣は見えにくいが、手形の下方。
「鳴門コウノトリ:道路から写真」
 鳴門市の三叉路から小さなカメラで撮った写真である。
 電柱の上に沢山の小枝を集めた巣が出来ており、かすかに白い頭のコウノトリの姿が写っていた。
 電柱は30mくらいの高さであろうか、町中にある普通の電柱より相当に高そうであった。
「鳴門コウノトリ:2羽のように見える写真」
 鳴門市で撮れた写真を見ると、2羽がいるように見えていた。
 左側のコウノトリの尻尾のようにも見えるが、それにしては大きな鳥になるので、オスとメスの2羽でなかろうかと思っている。
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「鳴門コウノトリ:口が開いたコウノトリ」
 兵庫県豊岡市から150kmも離れた鳴門市に飛来し、2年になるというコウノトリが産卵して親鳥が卵を抱いているのでないかと新聞にあった。
 飛ぶ姿や立ち上がったりする姿を見たかったが、見ることはできなかった。
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2017年03月09日

「鳴門市へ行く」


[ 07:43 ][ 歴史・文学:史跡・遺跡 ][ J県外の旅 ]
「鳴門市:霊山寺へお参り」
 鳴門市の親類から近くで今年も「コウノトリ」が、巣を作っているので見に来ないかとお誘いがあった。
 連絡なしでおそらく家に親類の方が居られるという予想で親類宅に伺ったが、生憎の留守であった。
 午後からもう一度来て見ることにして、近くの四国霊場1番札所の「霊山寺」に行き、お参りした。
 本堂の屋根の修理をされているようで、本堂内にあった納経所が売店内に移転していた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「鳴門市:大師堂」
 「霊山寺」の本堂にお参りして、次に大師堂にお参りした。
 お遍路のシーズンに入ったのか沢山のお遍路さんがお参りしていた。
 池にかかる橋を渡ったが、橋の下の池には大きな鯉が元気よく泳いでおり、お遍路さんに先達さんが霊山寺の主の鯉であるという説明がされていた。
「鳴門市:大麻比古神社の鳥居」
 鳴門市大麻町の「霊山寺」を出て北へ行くと、阿波國一宮の「大麻比古神社」がある。
 途中の道に高松自動車道の下を通ると、朱塗りの平成14年に建立の鋼管製の高さは14.6メートルある大鳥居がそびえるように立っていた。
ここから約800メートル続く参道の両側には、背の高い木々が立ち並んでいる。
「鳴門市:大麻比古神社のご神木」
 鳴門市大麻町の大麻比古神社の長い参道を抜けると、参道中央に立ちふさぐようにご神木の「楠」の大木がある。
 ご神木としてあがめられてい木で、樹高22mで幹周りが8.3mもあるといい、樹齢が千年余で、鳴門市指定の天然記念物になっているという。
「鳴門市:大麻比古神社の拝殿」
 大麻比古神社の祭神に「大麻比古大神」と「猿田彦大神」がお祀りされているといい、拝殿でお祓いを受けておられていた方々が、拝殿前に出てこられて神職さんから説明を受けられているようなご様子であった。
 土曜日のよき日であるのか、小さな赤ちゃんのお宮参りをされているご家族もお見かけした。
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2017年03月08日

「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会B」


[ 10:11 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ HJR四国・琴電 ]
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 2月25日にJR高松駅で開かれた「四国まんなか千年ものがたり」の車両展示会に来ており、下り方面の先頭車両となる1号車に来ている。
 乗務員席には特別変わったようなものは無かったが、中央に何やらカメラのようなものが取りつけられており、走行中に写された映像を見ることが出来るようになっているのでなかろうか聞き忘れた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の先頭車両の1号車の前面部分である。
 乗務員席の全面中央や左側に木の形をした「トレインマーク」があり、乗降口や車両中央にも大きなマークが付けられており、これも確かめてはいないが高知県の大杉を表しているのでないだろうか。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の外装は、1号車が春をイメージした緑、2号車は青と白を片面ずつ塗装して夏と冬を、3号車は赤で秋の風情を表現しているという。
 4月から運行する列車では、事前に予約すれば、大歩危行きの下りで「さぬきこだわり食材の洋風料理」が、多度津方面へ向かう上り列車では「おとなの遊山箱」を食べることができるという。
 子どもころのひな祭りに、「遊山箱」に弁当を詰めてもらって吉野川などに遊山に行っていた思い出がある。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の列車愛称は 下り列車の多度津・琴平駅→大歩危駅行きを「そらの郷紀行」と呼び、徳島県西部の険しい山岳地帯のトンネルをくぐり鉄橋を渡り、 上り列車の大歩危駅→琴平・多度津駅行きを「しあわせの郷紀行」と呼び険しい山々や渓谷を越え、穏やかな讃岐平野に至り、「しあわせさんこんぴらさん」と親しまれている「こんぴらさん」の玄関口「琴平駅」へ向かいます。※JR四国ホームページより。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の展示会が開かれているJR高松駅で、写真のPRビデオが流れていたもので、徳島県の第二吉野川橋梁らしい所を走る列車である。
 「四国まんなか千年ものがたり」の運行区間の
琴平〜大歩危間は四国のまんなかで、弘法大師の生誕地善通寺、古くから海の神様として信仰を集めるこんぴらさん、平家落人の秘話や伝説が残る秘境祖谷地方など、千年を超える歴史的な文化や景観が残されているという。※JR四国ホームページより。
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2017年03月07日

「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会A」


[ 08:33 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ HJR四国・琴電 ]
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 JR高松駅で行われていた「四国まんなか千年ものがたり」の展示会に来ている。
 写真は3号車の運転席を写したもので、通常の運転席との違いはないように思えた。
 この車両は「キハ185系特急形気動車」3台を改良したもので、外観側面に「キロ185 1001」から「キロ185 1003」の車両番号が表示されていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の展示会があって「2号車」に来ており、外観に夏と冬の四季が表現されていた。
・夏清(なつすがし)の章
 「幾筋もの小川を集め蕩々と流れる大河の色は青く、川面を渡る清々しい風が夏の暑さをしばし忘れさせます。清らかな流れで育った鮎が跳ね水紋を描きました。」
・冬清(ふゆすがし)の章
 「空を見上げるといつしか白い綿毛のような雪が舞っています。 張り詰めた冬の水面には、小紋のようなさざ波が立っています。」※ホームページより
この2号車には横向きの長椅子が配置されて、定員は11人だそうである。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の2号車の座席位置を示す表示に、ほのかな明かりが点灯されていた。
 この灯りの周辺には木目があしらわれており、車両内部に「和」の心が示されているようであった。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の車両に乗車し1号車に移ってきた。
 この1号車は、「春萌(はるあかり)の章」と呼称し、外観に「厳しい寒さに耐えていた木々の芽は、春の萌に一斉に目覚め里山に薄緑のカーテンをかけます。若葉は競って茂り日増しにその色は深い緑に変化していきます。」が表現されているという。
 車室内の椅子は緑色に統一されており、定員は22人のようであった。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の車両の出入り口の写真で、駅のホームから10cmほど低いところに車両のステップがあり、年寄りであるためか躓きそうになった。
 高松駅は運行区間でなく、運行区間の大歩危駅―多度津駅間のホームの高さに合わしているのかも知れなかった。
 また、車両のステップからかなりの高さの段差があって床面があり、これも座席に座って景色をよりよく見せるためには止むを得なかったのかも知れない。
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2017年03月06日

「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会@」


[ 08:45 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ HJR四国・琴電 ]
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 4月から運行が開始される「四国まんなか千年ものがたり」の展示会を見るため、高松駅の「9番のりば」へと進んできた。
 9番乗り場の発車案内板には13時30分から14時30分まで「四国まんなか千年ものがたり」の展示会が行われている旨の表示がされていた。
 ずっと向こうのホームに、初めて見る「四国まんなか千年ものがたり」の車両がとまっていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の展示会が行われている9番乗り場、15人ずつ区切った前のグループの方々が、頭上にカメラを構えて写真を撮られていた。
 JRのホームページを見ると、車両展示会の開始を記念した「オープニングセレモニー」が13時20分の予定で行われているようで、お客様代表、JR四国社長、高松駅長、「四国まんなか千年ものがたり」アテンダントによるテープカットが行われていたようであった。
 3人早く列に並んでいれば、セレモニーの写真が撮れたのに残念至極であった。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」 
 4月1日から「大歩危−多度津駅間」で運行を始めるJR四国の観光列車「四国まんなか千年ものがたり」の車両展示会、「オープニングセレモニー」が終わり、手前に連結された3号車より見学が始まった。
 3号車の色は、「こげ茶いろ」のようであり、どんな車両になっているのか早く見たかったが、前の組までの大勢の皆様が車両乗車を待っておられた。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の展示会、にこやかな秋冬用の制服を着られた「アテンダントさん」に迎えられ、3号車に乗車した。
 3号車入口にはグリーン車の表示があり、入口左に「秋彩(あきみのり)の章」と書かれており、 定員が24人らしかった。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会」
 「四国まんなか千年ものがたり」の3号車に乗車して、真新しい座席などを見て回った。
 徳島県産の杉をふんだんに使ったという車内の内装は、落ち着いた民家をイメージされて作られているという。

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2017年03月05日

「四国村の雛・水仙・梅」


[ 11:14 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ D四国村 ]
「四国村の水仙」
 四国村の「楮蒸し小屋」の南にある梅林に植えられたスイセンの花である。
 たくさんのスイセンの花の種類がありそうであるが、ごくごく普通の綺麗な花弁の白と真ん中に黄色の副花冠のようであった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「四国村の梅林」
 四国村の灯台退息所から下りてきた坂道から見た梅林である。
 大きな木の向こうに、赤や白の花が咲いた梅の木が見え、まさに春の景色であった。
「四国村:旧久米通賢宅の雛飾り」
 「旧久米通賢宅」のお雛様は、例年ガラス戸の中にあって、ガラスに景色が映って綺麗に写真が写らなかった。
 今年はお雛様の数が増えたためか、座敷の部屋に飾られていた。
 小ぶりの市松人形やお雛様の羽子板も飾られていた。
「四国村:旧久米通賢宅のマンサクの木」
 四国村の「旧久米通賢宅」の庭に「マンサク」の木札がかかっている木に、黄色の花が咲いている。
 花の側に大きな枯葉が付いており、枯葉が無くなれば花が綺麗に見えるのにと思った。
「四国村:旧前田家土蔵の雛飾り」
 四国村の「旧前田家土蔵」の小さな床の間に、雛飾りがされていた。
 小さなケースに入ったお雛様の壁の上には、お雛様の掛け軸が掛けられていた。
四国村の古民家には、村内で摘んだと思われる
春の花々が綺麗に飾られていた。
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2017年03月04日

「四国村の雛・水仙・梅」


[ 08:47 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ D四国村 ]
「四国村:小豆島農村歌舞伎舞台の雛飾り」
 四国村で2月8日(金)から、四国各地から移築した古民家などで、「ひな飾り」が展示されていることを知り3月2日に見に行ってきた。
 小豆島から移築された農村歌舞伎舞台では、舞台中央にたくさんのお雛様が飾られていた。
 昔、本物の歌舞伎役者による歌舞伎が行われた時があり、野外に1,000人分の観客席が設けられているという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「四国村:小豆島農村歌舞伎舞台の雛飾り」
 県内外の方々から寄贈されたお雛様を、小豆島農村歌舞伎舞台に所狭しと並べられていた。
 華やかな市松人形や五段飾り、御殿飾りなど、健やかな成長を願って各家庭で飾られていたものが、この舞台に集っているようであった。
 ここではおおむね向って左側に男雛が飾られているが、地方によってはその位置が違う地方があるという。
「四国村:のぞみ幼稚園の手作りお雛様」
 四国村にある旧丸亀藩御用蔵の資料館で、高松市屋島中町にある「のぞみ幼稚園」の園児が手作りした可愛いひな人形が、展示されていた。
 写真左上と右上は「3歳児」、写真下左は「4歳児」、写真下右は「5歳児」の皆様の可愛い作品であった。
「四国村:旧河野家住宅の雛飾り」
 四国村の古民家にお雛様が飾られ、愛媛県から移築された「旧河野家住宅」でも男女一対のお雛様が床の間に飾られていた。
 この部屋の中央には囲炉裏が切られており、正月などでは木をくべておもてなしをしてくれる人が配置されている時があった。
「四国村:旧楮蒸し小屋前の水仙」
 今の時期は梅の花の時季で、ここ四国村の「楮蒸し小屋」の南の梅林にも梅の花が咲いている。
 また時期を同じくして、梅の木の下の一面に、スイセンが咲き誇っていた。
 風もなく暖かったこの日は、春のような気候であった。
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2017年03月03日

「JR高松駅120周年記念B」


[ 07:25 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「JR高松駅120周年記念:ぬりえコーナー」
 2月25日にJR高松駅のコンコースで、開業120周年を迎え色々なイベントが開かれていた。
コンコース中央に「ぬりえコーナー」があり、高松駅の「こどもぬりえきっぷ」に塗り絵をして、出来上がった作品をパウチして記念として持ち帰れるというものであった。
 親御さんが見守る中で、大勢のお子さんが「塗り絵」に挑戦しておられた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「JR高松駅120周年記念:ぬりえ」
 JR高松駅が開業して120周年になるのを記念して、高松駅で「ぬりえ」のイベントが行われていた。
 「たかまつえき 120しゅうねん」と書かれたものに「スマイルえきちゃん」の下絵があり。、これに塗り絵をするものであった。
 左下には、高松駅のアンパンマンのスタンプが押されていた。
「JR高松駅120周年記念:ヘッドマーク」
 JR高松駅120周年して、昔なつかしい列車のプレートが販売されていた。
 懐かしのヘッドマーク 国鉄四国急行「うわじま」と「あしずり」が売り出されており、当時の車両に使われていたかどうかは分からないが、新しそうであった。
 また「宇高連絡船記念切手」も販売されていた。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会:大行列」
 25日の午後1時半から今年の4月から運行が開始される「四国まんなか千年ものがたり」の車両展示会が行われることになっており、これを見るためうどんを食べた後にJR高松駅南の通路に出来ていた列に並んだ。
 展示開始2時間の11時30分に最後尾に並び、ざっと数えると80番くらいかなと思われた。
 座っている人もいたが、ひたすら立って待った。
「四国まんなか千年ものがたりの車両展示会:記念入場整理券」
 「四国まんなか千年ものがたり」の車両を見るために行列に並び、待つこと1時間10分、前に並んでいた方が高松駅に入って行った。
 それから約40分、外で待って高松駅のコンコースに入って待ち、13時25分ころに「記念入場整理券」をいただいて、高松駅の構内に入ることができた。
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2017年03月02日

「JR高松駅120周年記念A」


[ 08:11 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「JR高松駅120周年記念:行列に並ぶ」
 JR高松駅120周年記念の入場券が、高松駅のコンコースで売り出された。
 記念式典が始まる頃は、まだ駅舎内にとどまっていた入場券を買おうとする列が駅舎の裏の「連絡船うどん屋さん」から折れ曲がって続いていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「JR高松駅120周年記念:入場券を購入」
 JR高松駅120周年記念の入場券を、約40分並んで手に入れた。
 2000枚限定で1枚800円であり、たくさんの鉄道ファンが買っていた。
 向こう側に写る階段には、記念式典で歌を歌ってくれた寺井幼稚園の園児さんの「おひなさま」の作品が飾られていた。
「JR高松駅120周年記念:入場券」
 JR高松駅は、明治30年2月に讃岐鉄道の駅として開業して120年を迎え、これを記念して「入場券」が販売された。
 高松駅、端岡駅、坂出駅、宇多津駅、丸亀駅の5枚つづりの入場券の上部には、初代の駅舎(明治30年開業)のイラスト、明治43年開業の2代目、昭和43年の開業の3代目、平成9年の仮駅舎、最後に大きく現在の4代目の駅舎の写真が載せられていた。
 また裏面には、高松駅の歴史が書かれていた。

「JR高松駅120周年記念:缶バッチ」
 高松駅開業120周年記念入場券が高松駅のコンコースで販売され、先着120名に「記念キーホルダー」が贈られるということであったが、早々に無くなりましたと駅員さんから案内があった。
変わって入場券を買った人に「缶バッチ」が添えられていた。
 缶バッチには「おかげさまで120周年」と書かれ、現在の駅舎と「たかまつえきちゃん」のイラストが描かれていた。
「JR高松駅120周年記念:記念撮影コーナー」
 JR高松駅120周年記念イベントとして、高松駅のコンコースで、「すまいるえきちゃん記念撮影コーナー」が設けられていた。
 現在の高松駅の正面玄関を模したようなピンクの頭の「すまいるえきちゃん」と一緒に、小さな駅員服に着替えて駅員の帽子をかぶったお子さんが、写真に納まっていた。
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2017年03月01日

JR高松駅120周年記念式@」


[ 08:16 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「JR高松駅120周年記念式:高松駅長さん挨拶」
 JR高松駅のコンコースで、寺井幼稚園の園児さんが見守るなかJR高松駅120周年記念式が始まり、高松駅長さんから挨拶があった。
 明治30年(1897年)2月21日に讃岐鉄道の駅として、現在の昭和町付近で開業して今年で120年になるのを記念したイベントが行われた。
 このイベントは、高松駅の若手社員が何か月も前から企画したという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「JR高松駅120周年記念:寺井幼稚園の園児さんの歌」
 JR高松駅120周年記念式で、JR高松駅長さんノ挨拶に続いて、寺井幼稚園の5歳児の園児さんによる歌が披露された。
 元気いっぱいに園児さんに、「うれしいひなまつり」、「はるがきた」、「小さな世界」の三曲を歌ってくれた。
「JR高松駅120周年記念:寺井幼稚園の園児さんの歌」
 JR高松駅120周年記念式で、JR高松駅長さんノ挨拶に続いて、寺井幼稚園の5歳児の園児さんによる歌が披露された。
 元気いっぱいに園児さんに、「うれしいひなまつり」、「はるがきた」、「小さな世界」の三曲を歌ってくれた。
「JR高松駅120周年記念:写真展」
 「祝高松駅開業120周年」として「なつかしの写真展」のコーナーがあり、昔の高松駅の写真などが展示されていた。
 国鉄からJRへと駅舎や鉄道車両など120年という歴史の移り変わりがしのばれる多数の写真であった。
 
「JR高松駅120周年記念:探検ツアー」
 JR高松駅120周年記念イベントとして「高松駅内探検ツアー」が行われており、高松駅の玄関前が集合場所になっていた。
 小学生を対象に事前申し込みが必要であり、高松駅の普段は見れない駅長室の見学や駅員の仕事が体験できるというもので、2月26日付けの四国新聞朝刊に出発合図をしている児童の写真が掲載されていた。
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