屋島のできごとさんのブログ
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屋島のできごと
徳島に生れ育ち、四国四県を渡り歩き 、現在高松市に住む。 前月等のプログを見る場合は、下のカレンダーの月の部分の青色の「く」の部分をクリックしてください。(写真は、高松市東植田町の公渕公園のチューリップと桜の花:H31.4.7撮影)
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2019年04月19日

「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り B」


[ 09:21 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ K祭り・名所・旧跡・公園 ]
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:最後の石段」
 4月5日(金)に「こんぴら歌舞伎大芝居」のお練りを見るため金刀比羅宮に来ている。
 「本宮」までの最後の石段の前に、「あと少し。御本宮まで133段! 登って幸せ。福が来る!」と金色の立て看板が立っていた。
 長い石段の上には御本宮の建物の一部がのぞいていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:御本宮」
 やっと785段の石段を上り終えて「御本宮」に到着した。
 本宮の御祭神は、「大物主神」と「崇徳天皇」で農業、殖産、医薬、海上守護の神としてご利益があり、特に海の神様として有名である。

「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:御本宮の展望台」
 海抜m251mの本宮の北東が展望台になっており、讃岐平野が一望できる。
 中央のおむすび型の山が丸亀市の「飯野山(いいのやま=讃岐富士)」で標高が422mある。
また、中央左に連なるのが香川県坂出市と岡山県倉敷市を結んでいる「瀬戸大橋」である。
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:桜馬場西詰銅鳥居」
 「金刀比羅宮」の参拝を終え、石段を下って「桜馬場西詰銅鳥居」を見下ろす場所に来ている。
 ここの広場には「こんぴら狗の銅像」や神馬が飼われている「御厩」がある。
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:下りしなの桜馬場」
 「金刀比羅宮」の下りしなの見た「桜馬場」の桜である。
 同じ場所でも見る方向により随分と違った趣があった。
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2019年04月18日

「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り A


[ 10:01 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ K祭り・名所・旧跡・公園 ]
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:大門から振り返る」
 4月5日(金)に「こんぴら歌舞伎大芝居」のお練りを見るのと金刀比羅宮の参拝を兼ねて、仲多度郡琴平町にやって来ている。
 金刀比羅宮の神域の総門である「大門」の前から振り向くと右側に、朝夕の時を知らせる「鼓楼」があり、「はー」と上ってきた石段の向こうに琴平付近の町並みが見えていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:五人百姓」
 「大門」をくぐると、大きな傘をさして台の上に座って飴を売っている女性の姿があった。
 「大門」から上になる神域では商売が禁止されているそうであるが、この五人の方は特別に商いが許された「五人百姓」だという。
 「五人百姓」が居られる向こう側に「桜の馬場」が見えている。
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:桜の馬場」
 「大門」から150mほどの平らな石畳の参道を「桜の馬場」といわれ、両側から伸ばした桜の枝に満開の花をつけていた。
 また右側には高額寄付者の名前が刻まれた石柱があり、左側の玉垣と石燈籠が林立している。
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:祓戸社前の銅馬」
 大きな建物の「旭社」の手前に「祓戸社」があり、その東側に銅製の馬の像が建ち、周囲に桜の木が植えられて奇麗に咲いていた。
 大阪市の萬野汽船(株)の創業者から献納されたものだそうで、京都大学の元教授山本恪二氏の作品だという。
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:旭社」
 金毘羅さんの石段628段目に大きな建物の「旭社」があった。
 本宮から下り専用の石段を下りてきた所にあることから、帰るときに参拝されている方が多い。
 この建物天保8年(1837)に完成したといい、高さが18mもあるという。
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2019年04月17日

「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り @」


[ 08:31 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ K祭り・名所・旧跡・公園 ]
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:JR琴平駅」
 4月5日(金)に「こんぴら歌舞伎大芝居」の出演者によるお練りを見るためと金刀比羅宮の参拝するため、仲多度郡琴平町にやって来ている。
 JR琴平駅の南にある駐車場に車を置き、駅前まで来ると駅の両側にたくさんの桜の花が咲いていた。
2017年(平成29年)に改修工事を終えた駅舎は、国の登録有形文化財となっており、1923年の開業当時の姿を見せているという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:商店街」
 琴電琴平駅前にある大鳥居をくぐり商店街へと入ってきている。
 江戸時代に酒造株を、寛政元年(1789年)8代目西野嘉右衛門氏が買い受けして清酒「金陵」がスタート、その酒造庫に酒造道具などを展示している「金陵の郷」が右側にあった。
 各商店の前には、色とりどりの「金毘羅大芝居」の幟が立っていた。
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:石段の始まり」
 金毘羅さんの本宮まで石段が785段あり、ちょっと道幅が狭くなったお土産屋さんが両側に立ち並ぶ所に第1段がある。
 ここに今はない屋島の駕籠を参考にして始まったという駕籠が待機しており、「大門」までお客様を乗せて運んでくれる。
 また、ここから役者さんが人力車に乗って町内を巡る歌舞伎役者のお練りが午後2時から始まるという。
「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:大門前の桜」
 「大門」の前に植わっている桜の並木である。
 桜の花びらが、赤っぽい色と白っぽい色があり、何とも言えない美しい光景であった。

「金刀比羅宮の桜と歌舞伎お練り:大門」
 金毘羅さんの石段を下から365段上った所に、高松藩初代藩主の松平頼重公が寄進したという「大門」の高い建物がある。
 大門の右側には「金刀比羅本教総本部」の建物や「青銅大燈籠」が建っている。
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2019年04月16日

「公渕公園桜まつり B」


[ 08:50 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「公渕公園桜まつり:芝生広場」
 桜まつりが開かれていた「公渕森林公園」に4月7日に花見に来ている。
 満開の桜の花に囲まれた芝生広場では、多くのお子さんや親御さんが楽しそうに遊んでいた。
 緑のTシャツを着ているのは高松大学の学生さんか、「昔あそびとジャグリング コーナー」が開設されていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「公渕公園桜まつり:芝生広場」
 思いっきり良い天候になった「公渕森林公園」の芝生広場では、いろいろな用具を使って楽しんでいる親子の姿があった。
 「ジャグリング」、「皿回し」、「縄跳び」、「バドミントン」、「フリースロー」などなど。

「公渕公園桜まつり:竹馬乗り」
 「公渕森林公園」の芝生広場の横の森の中で、竹馬乗りの体験コーナーがあった。
 中央で高い竹馬に乗る大人の方、昔に乗っていたことがあるのか上手に乗りこなしていた。
 一方手前のお子さんたち、低い竹馬にもかかわらず苦労されているようであった。
 また、いろいろな手作りの竹細工製品の販売がされていた。
「公渕公園桜まつり:来園者が続く」
 昼前に「公渕森林公園」から帰ることにし桜並木を歩いていると、次々と新たな入園者が来られていた。
 桜並木の満開の桜、風も吹かないのにひらひらと花びらが落ちてきて、遊歩道に落ちていた。

「公渕公園桜まつり:渋滞」
 「公渕森林公園」の駐車場は満車の状態で、公渕池の周囲にもたくさんの車が止まっていた。
 公園から出て右折し県道30号線の信号がある「さぬき新道」と交差し、さらに高松寄りの1kmぐらいまで延々と、「公渕森林公園」へと向かうと思われる車の列が続いていた。
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From:e-とぴあスタッフさん
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[ 2019/04/16 10:52 ] Re:「公渕公園桜まつり B」
屋島のできごとさん、こんにちは。
公渕公園の桜、綺麗ですね!
以前行ったときは、とても風強かったことを思い出します。
2019年04月15日

「公渕森林公園桜まつり A」


[ 08:26 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ I高松市内 ]
「公渕公園桜まつり:お餅つき」
 桜まつりが開かれていた「公渕森林公園」に4月7日に花見に出掛けた。
 祭りのイベントとしてバザーではいろいろな食べ物が売られており、「餅つき」が行なわれていた。
 蒸した「もち米」が運ばれてきて臼に入れられ、最初は杵で丁寧に捏ねられていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「公渕公園桜まつり:餅を搗く」
 「公渕森林公園」の「桜まつり」のイベントで「餅つき」が行なわれており、大勢の人が取り囲んで見つめていた。
 時折、主催者の人に代わって花見客が杵を持って「餅つき」が行なわれていた。
杵には「東植田小育成会」という名前が書かれていた。
「公渕公園桜まつり:バザー」
 「公渕森林公園」で搗きあがったお餅は早速販売されていたが、臼が一つで搗きあがりに時間がかかるため、販売所には長蛇の列が出来ていた。
 写真上左の「お餅」(300円)、写真上右「おはぎ」(300円)、写真下「バラ寿司」(250円)、写真下右「焼きそば」(300円)。
「公渕公園桜まつり:桜の下にテント」
 絶好の花見日和に恵まれた5月7日の「公渕森林公園」で行われた桜まつり、桜の木の下へ大勢の人が訪れていた。
 建てられた小さめのテントには、お弁当や小さなお子さんが入っているようであった。
「公渕公園桜まつり:桜の木の下に敷物を敷く」
 「公渕森林公園」の芝生広場の周囲には、たくさんの満開の桜が見えていた。
 ご家族連れなのか桜の木の下に敷物を敷かれて、楽しそうに花見を堪能されているようであった。
 小さなお子さん、大きくなってこの公園に花見に来たことを覚えておられるのだろうか。
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2019年04月14日

「公渕森林公園桜まつり @」


[ 07:24 ][ 自然・環境:動物・植物・魚 ][ I高松市内 ]
「公渕公園桜まつり:遊歩道」
 高松市東植田町の「公渕森林公園」で、桜まつりがあるというので、やってきた。
 10時頃から始まるというのでちょっと前に駐車場に着いたが、駐車場がほぼ満車のようであった。
 駐車場から「公渕憩の家」方向に向かう桜並木には、多くの桜の木があり満開になっていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「公渕公園桜まつり:チューリップの花」
 「公渕森林公園」の桜並木の途中の桜の木の下に、チューリップの花壇がある。
 等間隔に球根を植えたのか色々な花が並んでおり、チューリップを背にしてたくさんのお子さんたちが写真を写しておられた。

「公渕公園桜まつり:チューリップの花」
 公渕森林公園の花壇、左側にある遊歩道を歩く桜見物の人々が、立ち止まっては奇麗なチューリップの花を見つめていた。
 桜の花の下にこれだけ多くのチューリップの花が見られるという所はないのでないだろうか。
 写真のチューリップの花色は、ピンク色になるのだろうか。
「公渕公園桜まつり:森林のギャラリー前」
 公渕森林公園の長く続く桜並木が「森林のギャラリー」前で続いており、多くの桜の木がある場合に「千本桜」と言われることがあるが、千本に届きそうな桜の本数のように思われる。
 花びらにカメラを向けて、写真を撮られている姿が目立ってあった。
「公渕公園桜まつり:白い花びら」
 公渕森林公園で比較的低い位置に咲く桜の花びらの写真を撮ってみた。
 普通にみる花びらより白っぽいように写っており、品種が違うのかも知れなかった。
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2019年04月13日

「高松市高松町・東山崎町の桜」


[ 08:49 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ B屋島周辺 ]
「高松市高松町の桜:喜岡城跡」
 4月6日、高松町周辺の桜見物に出かけました。
 JR屋島駅の東方に1kmほど行った所に高松城(喜岡)跡の小山がある。
 城跡に「岡神社」が建っており、境内の山の上に桜が咲いていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市高松町の桜:古高松忠魂社」
 JR屋島駅の北100mに西南の役以後の古高松出身の戦死者を祀っている「古高松忠魂社」がある。
 境内には桜の木が植えられており、咲いていた。
 また「古高松忠魂社」の東側には、天正13年(1585)に豊臣秀吉の四国征討軍を高松城(喜岡城)に迎え撃って討死にした城兵200余名を葬った史跡である「長塚」がある。
「高松市高松町の桜:鞍掛松」
 JR屋島駅の北100mに「鞍掛松」がある。
 「源義経鞍掛松 寿永四年(1185)2月、平家追討の命をうけた九郎判官義経は、源氏の精鋭を率いて阿波の勝浦より大坂峠を越えて高松(高松町)の里に入り、屋島を望むこの地で人馬を整え、平家の陣を攻めたと伝えられている。その時大将義経がこの松に鞍をかけ休息したというのでこの名が残っています。」※現地看板より。

「高松市東山崎町の桜:石清水八幡宮」
 4月7日に高松市東植田町の公渕公園からの帰りに高松市東山崎町の「石清水八幡宮」に立ち寄った。
 小高い山の上にある「石清水八幡宮」の社殿の両側には桜の花が咲いており、社殿前の鳥居さんには「皇太子御降誕記念 昭和九年三月」と記されていた。
「高松市東山崎町の桜:石清水八幡宮」
 高松市新田町の久米池の南の畔に「石清水八幡宮」の参道が続いている。
 参道の北側には桜の木があり、また桜の木の間に灯篭が建っていた。
 この日は見えなかったが「逆さ屋島」が久米池の水面に写り、素晴らしい光景が見られるところであった。
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2019年04月12日

「高松市屋島東町の春」


[ 07:33 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ B屋島周辺 ]
「高松市屋島東町の春:これ何、珍八景か」
 屋島の東麓の高松市屋島東町の「綿打池」の堤防上に「手押しポンプ」が据えられていた。
 道路にあるガードレールの外側のすぐに、今使われているのかどうか分からない昔懐かしい「手押しポンプ」があった。
 ずっと下から鉄管らしきパイプで水を引いているようで、何の用途に水を使われていたのだろうか。
 周囲に家も何もない場所に飲み水用だろうか、畑の水やり用か、はたまた何か。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市屋島東町の春:こいのぼり」
 平成最後の春を探して高松市屋島東町を自転車で巡っている。
 屋島の東麓を成田山聖代寺の参道から北へ、屋島中腹に付けられた道路を進むと、民家の庭に早々と「こいのぼり」が、泳いでいた。
 竿の先に繋いだ緋鯉と真鯉、そして高知県でよく見かける「フラフ」の旗が、風をはらんで元気よく泳いでいた。
「高松市屋島東町の春:佐藤継信の墓」
 屋島から八栗寺に向かう遍路道沿いに「佐藤継信の墓」があり、満開の桜が咲いていた。
 写真を撮っている時に、おりしも屋島から降りてきた一人のお若い女性のお遍路さんからご挨拶を頂戴した。
 佐藤継信の墓は、寿永4年(1185)の源平屋島合戦のおり大将義経の一命危ういとみて佐藤継信が義経の矢に立ち、討死にした。この忠死を広く世人に知らせるため寛永20年(1643)に初代高松藩主松平頼重公がこの遍路道に建立したという。
「高松市屋島東町の春:安徳天皇社」
 佐藤継信のお墓から遍路道を東南に来た所に「安徳天皇社」があり、安徳天皇を祀る桜の木があるのでなかろうかと来てみたが、桜は見当たらなかった。
 「安徳天皇社 寿永2年(1183)、平宗盛は安徳天皇を奉じて一の谷から屋島に来ました。ここは檀の浦の入江にのぞみ、後ろに険しい屋島の峰、東に八栗の山をひかえ、戦いには地の利を得た所であったので宗盛は、行宮を建て将士の陣営を作りました。安徳天皇社の辺りが行宮跡であったと言われています。」※現地の看板より。
「高松市屋島東町の春:菊王丸の墓」
 「安徳天皇社」から少し下った屋島東小学校の隣接地に「菊王丸の墓」の墓がある。
 「源平合戦(1185)のとき、源氏の勇将佐藤次継信は、大将義経の身代わりとして能登守教経の強弓に倒れました。そのとき教経に仕えていた菊王丸は、継信に駆け寄り首を切り落とそうとしましたが、そうさせまいと継信の弟忠信の弓によって倒されました。菊王丸は、教経に抱きかかえられ、自らの軍船に帰りましたが、息を引き取りました。教経は菊王丸を憐れんでこの地に葬ったと伝えられています。」※現地看板より。
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2019年04月11日

「高松市屋島東町の桜の花」


[ 07:59 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ B屋島周辺 ]
「高松市屋島東町の桜:牛塚神社(牛森神社)」
 4月6日に屋島周辺の桜見物で巡っている。
 屋島スカイウェイがある場所から少し南に下がった所に「牛森神社」があり、境内には三本の太い桜の木に花が咲いていた。
 「寿永四年(1185年)源義経の屋島攻め。相引川は当時「川」ではなく「浅瀬」で、義経は平家の陣があった屋島に渡る浅瀬を探した所、高松村より赤牛が渡る様子を見た家臣が義経に進言、深夜に牛の角に松明を付けて瀬を渡らせ、その後を追って義経は騎馬軍勢を進めて屋島に攻め入ったという牛塚神社創建のいわれである」※牛塚神社の由来の石柱より抜粋。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市屋島東町の桜:屋島の東麓」
 東南の方向から見た屋島の山容である。
 屋島東麓には桃の栽培が盛んで、ピンク色の桃の花が一面に咲いている斜面があった。
 右中央に成田山聖代寺に咲く桜の花が小さく見えている。
「高松市屋島東町の桜:成田山聖代寺」
 屋島の東麓を、自転車を押しながら上ると「成田山聖代寺」の駐車場に着き、そこからさらに石段をしばらく上ると、桜の木が多く植えられた広場があった。
 今を盛りと咲く桜の木の下では、多くの家族連れが花見弁当を広げられていた。
 暖かい陽の下で桜を見ながらいただくお弁当、さぞかし美味しいことだろうと思った。
「高松市屋島東町の桜:成田山聖代寺」
 「成田山聖代寺」の本堂前に咲く桜の花である。
 石の椅子に座って花見をされている方がおられたが、音楽を聴いたり飲み物を飲んだりされており、時折お子さんが鐘をつくゴーンという音が聞こえてきた。
「高松市屋島東町の桜:塩釜神社」
 高松市屋島東町にある「塩釜神社」の坂道の際に桜の木が並んで植えられている。
 まだまだ若木のようで、きれいに咲いていた。
 昔、塩田があった地域に多くある「塩釜神社」、ここ藤目檀之浦の相引川沿岸にも、広い塩田が広がっていたという。
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2019年04月10日

「高松市屋島中町の桜」


[ 08:34 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ B屋島周辺 ]
「高松市屋島中町の桜:大宮八幡神社」
 4月6日に屋島周辺の桜見物で巡っている。
 高松市屋島中町にある「大宮八幡神社」の社殿前に柵に囲まれた桜の木があり、咲いていた。
 「左近之櫻」という名札が掛かっており、反対側に「右近之橘」が植わっている。
 社殿の階段側から見て左側に「左近之櫻」、右側に「右近之橘」があった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「高松市屋島中町の桜:大宮八幡神社」
 高松市屋島中町の「大宮八幡神社」の随身門の下に広場があり、東側の参道に沿って桜が植えられている。
 見に行った時が満開であり、外国人らしきお若い女性二人が桜の花を眺めていた。
「高松市屋島中町の桜:屋島神社」
 高松市屋島中町の屋島の南麓に「屋島神社」がある。
 「屋島スカイウェイ」が右にカーブして登って行く地点に最初の鳥居さんがあり、その手前に大きな桜の花が咲いていた。
 ここには昔に南側にあった明治22年に建立された「屋島神社碑」が建っているが、漢字が多くて読み切れなかった。
「高松市屋島中町の桜:屋島神社」
 第八代高松藩主頼儀(よりのり)が文化12年(1816)に日光東照宮を手本にして造営した「屋島神社」の社殿は、昭和48年に屋根の葺き替え工事中の失火により焼失したが、見事な彫刻が施された神門(唐門)が現存している。
 屋島の「冠が嶽」がそびえる南麓にある屋島神社の「神門」の前に大きな桜の木があり、咲き誇っていた。
 「左近の桜」のようであるが、「右近の橘」は見当たらないようであった。
「高松市屋島中町の桜:円応教霊園」
 屋島ドライブウェイの旧料金所跡から少し上った山際に「円応教屋島協会霊園」がある。
 かっては屋島ドライブウェイを歩行者が通行することが出来なかったが、いまでは手軽に車も歩行者も桜見物に行けるようになった。
 お城のような石垣の上に鐘楼があり、たくさんの桜の花が咲いていた。
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2019年04月09日

「屋島の桜の花」


[ 07:52 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ B屋島周辺 ]
「屋島の桜:相引川緑地」
 4月6日に満開の桜を見るため屋島と屋島周辺をぐるぐる回った。
 まず屋島神社参道にある東照宮橋を渡った相引川の側にある「相引川緑地」に来た。
 一本の大きな桜の木の花が、見事に咲いていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島の桜:屋島神社参道」
 屋島スカイウェイに続く屋島神社参道で、屋島南嶺の山腹に桜の花が散らばって咲いていた。
 手前右の建物は「のぞみ幼稚園」で、入園式らしく園児とご家族が記念写真を撮られていた。
「屋島の桜:屋島スカイウェイ」
 琴電屋島駅から屋島にシャトルバスに乗って上った。
 「屋島スカイウェイ」の沿線の写真を撮ろうと思ったときは、最前列の座席に座ってカメラを構えている。
 写真はミステリーゾーンが始まるという看板がある所である。
「屋島の桜:屋島寺」
 シャトルバスを降りて「屋島寺」に来ている。
 屋島寺の社務所の南側に広い広場があり、桜が植樹されている。
 鐘楼の側には平成27年3月に高松中央ロータリクラブの創立30周年記念として「シダレザクラ」が植樹されて、満開の花を付けていた。

「屋島の桜:獅子の霊厳」
 屋島山上の「獅子の霊厳」に植えられている桜が、花盛りになっていた。
 植えられて何年なのか古そうな桜の木で、この木の花をあと何年くらい見ることができるのだろうか。
 跡継ぎが必要になっているかも知れない。
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2019年04月08日

「屋島スカイウエイを途中から歩く」


[ 08:08 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島スカイウエイを歩く:土砂崩れ現場」
 屋島山上から八栗寺に向かう遍路道を歩いて下り、今度は「屋島スカイウエイ」を歩いて下りた。
 遍路道とスカイウエイが交差する地点のすぐ下が、ミステリーゾーンであり土砂崩れの復旧工事区間で一方通行になっている。
 この一方通行区間は、ガードレール寄りを歩いたが車が近くを通ってちょっと怖い感じがした。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島スカイウエイを歩く:桜並木」
 「屋島スカイウエイ」沿いに何カ所か桜の木があるが、写真の箇所が桜の木が一番多く桜並木になっていた。
 道路の途中なので花見をする人などいないが、咲いている花を見上げながら下りて行った。


「屋島スカイウエイを歩く:イタドリ」
 ガードレールの外側に若々しく感じられた「イタドリ」の茎が顔を出していた。
 こんな姿を見ると、いっそう春が来たのが感じさせられる季節になってきた。
「屋島スカイウエイを歩く:ユキヤナギ」
 「屋島スカイウエイ」を歩いて下っていると、道路が曲がっている付近に「ユキヤナギ」が咲き誇っている地点があった。
 約100mの距離の崖側に、白い花を咲かせていた。
 「春、葉とともに、雪白・五弁の小花をつける」と広辞苑に書かれていた。
「屋島スカイウエイを歩く:成田山聖代寺」
 「屋島スカイウエイ」から見た五剣山の方向である。
 普段こちらからは見ない「成田山聖代寺」の境内が見えており、手前の桃園にはピンク色の桃の花が咲いていた。
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2019年04月07日

「屋島山上から八栗寺へ遍路道を下る」


[ 07:55 ][ 観光・レジャー:お遍路さん・八十八ヶ所 ][ @屋島山上 ]
「屋島遍路道から下る:降り口」
 4月3日、久しぶりに屋島に上り南嶺の「獅子の霊厳」から東にある「談古嶺」に来ている。
 思いついて、前回に上り下りしたのは2年以上の前になる屋島山上から八栗寺への遍路道を降りることにした。
 「八栗寺遍路道」の矢印の先には、急坂の下り道がのぞいていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島遍路道から下る:ロープを伝う」
 屋島寺から八栗寺へと下り始めた遍路道は、最初から急で木と木の間に張られたロープが頼りになっていた。
 「歩きお遍路さんへ 長い巡礼の旅、お疲れ様です。これから下る遍路道は、傾斜が急です。段差の大きい階段や、木の根っこが出ている所、土が滑り易い所もあります。特に雨の後などは大変滑り易いのでご注意ください。また、イノシしが路肩などを掘り返し、落石や傷んだ所もあります。足元には十分にご注意してください。結願の大窪寺まであと4カ寺です。お気を付けてお歩きくださいませ。」※張り紙より。
「屋島遍路道から下る:倒れた大木」
 屋島寺から八栗寺への急坂の遍路道に、以前に通った時には無かっただろう大きな倒木が横たわっていた。
 倒れた時におそらくはお遍路さんが通る時に非常に難儀しただろうと思われるが、二つに切断されていた。
「屋島遍路道から下る:スカイウェイが見える」
 屋島から八栗へ向かう遍路道が「屋島スカイウェイ」と交差する地点に近づき、木の間から「屋島スカイウェイ」が顔を出してきた。
 「屋島スカイウェイ」の両側には、花が咲く桜の木が見えていた。
 この辺りになると、行き交う自動車のエンジン音が聞こえてきていた。
「屋島遍路道から下る:スカイウェイと交差地点」
 屋島寺から八栗寺へ下ってゆく遍路道と「屋島スカイウェイ」が交差する辺りには、金網のフェンスが設けられており道路への転落防止措置が施されているようであった。
 スカイウェイに咲く桜の木が見えてきており、滑らないように慎重に下りてきたので、山上からここまで約30分かかった
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2019年04月06日

「屋島談古嶺の春」


[ 08:18 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島談古嶺:馬酔木の花」
 4月3日、久しぶりに屋島に上り南嶺を西から東に遊歩道を歩いている。
 北側の遊歩道の脇に「アセビ」の花が毎年のように咲いているのを見る。
 提灯の形のような壺型の白い花で、馬が食べると麻痺するといい「馬酔木」と書くという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島談古嶺:展望台」
 南嶺の北東にある展望台にある三本の桜の木である。
 三本とも相当に古いきで、特に真ん中の木は枝も少なくツタのような蔓に覆われていた。
 屋島山上の桜は、いずれも後継となる桜が必要な時期になっているように思われる。
「屋島談古嶺:案内図」
 屋島南嶺の北東にある談古嶺の展望台に「源平屋島合戦史跡 案内図」が設置され、ちょっと前まで汚れて見えずらくなっていたが、この日に見ると直されて奇麗になっていた。
 写真と文章で「屋島の陣」、「舟隠し」、「安徳天皇社」、「那須与一扇の的付図」、「義経の弓流し」、「六万寺」、「洲崎寺」などが紹介されていた。
「屋島談古嶺:屋島スカイウェイ」
 去年「屋島ドライブウェイ」から「屋島スカイウェイ」に名前を変えた道路が、屋島の東側を走っている。
 今頃の時期に山上から見ると、この道路脇に桜の花が咲いているのを見ることができ、手前が上で、向こうに行くほど下に向かっている。
 急に思いついて斜面にある遍路道を下り、「屋島スカイウェイ」を歩いて下りた。
「屋島談古嶺:旧甚五郎ホテル前」
 毎年1月1日に「旧甚五郎ホテル前」では初日来迎式が行われており、ここに何本かの桜の木がある。
 桜の木の下では、写真を撮られている人がおられた。
 桜の咲き具合は、五分咲きのようであった。
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2019年04月05日

「玉藻公園の満開の桜 @」


[ 08:01 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「玉藻公園の満開の桜:七分咲きから満開へ」
 高松市の「玉藻公園」の桜の4月4日付け新聞の桜だよりでは、七分咲きになっており、4月4日に桜を見に「玉藻公園」へ行った。
 桜の咲き具合が満開のように思えていたが、夕方のテレビで玉藻公園の桜が満開になったという放送があった。
 桜の花の上には、JR高松駅前にある「高松シンボルタワー」や「JRクレメントホテル高松」などの建物の頭が見えていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「玉藻公園の満開の桜:花見」
 玉藻公園の桜の花が、見事に満開となっていた。
 桜の下では、敷物を敷いて優雅に花見をされている方々がおられた。
「玉藻公園の満開の桜:満開に開く」
 玉藻公園の桜の花が、力いっぱいに開いているように見えた。
 所々に透けて見えている青い空が、春が来たぞと言っているようであった。
「玉藻公園の満開の桜:天守台」
 楽しそうにお花見をしている桜の花の下に、かってここに「高松城」の天守閣があった天守台の石垣が見えている。
 平成17年から7年余りかけた天守台の積みなおし工事が終わり、あとは高松城の天守閣の復元が待たれているところである。

「玉藻公園の満開の桜:至る所が満開」
 玉藻公園の「桜の馬場」、中央の広場は各種イベントが行われており、広場の周りを何重にも桜の木が取り巻いている。
 暖かくなったこの日は、幼い子を連れたご家族など、弁当を広げたりしてゆったりとした時間を過ごされているようであった。
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「玉藻公園の満開の桜 A」


[ 07:52 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「玉藻公園の満開の桜:植樹」
 平成16年(2004)8月に高松に来襲した台風16号による高潮被害により、玉藻公園の桜がほとんど枯れてしまったということがあった。
 その後、企業や団体から桜の木の寄贈を受け、今に木も大きくなりたくさんの花を付けるようになっている。
 本年2月にも企業から創業150周年の記念に玉藻公園へ「陽春桜」が寄贈されたという新聞を見たが、今どうなっているのか気になり見てみると丸いサークル内に植樹されていた桜は、花の時期が早い桜のようで緑の葉をいっぱいに付けていた。
「玉藻公園の満開の桜:風もなく咲く花」
 風もなく穏やかな一日になった4月4日、所々で気持ちよく昼寝をされている方が目に入った。
 木によっては、緑の葉が出かかっているものがあり、ヒラヒラと花びらが落下している木もあった。
「玉藻公園の満開の桜:蜂須賀桜」
 徳島市にある原田家に徳島藩の蜂須賀家に伝わる「蜂須賀桜」があり、毎年3月に一般公開されているという。
 江戸時代に高松藩を治めた松平家から蜂須賀家の藩主に養子に入ったという縁から、2015(平成27年)に玉藻公園の桜の馬場に寄贈を受け植えられたという。
「蜂須賀桜」の開花時期は早く、3月上旬に淡い紅色の花を咲かせるといい、もうすでに葉桜になっていた。
「玉藻公園の満開の桜:しだれ桜」
 栗林公園の標本木の隣に「しだれ桜」があるが、玉藻公園の一番目立つところにも「しだれ桜」があった。
 2006年3月に6つのライオンズクラブから寄贈されたという看板が立っていた。
「玉藻公園の満開の桜:高松城天守閣の模型」
 玉藻公園の披雲閣前に「陳列館」があり、本年4月2日に寄贈された高松城天守の模型が展示されていた。
 展示されている作品に説明文は無かったが、東京都在住の方が制作されたという実物の60分の1の大きさで、縦約60cm、横約70cm、高さ約70cmであるという。
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2019年04月04日

「屋島の桜だより」


[ 08:35 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島の桜:瑠璃宝池(血の池)」
 新聞に「桜だより」が載っており、県内の桜の名所のほとんどが、五分咲きから七分咲きになっている。
 4月3日に久しぶりに屋島にやってきて、瑠璃宝池(血の池)の土手に植えられた桜の花を見ている。
 花びらが開いているのは半分くらいだろうか。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島の桜:可正桜」
 屋島寺の四天門を出た所に、昔に「可正さん」が植えたという、可正桜がある。
 ちょうど「獅子の霊厳」に向かう遊歩道脇にあり、多くの人が立ち止まって花を見上げていた。
 見た目では、「六分咲き」位でないかと思われた。
「屋島の桜:獅子の霊厳」
 朝方少し寒く感じたが、気温がだんだんと上り「獅子の霊厳」から眼下に広がる景色を、ゆったりとした気分で眺められているようであった。
 獅子の霊厳にある桜の木は概が古木で、この木は太い木であるが枝は少なく、枝に咲く花は満開のようであった。
「屋島の桜:獅子の霊厳の桜」
 屋島山上の「獅子の霊厳」に奥のほうにある桜の木の垂れ下がった枝は、五分咲きのようであった。
 垂れ下がった枝の下からは、屋島北嶺の山並みや、男木島、女木島が見えている。
「屋島の桜:桃太郎広場の桜」
 屋島山上の「桃太郎広場」に大きく枝を張った桜の木があり、七分咲きであった。
 桜の下では、元気なお子さんたちが遊んでいた。
 東屋の向こうには屋島西町から上ってくる「屋島古道」の終点がある。
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2019年04月03日

「ふるさと探訪・明治150年企画 四国村を訪ねるC」


[ 07:42 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ D四国村 ]
「ふるさと探訪・四国村:チューリップ」
 3月10日にあった「ふるさと探訪」で高松市屋島中町の「四国村」に来ており、三棟の燈台退息所(官舎)がある高台に来ている。
 退息所前に遊歩道を挟んで三棟分の長さがある「チューリップ」の花壇がある。
 まだ「チューリップ」は小さいようだが、4月には色とりどりの花を見ることができる。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪・四国村:泉水」
 「染が滝」の上にあったて、水が流れ落ちている池のような所である。
 さらに上にある「旧下木家」の横の用水から水がこの池に流れ込んでいるのと、石を井桁に組んだ泉水からも水が湧き出していた。
 しかしながら「染が滝」の入口になっている「旧中石家」の茅葺屋根の屋根替工事をしているためか、泉水の水が止まっていた。

「ふるさと探訪・四国村:旧中石家住宅」
 四国村の「旧中石家住宅」の母屋が、工事用シートで覆われていた。
 講師さんに聞くと茅葺屋根の屋根替えをしているといい、兵庫県から来ている職人さんにより1か月くらい工事期間がかかると言っておられた。

「ふるさと探訪・四国村:醬油蔵」
 相変わらず雨が降り続く中、昭和59年(1984年)に東かがわ市引田町から移築復元した「醬油蔵」に来ている。
 見えているのは「仕込蔵」で、切妻造本瓦葺の屋根と、漆喰塗大壁に波型軒だという。
「ふるさと探訪・四国村:フナカケ」
 麹室で造られた醬油麹と塩水とを仕込み桶(大きな樽)の中に入れ、長い棒の櫂でよく攪拌し醬油の元になる諸味(もろみ)を造る。
 この作業を1年程度して熟成諸味となり、この諸味をシボリ袋に詰め圧搾すると垂口から醬油が流れ出るといい、この作業をシボリとかフナカケという。※説明文の抜粋。
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2019年04月02日

「ふるさと探訪・明治150年企画 四国村を訪ねるB」


[ 07:20 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ D四国村 ]
「ふるさと探訪・四国村:旧河野家住宅」
 3月10日にあった「ふるさと探訪」で高松市屋島中町の「四国村」に来て、流れ坂の終いの「旧河野家住宅」前の広場にやってきている。
 探訪資料にあった次に見る建物が「稲田家土蔵」とあったが、何十回も四国村に来ているがどこにあるのか分からなかったが、「旧河野家住宅」の右にある建物であった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪・四国村:稲田家土蔵」
 「旧河野家住宅」の隣にある建物が、「稲田家土蔵」であるとは、何の看板もないので知らなかった。
 昭和50年(1975年)に愛媛県の久万町から移築して復元された建物で、木造二階建て、茅葺屋根の切り妻造りだという。
「ふるさと探訪・四国村:楮蒸小屋前の水仙の花」
 写真の奥に見える建物は「楮蒸小屋」で、その前の斜面一面に水仙の花が咲いていた。
 2月14日に四国村に来た時は水仙の花が疎らであったが、今や花盛りになっていた。
 所々に植えられた「梅」の花も、咲き誇っていた。
「ふるさと探訪・四国村:サンシュユの花」
 四国村のバラ園の所からちょっと急な坂を大久野島灯台へと登って行った。
 途中、小さな花が集まった「サンシュユ」の黄色の花が咲いていた。
 秋には赤い実がなるという。
「ふるさと探訪・四国村:大久野島燈台」
 明治26年に建てられた広島県竹原市の「大久野島」にあった燈台が、四国村にある。
 平成4年に老朽化のため建て替えられて、古い燈台が現在地に移築、復元されている。
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2019年04月01日

「ふるさと探訪・明治150年企画 四国村を訪ねるA」


[ 08:29 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ D四国村 ]
「ふるさと探訪・四国村:アーチ橋」
 3月10日にあった「ふるさと探訪」で高松市屋島中町の「四国村」に来て、小豆島農村歌舞伎舞台のちょっと上の「流れ坂」沿いにあるアーチ橋を見学している。
 雨が降る中を石段を下って、かっては高松市国分寺町にあった橋を、昭和57年(1982年)に移築し復元されたという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪・四国村:アーチ橋(眼鏡橋)」
 アーチ橋の前後の中央に「唐獅子」と「鯉」の絵が彫刻(写真上)されており、橋の下から見上げると建築年と作者の名(明治三十四年十二月築之 兎子尾与次郎 米吉)が彫られていた(写真下左)。
 写真下右は、アーチ橋を東から撮ったもので、橋の下の道は「醤油蔵」へと続いている。
「ふるさと探訪・四国村:旧丸亀藩御用蔵」
 四国村の旧丸亀藩御用蔵は、「もと丸亀藩御用の米蔵で、金毘羅参詣絵図にも太助燈籠と共に描かれている。内部の柱の一部にある「甲文政七申(一八二四)讃州那珂郡榎井村住人村井政太郎 乙文政酉正月(一八二五)云々という墨書きによって、江戸時代後期の建築であると思われる。」※現地看板より。
「ふるさと探訪・四国村:旧丸亀藩御用蔵」
 「旧丸亀藩御用蔵」の内部は、四国村の資料館になっており、資料等が展示されている。
 写真上は「人形浄瑠璃 農村歌舞伎衣装」が、写真下には地元の幼稚園の「のぞみ幼稚園」の子どもの手作りの「おひなさま」が展示されていた。
「ふるさと探訪・四国村:旧山下家住宅」
 「旧丸亀藩御用蔵」のある場所から上を覗くと、茅葺屋根のまだ屋根替えしたばかりの「旧山下家住宅」が見えている。
 この辺りの斜面には木が茂って見通しが悪かったが、木を間引いて家の姿がよく見えるようになっていた。
 斜面には、真っ赤な椿の花が咲いていた。

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コメント
From:かめけんさん
マイブログ ] 
[ 2019/04/01 19:26 ] Re:「ふるさと探訪・明治150年企画 四国村を訪ねるA」
近くに居ながら、四国村にはしばらく行っていません