屋島のできごとさんのブログ
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屋島のできごと
徳島に生れ育ち、四国四県を渡り歩き 、現在高松市に住む。 前月等のプログを見る場合は、下のカレンダーの月の部分の青色の「く」の部分をクリックしてください。(写真は、高松市サンポートの瀬戸内国際芸術祭の作品と屋島:H31.4.30撮影)
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2018年12月31日

「ふれあい広場古高松・学習発表会 @」


[ 09:54 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「ふれあい広場古高松:コミセン館内開催」
 12月22日(土)の9時30分から「ふれあい広場古高松」が古高松コミュニティセンターであり、行って来た。
 屋外の芝生広場で行われる予定であったが、あいにく雨が降り、コミセン内で行われていた。
 「おもち」、「野菜」、「果物」、「うどん」などの販売とフリーマーケットが開かれていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふれあい広場古高松:会長挨拶」
 古高松コミュニティセンタで9月に行われる予定であった「学習発表会」が、台風のために中止となり、12月22日(土)のふれあい広場古高松と、古高松コミセンホールで同時開催された。
 中止の9月には午後にも開かれる予定が入っていたが、規模が縮小されて午前中だけになっていた。
 最初に古高松地区コミュニティ協議会の会長さんより、ご挨拶があった。
「ふれあい広場古高松:らくらくピアノ」
 いつもトップバッターを務めている「らくらくピアノ」の皆様13人が、席に着き紹介され演奏が始まった。
 「らくらくピアノ同好会の3度目の参加となりました。気軽に楽しく聴けたという喜びが力となり音楽を楽しくさせてくれます。お陰様で会員数も20名と増えました。・・みなさまご存知の曲ばかりです。どうぞご一緒に歌ってください。」
 曲目 「きよしこの夜」、「聖者の行進」、「ムーンリバー」、「シバの女王」、「見上げてごらん夜の星を」。
「ふれあい広場古高松:太極拳」
 続いて2組目は、太極拳の4人のメンバーが登場してきた。
 演目は、「二十四式 糸」、「四十八式 涙そうそう」であった。
「ふれあい広場古高松:カラオケ」
 次に5人の方から「カラオケ」が披露された。
 曲目 写真上左の方「津軽おとこ節」、写真上右の方「雑草のうた」。
 写真真ん中の方「哀しみのコンチェルト」。
 写真下左の方「別れの港」、「人生坂」。
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「ふれあい広場古高松・学習発表会 A」


[ 09:48 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「ふれあい広場古高松:新舞踊・美扇会」
 12月22日(土)、「ふれあい広場古高松」が古高松コミュニティセンターで開かれ、ホールでは9月に台風のため中止になった「学習発表会」が行われており、4組目の出演は「新舞踊・美扇会」の皆様であった。
 演目 写真上左「千島桜」、写真上右「女の花舞台」、写真下「千寿の舞」。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふれあい広場古高松:ジャグリングショー」
 9月には予定がなかった「ジャグリングショー」の特別出演があった。
 出演者の「とっしゃん」は、丸亀市の浄土真宗「善照寺」のお若い副住職さんで、僧侶として活動やお寺でパフォーマンスなどを行っているという。
 写真上左は「輪を3つ投げ途中で色が変わった」、写真上右「駒を紐に通して回転させる」。
 写真下左「手のひらに乗る透明の球を左手だけでクルクル回している」、写真は「同時に7個のおてだま」。

「ふれあい広場古高松:しっぽくうどん」
 古高松コミセンの玄関先で「しっぽくうどん」の販売がされていた。
 「学習発表会」が終わった頃には、長い列を作り待っていた。
 野菜の具だくさんの「しっぽくうどん」、いつもながら美味しかったので、もう一杯を買って家に持ち帰って食べた。
 お餅も欲しかったが、売り切れて無くなっていた。
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2018年12月30日

「JR屋島駅クリスマスコンサート @」


[ 09:41 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「クリスマスコンサート:JR屋島駅」
 12月23日(祝)の12時30分からJR屋島駅前広場でクリスマスコンサートが開かれるというので、楽しみにしてやって来た。
 まだ始まるのにはちょっと時間があるのかなと思っていたが、今は降ってはいなかったが雨の心配があって早めに主催者の挨拶が始まっていた。
 雨天中止となっていたが、中止となるような大降りにはならなかった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「クリスマスコンサート:Tower Motors」
 最初に地元のバンドの「Tower Motors」の演奏と歌があった。
 曲目 「狙いうち」、「古い日記」、「きよしこのよる」、「ジングルベルの歌」、「赤鼻のトナカイ」、「ラストクリスマス」、「恋人はサンタクロース」など多数の歌を聴かせていただいた。
「クリスマスコンサート:イルミネーション」
 JR屋島駅の駅舎の前に「屋島駅」と書かれた大きな岩のロータリーがあり、ここから屋島山上行きのシャトルバスが発車している。
 このロータリーや駅舎には、クリスマスシーズンにはイルミネションが点灯中になるが、昼間であったので点灯しているが、写真には写ってはいない。
 ロータリーの周辺に座り込み「Tower Motors」の演奏や歌を聴いている人が、雨も降り出していて今の時間はそんなに多くはなかった。


「クリスマスコンサート:新田幼稚園の合唱」
 JR屋島駅前広場で時おり小雨が降る中、テント内に楽器を並べて、地元の「新田幼稚園」の園児さんによる歌が始まった。
 「ほくたち私たちは新田幼稚園から来ました。今から歌や合奏をします。最後まで頑張りますので聞いて下さい。」
 「はじめにあわてんぼうのサンタクロースを歌います。」
 園児さん全員が声を合わして挨拶と曲の紹介があった。
「クリスマスコンサート:新田幼稚園の合奏」
 2曲目 「友だちになるために」を歌います。」と紹介された。
 3曲目は「ジングルベルを吹きます。」
ピアニカの演奏でした。
 4曲目は「最後によろこびの歌を合奏します。」
 ハーモニカ、タンバリン、太鼓、ピアノなどの合奏でした。
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「クリスマスコンサート A」


[ 09:27 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「クリスマスコンサート:新田幼稚園による合奏」
 12月23日にJR屋島駅前広場で行われている「クリスマスコンサート」で、高松市新田町の「新田幼稚園」の園児さんによる「よろこびの歌」の合奏が行われていた。
 合奏には指揮者の先生が前に立ち、園児さんはテントの中で、大勢の保護者は傘をさして聴かれていた。



「クリスマスコンサート:お接待」
 新田幼稚園の歌が終わると閉会の挨拶があった。
JR屋島駅前の東側駐輪場に「おぜんざい接待所 もちいり」の看板が立てられ、皆様が楽しみに来ている「おぜんざい」の接待が始まった。
 机には「おぜんざい」を入れた容器が並べられており、テント前に並んだ人々が次々とおぜんざいとお箸を受け取っていた。
「クリスマスコンサート:お接待」
 お餅が容器の中央に浮かぶ「おぜんざい」、写真を写して美味しくいただきました。
 おぜんざいのお汁の手前に、写真を写している自分の影が写っていた。
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2018年12月29日

「屋島総合病院クリスマスコンサート」


[ 08:14 ][ 文化・伝統:現代文化・芸術・芸能 ][ B屋島周辺 ]
「屋島病院クリスマス:病院長の挨拶」
 12月14日(金)の午後7時から、高松市屋島西町の「屋島総合病院」でクリスマスコンサートがあることを知り、夜間ではあるが出掛けて来た。
 クリスマスツリーに迎えられた、1階南の長い待合室がコンサート会場になっており、幸運にも前から5列目に空いていた座席に座ることができた。
 初めに病院長さんから、このクリスマスコンサートは音楽を通じて地域の皆様との交流を図り癒しの時間を提供することを目的として今年で11回目になりますというご挨拶があった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)

「屋島病院クリスマス:SKGジャズ・オーケストラ」
 クリスマスコンサートの出演者は、「SKGジャズ・オーケストラ」で、坂出市を中心に活動している社会人バンドで、結成が1965年で、高木文雄さんを二代目バンドマスターとして、様々な演奏会で活動されているという。
 ホームページによると構成員数は25名、この日の出演者は、ボーカルを含めて18名のようであった。
 一曲演奏後に、メンバーの紹介があった。
「屋島病院クリスマス:待合室の聴衆」
 演奏の合間に後ろを振り返ると、ずっと後ろまでお客様が座られていた。
 クリスマスコンサートが行われた病院の普段は待合室である会場には、マスクの人が居たり、患者さんや看護師さんの姿がお見えになっていた。
 この多くの観客を見て、SKGジャズ・オーケストラからお客様が入ってくれただけ頑張って演奏しますというコメントがあった。
「屋島病院クリスマス:プレゼント」
 二曲目は「トリニタ」、三曲目は「川の流れのように」、三曲目は「お江戸日本橋」であった。
 「お江戸日本橋」の演奏前に司会をされていた方は曲名を言わず、演奏後に曲名がクイズに出されて、一番早く手を上げて答えられた人にクリスマスプレゼントとして、長靴がプレゼントされていた。
「屋島病院クリスマス:ボーカル登場」
 演奏の途中からボーカルの「河西那都さん」が登場した。
 一曲目は「オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマスイズユー」、二曲目は「愛燦燦」、三曲目「アイキャンギブユーエヌキャンバッドラブ」、四曲目「ムーライトセレナーデ」。
 アンコール曲 「マイウェイ」。
 最後の曲の「ビッグバンド クリスマス2」で、コンサートが締めくられた。
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2018年12月28日

「平成30年度親鸞聖人報恩講(光教寺さん)」


[ 08:06 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ I高松市内 ]
「親鸞聖人報恩講:光教寺さん」
 高松市木太町の光教寺さんから親鸞聖人報恩講の案内をいただき、お参りした。
 お寺さんの入り口には、「青・黄・赤・白・黒」の「仏旗」が掲げられ本日、特別な仏教行事が行われることが示されていた。
 「報恩講 12月7日(金) 十時 一時 
 講師 川田信吾 師」という表示がされていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「親鸞聖人報恩講:報恩講」
 10時になり招かれたお二人の僧侶さんが本堂の内陣にお入りになり、内陣前に住職さんと副住職さんがお座りになって報恩講の法要が始まった。
 「正信偈」と「現世利益和讃」が、僧侶さんと参加者が一緒になって唱えられた。
「親鸞聖人報恩講:御華束」
 本堂内陣の「阿弥陀如来像」と「親鸞聖人像」の前に本日は報恩講ということで、婦人部さんが作ったというお餅のタワーの「御華束(おけそく)」が祀られていた。
 50cmほどの高さに積み重ねられたお餅の上部に、鏡餅とミカンが乗せられていた。
 お餅の所々に赤い色が付けられ、何本かの緑の斜め線が引かれており、ちょっと見には「灯篭」のように見えていた。
 この「御華束」、阿弥陀如来像前に4基、親鸞聖人像前に2基が祀られていた。
「親鸞聖人報恩講:法話」
 報恩講の法話は、真宗興正派華園学院教授の大信寺の川田信五住職さんであった。
 宗旨と宗派、宗祖の親鸞聖人の一生、親鸞聖人の奥様とお子さん、念仏、教行信証、石川県の方が書かれた本のタクシーの本、そして佐賀のがばいばあちゃんなど、分かりやすい言葉でお話しを聞かせていただきました。
「親鸞聖人報恩講:精進料理」
 午前中の報恩講が終わると階下の庫裡に下り、婦人部さんの手による精進料理をいつもながら美味しくいただきました。
 赤飯にお汁、野菜の天ぷら、煮物、丹波の黒豆などを味わわせてもらった。
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「平成30年度親鸞聖人報恩講(光教寺さん)」


[ 07:58 ][ 歴史・文学:神社・仏閣 ][ L食べ物・草木花など ]
「親鸞聖人報恩講:庭のモミジ」
 12月7日(金)に光教寺さんの庫裡に面して、ちいさな庭が設けられており、紅葉したモミジの葉が残っていた。
 幹の途中に「風蘭」が、植え付けられているようであった。
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2018年12月27日

「12月の屋島 A」


[ 14:49 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「12月の屋島:県木園のモミジ」
 屋島山上の「県木園」に、広島県のモミジの木が園の東側に植えられている。
 山上の他のモミジが紅葉していた時に、このモミジは青々していたが、12月ともなるとこの木も紅葉し、半分ぐらいの葉は落葉していた。
 この県木園のモミジが、今年最後のモミジの紅葉を見たのでないかと思われた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「12月の屋島:松ぼっくり」
 屋島山上の県木園に松の木を県の木にしている県があるが、この群馬県のクロマツに、木の枝に大きめの「松ぼっくり」が付いていた。
 「松ぼっくり」という童謡があるが、松ぼっくりから種が出てきて新たに芽が出てくるらしい。
「12月の屋島:イヌビワ?」
 屋島山上の「獅子の霊厳」から見下ろすと、山は断崖絶壁のようになっている。
 この山の絶壁に葉をすっかり落とした「イヌビワ」のような木があり、たくさんの実がなっていた。
 眼下の海は霧に覆われていたが、動いている船が薄っすらと見えていた。
「12月の屋島:ロウバイの花」
 屋島山上の旧甚五郎ホテル前の「談古嶺」で、ロウバイの花が咲きはじめていた。
 たくさんの蕾がついた木で咲いている花がないかと探していると、木の東側の2カ所で5〜6輪の花をつけていた。
 これからどんどん花数が増えていくのだろう。
「12月の屋島:屋島南嶺の屋嶋城」
 屋島南嶺にある「屋嶋城」から不喰梨(くわずのなし)に至る道を降りようと、屋嶋城まで下りてきた。
 静かな屋嶋城から話し声が聞こえてきて、見物の観光客かと思ったが違った。
 一人は屋嶋城の復元工事に携わった高松市の方で、もう一人の方から取材を受けられているようであった。
 雨で湿っていた小道を、注意深くゆっくりと下りて行った。
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2018年12月26日

「12月の屋島 @」


[ 08:08 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「12月の屋島:瑠璃宝池」
 12月といっても暖かい日が続いているが、冬の時期が到来しているのは間違いなく、「瑠璃宝池(血の池)」のモミジが、全て落葉していた。
 緑の葉から紅葉までの期間に視界を遮っていた葉が無くなって、向こうにある屋島寺東大門がよく見えるようになり、中島へ渡る太鼓橋が池の水面に丸い弧のように映っている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「12月の屋島:弾けたトベラの実」
 瑠璃宝池の北の畔にある「トベラ」の実が弾けていた。
 緑色の2cmほどの実がなっていたが、実が弾けて花弁のような赤いツブツブが見えるようになってきた。
 屋島の遍路道の根木にも、よく見かける。
「12月の屋島:屋島寺のお地蔵さん」
 屋島寺の大師堂横の「一顧不動尊」と並んで、たくさんのお地蔵さんが建っている。
 右側の三体の石像の建立年月日が薄れて見えなくなっており、このお地蔵さんには赤色と黄色の前掛けが首に掛けられていた。
 この前掛け比較的新しそうで「大阪極楽講」の名前が書かれていた。
 また「三体堂」との間に鮮やかな黄色の「アジサイ」の葉が健在であった。
「12月の屋島:ド根性モミジ」
 コンクリや石の間から生えている木を「ド根性〇〇」と言っているようだが、屋島寺四天門前の石段の手すり下の石の隙間から紅葉した小さなモミジの木が顔を出していた。
 おそらく四天門横の鐘楼近くに綺麗なモミジの木があることから、そこから飛んできた種が入り込んだのでないかと思われた。
「12月の屋島:屋島寺四天門前」
 屋島寺四天門前で、向こうにある仁王門をくぐって遍路道を通ってきたお遍路さんが屋島寺に入る。
 左側にある大きな木の葉が枯れた葉のようになっており、参道右側にはサザンカの花がたくさん咲いていた。
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2018年12月25日

「栗林公園の梅と鴨と鯉」


[ 08:09 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園:梅の花の開花」
 高松地方気象台は12月21日に栗林公園の標準木が、5輪以上の花を付けていたと開花が宣言された。
この日の開花は、平年より30日、昨年より22日早く、過去3番目の早さで国内では一番早い開花だという。
 12月24日に栗林公園を訪れると、北梅林の標準木に10輪ほどの白い清楚な感じの花が咲いていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園:西湖のカモ」
 栗林公園の西湖に、たくさんのカモの姿が見えていた。
 時おり水しぶきを上げて姿が見えなくなるが、このとき水に潜ってエサを漁っているのでないかと思われた。
 栗林公園の大きなコイは少なくなっているが、小さな魚は泳いでいるのを見ることがあったので、エサとなる魚はありそうであった。
「栗林公園:吹上亭の前」
 栗林公園の吹上亭の前のベンチに座り、外国人らの多くの方々が憩われていた。
 この辺り一帯の池の水が茶色に濁っているように見え、池の端に「南隈の水の濁りについて」の看板が設置されて、説明されていた。
 原因はプランクトンの大量発生によるもので、景観には影響しますが魚類等の生育等への影響はありません、とあった。
「栗林公園:吹上亭の前のコイ」
 栗林公園の東南の隅に「吹上」という、公園の水源があり、水が流れている所を飛び石つたいに観光客は渡っている。
 水が池へと流れ落ちる手前には水草が生え、モミジの落ち葉が水草に絡まっていた。
 少しの段差を流れ落ちる所に、再放流したコイ100匹のうち、50匹以上がここに群がっていた。
 なお12月から3月までは、ニシキゴイの健康管理のために「エサやり」をご遠慮くださいと言われている。

「栗林公園:梅林橋周辺のコイ」
 栗林公園の北湖に架かる朱塗りの「梅林橋」、何十年も前からこの橋上でコイの餌やりが人気になっていた。
 全部のコイを処分し、先月に再放流したコイはこの辺りに泳いでこれないようになっているのか、コイの姿が見えない。
 かってのようにコイが群がる梅林橋になるのは、いつ頃のことになるのだろうか。
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「玉藻公園と街中」


[ 08:02 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「玉藻公園:松ぼっくりツリー」
 高松市玉藻町の「玉藻公園」の和船の乗り場付近に、松ぼっくりで作ったクリスマスツリーが出現していた。
 背の低いツリーから背の高いツリーまで全部で7本あり、2009年から作り始め各ツリーの高さの合計が、もとあった天守の高さ(26.6m)と同じ高さになるのを目標としており、今年は7本の高さを合計すれば23.2mになるという。
「玉藻公園:松ぼっくりツリー」
 松ぼっくりツリーの最高部には、赤い色の「ちゃちほこ」の絵が乗っていた。
 今年のツリーの高さは、背の高い順に6m、4.5m、4m、3.5m、2.5m、1.5m、1.2mだという。
 ちなみに2009年から3m、5m、6m、8m、9.7m、12.7m、16.6m、19.2m、21.2mで、今年が23.2mであった。
「玉藻公園:松ぼっくりツリー」
 玉藻公園内の3カ所に「まつぼっくり収集ボックス」が置かれ、「みんなで集めたまつぼつくりがツリーになって冬の高松城を彩ります。毎年、少しずつ大きく、夢は天守閣と同じ高さまで(約26.6メートル)」とボックスに書かれていた。
 今年は、2万7千個の松ぼっくりが使われており、円錐に立てた針金に、横に数珠つなぎにして並べられており、いろいろな色と形をした松ぼっくりが並んでいた。
「高松市丸亀町ドーム広場のクリスマスツリー」
 丸亀町通りを、南から自転車を押してきて「ドーム広場」で、大きなツリーが立てられているのを見つけた。
 ツリーの横では、家具や靴などが販売されており、北側のお店屋さんの賞品がない場所で、ご家族連れが記念写真を撮られていた。
 お子さんの身長より5〜6倍の高さがあるような背の高いツリーであった。
「JR高松駅のクリスマスツリー」
 12月14日に高松市屋島中町の「のぞみ幼稚園」の園児さん34人が、モミの木2本に飾り付けたというクリスマスツリーが、JR高松駅構内に飾られていた。
 中央の大きな顔の人形は何でしょうか、耳があってトナカイのように見えているようだが。
 当日には、園児さんや保護者の皆様がクリスマスソングを歌われたという。
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2018年12月24日

「与島・鍋島灯台(坂出市) E」


[ 08:00 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ Mその他 ]
「与島・鍋島灯台(坂出):橋上から見た灯台」
 「与島」を出て瀬戸中央自動車道を坂出に向って走っている時、家人に助手席から「鍋島灯台」の写真を撮ってもらった。
 その昔、出張などで瀬戸大橋を渡っていた時に見えていた「鍋島灯台」、一度は行って見たいと思っており、やっと念願が叶ったことになる。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「与島・鍋島灯台(坂出):記念タオルを戴く」
 鍋島灯台の内部を見学した後に外に出ると、海上保安部の職員さんから黄色地のタオルを戴いた。
 タオルの中央上に「Sanuki Lighthouse」と書かれており、「讃岐の灯台」という意味だと思われた。
 また、左に「Nabeshima」と書かれた鍋島灯台のイラストが、中央に「Onigashima」と書かれた鬼のイラストが、右に「Tamamo」と書かれた高松港の灯台のイラストと「Ogishma」と書かれた男木島灯台のイラストが描かれていた。
「与島・鍋島(坂出):鍋島燈台退息所の今」
 ここは今、四国村にある「旧鍋島燈台退息所」である。
 「鍋島灯台は、坂出市の沖合いの鍋島にあり英国の技師R・H・ブラントンが設計した洋式灯台で、初点灯は明治5年(1872)である。職員宿舎の退息所は翌6年2月に竣工した。この建物は昭和30年(1955)頃まで本来の宿舎として使用されてきたが、その後は海上保安本部の通信施設となっていた。」※四国村にある説明看板より。
 坂出市与島の鍋島は標高22mの小山の上にあり、灯台のある所は平地であり北から登る道には閉鎖されているが門扉があることから、鍋島山頂に「退息所」があったものと思われた。

「与島・鍋島灯台(坂出):旧鍋島燈台退息所の内部」
 四国村の「旧鍋島燈台退息所」は、公開されており中に入ることができる。
 「建物は石造りで、正面に円柱6本を建てて吹きはなしとし、壁は60センチ程の切り石を積みも桟瓦葺の屋根の重厚な建物である。間取りは中廊下式で、暖炉のある部屋、畳敷きの部屋などがある。また、外側に浴室や便所などが張り出している。付属の裳の奥も同様の石造りである。・・」※四国村にある説明看板より。
 当時は与島の離れ小島の「鍋島」にあった「退息所」に住んでいた方々、大変不便な暮らしをしていたのだろうと思われた。
「与島・鍋島灯台(坂出):レクザムスタジアムの高校野球」
 瀬戸中央自動車道を坂出北インターチェンジで降り「さぬき浜街道」を高松市まで帰ってきた。
 途中「五色台トンネル」を過ぎた所で、高松市生島町にある「レグザムスタジアム」を坂の上から見た。
 ちょうど11月3日は秋の高校野球四国大会の準決勝第2試合の「高松商」対「高知商」が行われている最中で、来年春の選抜大会に出場できるかどうかの大事な試合であった。
 翌日の新聞で、「高松商」が勝ったことを知った。
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2018年12月23日

「与島・鍋島灯台(坂出市) D」


[ 08:20 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ Mその他 ]
「与島・鍋島灯台(坂出):与島小学校前バス停」
 坂出市与島の元小学校跡地付近に、琴参バスの「与島小学校前のバス停」がある。
 「与島」の島内を巡って坂出回生病院や児島駅前まで運行しているらしかった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「与島・鍋島灯台(坂出):ビューポイント」
 瀬戸中央自動車道の「与島パーキングエリア」内で坂出市まで続く瀬戸大橋を見ることが出来る築山に、「ビューポイント」がある。
 開通間もない瀬戸大橋を見に徳島から今は亡き母親が来た時、ここで記念写真を撮ったことがあり、それ以来の「与島」であった。
 この高台には観光客が多く集まり、ここから「瀬戸大橋」を眺めており、外国語も聞こえて来ていた。

「与島・鍋島灯台(坂出):与島パーキングエリア」
 瀬戸中央自動車道の海峡部のほぼ中央にある「与島パーキングエリア」へは、車で下りることができ、南側にある園地には、藤棚や日時計など設置されている。
 写真上左は「日時計」、写真上右は藤本良和氏作の「補陀落渡海」の記念碑。
 写真下左は「瀬戸の泉」、写真下右は「ケーブル模型」。
「与島・鍋島灯台(坂出):与島パーキングエリア」
 与島パーキングエリア内の第1駐車場の隣に「与島プラザ」があり、うどん店、レストラン、売店や案内所がある。
 また、与島プラザの三階にある「展望台」からは、たくさんの島々や、瀬戸大橋をくぐって行き交う船影を見ることが出来る。
「与島・鍋島灯台(坂出):耐震工事か」
 瀬戸大橋から「与島」に下りたり上ったりする取合道路の横にある橋脚で、耐震工事が行われているようであった。
 地面から相当の高さまである橋脚に工事用の足場が組まれていた。
 近い将来に発生が予想されている南海トラフ地震への対策がされているのだろうか。
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2018年12月22日

「与島・鍋島灯台(坂出市) C」


[ 08:08 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ Mその他 ]
「与島・鍋島灯台(坂出):灯台のある山から見た瀬戸大橋」
 灯台記念日だけに一般公開しているという坂出市与島の「鍋島灯台」に来ている。
 灯台がある小さな島(今は港の防波堤で地続き)の「鍋島」の山上から西を見れば、大きな瀬戸大橋が横たわって見えている。
 わが国で最初に洋式灯台として作られたのが「観音埼(かんのんさき)灯台」(神奈川県横須賀市)で、1868年(明治元年)11月1日に完成しており、このため毎年11月1日を「灯台記念日」に定められたという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「与島・鍋島灯台(坂出):与島港から東を見る」
 与島と鍋島との間に「与島港」があり、港の入り口にも灯台があった。
 鍋島灯台は瀬戸内海を航行する船舶のためにあるが、こちらの灯台は港に出入りする船を照らすためにある灯台でなかろうかと思われる。
 灯台の左右に「おむすび山」の形をした高松市亀水町に属する「大槌島」、「小槌島」が見えていた。
 この島には江戸時代に高松藩と備前藩の境界争いが起こり、樽流しによって決着したという伝説があるという。
「与島・鍋島灯台(坂出):瀬戸大橋を歩く人あり」
 瀬戸大橋は上部に自動車道が走り、下部に鉄道線路が走っている。
 鉄道部分に点検用の人が歩くための通路が設けられており、たまたま坂出市与島の鍋島から見上げた時に十数人の方がこの通路を歩いているのが見えた。
 鉄道の作業員だろうか、あるいは見学者だろうか、昔に鉄道関係の仕事をしていた時に与島からこの線路にある通路に降りて歩き、走って来た列車の強い風圧を感じたことがある。
「与島・鍋島灯台(坂出):坂出市立与島幼稚園跡」
 与島パーキングエリアから「鍋島灯台」への道すがら、小高い山の上に白い建物が見えていたのが気になった。
 「鍋島灯台」を見ての帰り、白い建物を目指して山を登ると、石段の上に「坂出市立与島幼稚園・与島小学校」の門柱が立っていた。
 建物には「坂出市立与島幼稚園」の看板が掛かっており、今にも元気な子供たちの声が聞こえそうであったが無人であった。
 草が茂る校庭の中に昭和16年8月に作られた二宮金次郎さんの石像が、一人迎えてくれているようであった。
「与島・鍋島灯台(坂出):坂出市立与島小学校跡」
 瀬戸大橋と肩を並べそうな高さの場所に、まだ新しそうな体育館があった。
 坂出市立与島小学校は、平成12年(2000年)に休校となり、平成20年(2008年)に廃校になったといい、子供たちが学んだ校舎は見当たらなかった。
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2018年12月21日

「与島・鍋島灯台(坂出市) B」


[ 07:41 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ Mその他 ]
「与島・鍋島灯台(坂出):南から見た灯台全景」
 坂出市与島の「鍋島灯台」を、南から見た全景である。
 「鍋島灯台は、1872年12月15日(陰暦明治5年11月15日)に設置点灯。(日本最初の洋式灯台は、明治2年1月1日の観音崎灯台)。明治初期には近代的な灯台を造る技術が無く、イギリス人技師ブラントンにより設計・建設され、灯台に使用されている石材は与島産の花崗岩です。」※鍋島灯台の沿革より。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「与島・鍋島灯台(坂出):灯台の上から見た瀬戸大橋」
 「鍋島灯台」に人数を区切って灯台に上がっていたが、急な階段を見るに及び高所恐怖症のため上るのを諦め、家人にカメラを託した。
 「鍋島灯台」の上から撮った瀬戸大橋の写真で、その巨大さがよく分かる。
「与島・鍋島灯台(坂出):灯台の光源」
 鍋島灯台の最上階にある灯台の光源である。
 高松海上保安部の職員の方から説明があったらしいが、家人はよく聞いていなかったらしかった。
 夜間に灯台の灯がくるくる回っているのが見えているが、光源の下部には回転するための装置が付いているという。
「与島・鍋島灯台(坂出):灯台の上から見た海」
 灯台に上って撮ってもらった瀬戸内海の写真で、たくさんの漁船が漁をされている一帯があった。
 この付近の海で何が獲れているのだろうか、黒っぽい帆を立てた船の多さに驚いた。
 漁師さんの皆さま、この日は大漁でなかったかと思われる。
「与島・鍋島灯台(坂出):山上の灯台のある所」
 灯台がある「鍋島」という島、山の途中や山上が綺麗に草を刈られていた。
 三本ある木に刈られた草が乗せられており、近くに木柱が立っていた。
 「鍋島紅枝垂れ桜植樹記念」と書かれ、字が薄れ掛かっているが四国旅客鉄道(株)、坂出商工会議所、(株)加ト吉、四国開発建設(株)、(株)瀬戸大橋フィシーヤマンズ・ワーフなどの名前と、平成17年2月吉日とあった。
 一般の方が訪れる機会があまり無いと思われるが、春になると「紅枝垂れ桜」の花が咲いているのだろうか。
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2018年12月20日

「与島・鍋島灯台(坂出市) A」


[ 07:57 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ Mその他 ]
「与島・鍋島灯台(坂出):鍋島灯台」
 「与島」の南の東端にある「与島港」に来ると、港の防波堤にひっついて頭に山の上に白い灯台が見える「鍋島」が見えてくる。
 「鍋島」が無人島であると書かれたものがあるが、与島港が改修されて防波堤により地続きとなったのでないかと思われる。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「与島・鍋島灯台(坂出):鍋島の入り口」
 防波堤と鍋島が繋がった所に、鍋島灯台へ上る入口があった。
 細い石段を上がると「立入禁止 鍋島灯台は、備讃瀬戸を航行する船舶の安全を守る重要な標識です。汚したり、いたずらをしないよう、みんなで大切にしましょう。」という看板が立ち、なるほど普段は閉め切できるフェンスが見えていた。
「与島・鍋島灯台(坂出):鍋島灯台(なべしまとうだい)」
 約30mの「鍋島」の頂上に着くと、灯台記念日を祝うように万国旗に飾られた灯台があった。
 「明治時代には、全国各地に灯台が約120基築造され、現在残っている64基の1つで、瀬戸内海(海上保安庁第六管区管内)で最も古く、国内でも7番目に古い灯台です。石造りの丸くて白い灯台は、いまでも備讃瀬戸航路の安全の要となっています。鍋島灯台のある鍋島には、安全のため立ち入れませんが、年に一度灯台の日(11月1日)前後の日に一般公開されています。」※坂出市ホームページより。

「与島・鍋島灯台(坂出):展示」
 「鍋島灯台」の東に小さな建物があり、灯台の機器や南海トラフ3D海底地形図などが展示されていた。
 停電の際に自動で回る発電機、よく分からなかったが「200ミリ灯ろう、LD管制器」、「LED灯器」、「チャンス式石油白熱灯器」、「アセチレンガス灯器」など。

「与島・鍋島灯台(坂出):小瀬居島で使用されていた灯火」
 昭和57年11月から平成23年6月まで「小瀬居島灯台」で実際に使用されていたもので、平成23年6月28日の工事完成で、省電力のLEDに変更され、役目を終えたものです。※展示の貼り紙より。
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2018年12月19日

「与島・鍋島灯台(坂出市)@」


[ 08:15 ][ 自然・環境:海・山・空・池 ][ Mその他 ]
「与島・鍋島灯台(坂出):与島パーキングエリア」
 香川県坂出市与島にある「鍋島灯台」が一般公開されるというので、瀬戸大橋を渡って「与島パーキングエリア」に着いた。
 何処へ行けばいいのか分からなかったので、「与島プラザ」の前をウロウロしていたら、「鍋島灯台一般公開」の看板を立てている高松海上保安部の職員を見つけて、お尋ねした。
 看板には11月3日(土)、午前10時から午後3時まで一般公開、「灯台から瀬戸内海と行き交う船を望めば!!」と書かれていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「与島・鍋島灯台(坂出):鍋島灯台への順路」
 教えてもらった与島にある「鍋島灯台」への順路、瀬戸大橋の橋脚の下にあったトイレから、順路に従って曲がり角等に道案内の矢印が掲示されていた。
 与島サービスエリア(第一駐車場)から徒歩約15分の所要時間がかかるそうであった。
「与島・鍋島灯台(坂出):鍋島灯台への道」
 与島サービスエリアから北備讃瀬戸大橋の橋台の下の道を、鍋島灯台へ東へと歩いている。
 左側に金網があり、右側に木が生い茂る幅1.5m位の細道であった。
 自転車は押して通行して下さいという看板があった。


「与島・鍋島灯台(坂出):城の鼻」
 与島の家々の間の細い道を抜けると、与島の南端の「城の鼻」という所に出る。
 ここは与島から坂出の陸地まで、「瀬戸大橋」を下から眺められるポイントだという。
 地図には「穴部港」と書いてあったものがあり、防波堤には釣り客が一人おられた。

「与島・鍋島灯台(坂出):山肌」
 与島の島の海岸を、海と山の間を「鍋島灯台」に向って東に進むのだが、左側の高さ20m位の山の上には木が茂っていたが、その崖になっている所に木はなかった。
 山肌には穴あり、石ありで、何かいわれのありそうな場所でないかと思われた。
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2018年12月18日

「屋島総合病院祭」


[ 07:33 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「屋島総合病院祭:屋外会場のイベント」
 11月17日(土)に高松市屋島西町の「屋島総合病院」で、第2回新病院の病院祭りがあったので行ってきた。
 病院駐車場の屋外会場では、消防車・救急車の展示、ドライビングシュミレーター安全運転診断、起震車による地震防災体験、フリーマーケット、野菜販売、綿菓子・ポップコーン、骨付鳥などのグルメコーナーなどが行われていた。
「屋島総合病院祭:“べじふるる”によるダンスなど」
 「屋島総合病院祭」、待合室でJA香川県あぐりきっずくらぶ「べじふるる」による「ダンス&クイズショー」が行われており、色違いのスカートをはいた女の子が、オリジナルキャラクターの「JAマン」と一緒にダンスを踊られていた。
 クイズは3拓。
1.新しくなった病院祭は何回目? 
2.うどんの香川県産の小麦の品種名は? 
3.香川県知事が名前をつけたお米の品種名は?
 など。
「屋島総合病院祭:南側の待合室でのイベント」
 「屋島総合病院祭」で病院南側の待合室では、「顕微鏡をのぞいてみよう!」、「お薬を包んでみよう!」、健康チェック」が行われていた。
 健康チェック」をしてもらったところ、血圧、血糖値はまずまずであったが、血管年令の測定値が7才も上の数値になっていた。
「屋島総合病院祭:市民講座」
 「屋島総合病院祭」の市民講座で、理学療法士さんのお話の「元気 長生き 健康体操」を受講した。
 「長い平均寿命」ではなく、日常的に介護を必要としないで、自立した生活ができる「長い健康寿命」が大事だという。
 毎日、十分な運動をしているか、持久力、下肢体幹筋力、バランス能力の3つの運動能力を鍛えることが重要だと教えていただいた。
 いろいろな体操を教えてもらったが、すぐに忘れてしまっており、書いたものが欲しかったなと思った。
「屋島総合病院祭:間違い探し」
 土曜日の朝日新聞に載っている「間違い探し」を解いているが、「屋島総合病院祭」の講座の中で出題された。
 簡単なものもあったが、難しかったものもあり、全部で7つの間違いがあった。
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「屋島総合病院祭」


[ 07:27 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「屋島総合病院祭:ココペリアンブラス コンサート」
 「屋島総合病院祭」、トランペット、ホルン、トロンボーン、チューバを演奏する「ココペリアンブラス コンサート」が14時から始まった。
 曲目は「涙そうそう」、「世界に一つだけの花」、「昔話三太郎」、「浜辺の歌」、「ビリーブ」、「見上げてごらん夜の星を」、「上を向いて歩こう」であった。
「屋島総合病院祭:市民講座」
 「屋島総合病院祭」の午後の市民講座は「がんを知ろう!」であり、いったん家に帰り、再び屋島総合病院を訪れた。
 ちょっと前に「がん」の疑いがあって6カ月ごとにある病院の経過観察を受けており、テレビ番組や病院の行う市民講座に関心をもって見ている。
 スクリーンに映し出されている画面に、「がん」にかかる確率は男性が62%(3人に2人)、女性が47%(2人に1人)であると出ており、「がんは人ごとではありません。いつ、あなたが、家族が、友人が「がん」になるかわかりません。」と書き添えられていた。

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2018年12月17日

「第21回・旧高松城(ふるたかまつじょう)まつり E」


[ 07:11 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「旧高松城祭り:古高松音頭総踊り」
 10月28日に高松市東部公園で「第21回・旧高松城(ふるたかまつじよう)まつり」が開かれた。
最後のプログラムになった「旧高松城祭り」、参加者が大きな輪になり、団扇を持って古高松音頭の総踊りが行われた。
 昨年の第20回の旧高松城祭りを記念してこの「古高松音頭」が作られたが、去年の祭りが台風のため中止となったため、今年の祭りで初披露されたという。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「旧高松城祭り:古高松音頭の総踊り」
 「古高松音頭」の曲が流される中、総踊りに参加された方々が、何回も左回りに踊り続けられていた。
 ステージ上には着物姿の女性が、踊りの見本を示されており、これまでに何回かコミセンで踊りの練習会が行われていたようであった。
 ボランテイアとして活動した中学生も、踊りの輪の中に加わっていた。
「旧高松城祭り:古高松音頭」
 「古高松音頭」の総踊りに使われていた団扇で、裏には三番まで歌詞が印刷されていた。
 「夏に 宝太郎山 ビューティフル 西に春日川 ワンダフル ハートフル フル 古高松は おとなも こどもも 歌う町 こころと こころが つながった みん みん みんなの ふるさとだ・・・。」
 高松市の高松町と新田町が昔の「古高松」に該当し、古高松のことがよく歌に唄いこまれているなと感心している。
「旧高松城祭り:国旗並びに大会旗の降納」
 「旧高松城祭り」も古高松音頭の総踊りで全てのプログラムが終了し、閉会式が行われた。
 まず風が強く翻っていた国旗並びに大会旗の降納が行われ国歌が流れる中、静かに旗が地上に降ろされた。
 もう見守る観衆も少なくなり、ほとんどの方が家路を急いでいるようであった。
「旧高松城祭り:閉会式」
 閉会式で最後に、古高松地区コミュニテイ協議会の副会長さんにより閉会宣言とお礼の言葉があった。
 挨拶を聞いているのは、法被を着た役員さんの姿が目立っていた。

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2018年12月16日

「第21回・旧高松城(ふるたかまつじょう)まつり D」


[ 07:16 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「旧高松城祭り:高松大学ダンスサークル」
 10月28日に高松市東部公園で「第21回・旧高松城(ふるたかまつじよう)まつり」が開かれた。
ステージに「高松大学ダンスサークル」の皆様が登場してきた。
 「高松大学ダンスサークルが初めて地元のイベントに参加させていただきありがとうございます。旧高松城祭りをより一層盛り上げるパフォーマンスになるよう一生懸命踊りますので声援よろしくお願いします。」※メッセージより。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「旧高松城祭り:アケウフラスタジオ」
 「旧高松城祭り」、続いてステージに「フラダンス」の「アケウフラスタジオ」の皆様が登場した。
 「はな」など四曲が披露され、ステージ前の目の前にお客様が陣取り、鑑賞されていた。

「旧高松城祭り:阿波踊りの讃岐瀬戸内連」
 「旧高松城祭り」のステージに賑やかな阿波踊りを踊る「讃岐瀬戸内連」の16人の皆様が上がった。
 「阿波踊りの本場の徳島県が隣りでありながら、阿波踊りを踊る人が少ない香川県において多くの人に楽しい阿波踊りを踊って欲しいとの思いから、同志が集まり平成26年に「讃岐瀬戸内連」が発足しました。慰問、イベント活動など品よく元気で年中踊っています。」※メッセージより。
「旧高松城祭り:バトンチーム真高松」
 「旧高松城祭り」、次にステージの前にバトントワーリングの「バトンチーム真高松」の三人の女子が登場、この三人の中の一人が古高松中学校の出身だという。
 バトントワーリングとは、棒状のバトンの操作と身体の動きを音楽に合わせて組み合わせるスポーツで、バトンを空中に投げる、腕、首、胴体等、体の一部を使ってバトンを回す、体の近くでバトンを回すなどの操作があるという。
 今年8月アメリカのフロリダで開催された世界バトントワーリング選手権大会の女子ジュニアの部で、原鳳姫選手が銀メダルを獲得しているといい、この日は強い風が吹く中であったが、見事な演技が披露された。

「旧高松城祭り:ボランティア紹介」
 最後のステージに、この祭りにボランティアとして参加していた「古高松中学校」の生徒さんが紹介された。
 本日の旧高松城祭りにおいて、13名によるゴミ拾いなどのボランティア活動をしていただいた古高松中学校の皆様にお礼の拍手が送られていた。
また、代表の男子生徒から挨拶があった。

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2018年12月15日

「第21回・旧高松城(ふるたかまつじょう)まつり C」


[ 08:14 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「旧高松城祭り:ミニSL乗車体験」
 10月28日に高松市東部公園で「第21回・旧高松城(ふるたかまつじよう)まつり」が開かれた。
 催し物会場では、ミニSL乗車体験コーナーが人気で、乗車待ちの多くのお子さんらが並んでいた。
 また、向こう側には「ふわふわドーム」が賑わっていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「旧高松城祭り:ポン菓子」
 昔、実家の近くを回ってきて米を持って行けば手数料をとって作ってくれた「パットライス」と言われていた「ポン菓子」の実演が、催し物会場でされていた。
 筒状の圧力鍋に米を入れ、加熱しながら回転させて気圧が上がれば取り出すというもので、ここでは回転の動力として自動車の蓄電池からの電気が使用されているようであった。
「旧高松城祭り:ポン菓子」
 ポン菓子が出来上がると丸い筒状の金網を着けて、圧力釜のバルブをハンマーで叩くと大きな音がして金網の中にポン菓子が、機械が見えなくなるほどの煙りを出して、放出される。
これに鍋で煮た砂糖をからめてポン菓子が出来、隣で待機の方が袋に入れて販売していた。
 この音が嫌で、昔は耳を手で押さえていたものであった。
「旧高松城祭り:天弘流讃州三弦会」
 旧高松城祭り、続いて津軽三味線の「天弘流讃州三弦会」の皆様がステージに上がった。
 「私たちチーム『わかな』は今年新しく編成されたグループです。津軽と讃岐を融合させた新しい曲調を作り上げ皆様に初披露させていただきます。」というメッセージがあり、力強い三味線の演奏が行われた。
「旧高松城祭り:高松北高校応援部」
 旧高松城祭り、続いて「高松北高校応援部」による演舞があった。
 「大変永らくお待たせしました。香川県立高松北高等学校応援部によります演舞ショーを始めさせていただきます・・・」という独特の抑揚のある声で始まった。
 このチーム、5月に中央公園で開かれた「フラワーフェスティバル」にも出演しており、今回も若若しく力強い応援に感動させてもらった。
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2018年12月14日

「第21回・旧高松城(ふるたかまつじょう)まつり B」


[ 07:56 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「旧高松城祭り:石井直さんのミニミニライブ」
 10月28日に高松市東部公園で「第21回・旧高松城(ふるたかまつじよう)まつり」があった。
 ステージでは可愛い園児さんの遊戯が終わり、「石居直さん」によるミニミニライブが始まった。
 香川県三豊市出身の歌手で、全国を回って香川県をPRし「うどんシンガー」といわれているといい、歌の途中で「うどんジャンケン」があり、勝ち残った一名に「CD」と「うどんタオル」がプレゼントされていた。
 「夫婦漫才」、「かたつむり靴下」、「いただきます」の三曲が歌われた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「旧高松城祭り:エイサー太鼓かすがの風」
 「旧高松城祭り」、続いて「エイサー太鼓」を演奏する「かすがの風」の皆様が、登場した。
 「春日こども園」の先生と保護者や卒業の保護者で組織しているグループで、地元のイベントに数多く出演されている。
 音楽に合わして叩く太鼓の音が、沖縄らしい音楽のように感じられた。
「旧高松城祭り:庵治締太鼓保存会」
 「旧高松城祭り」、青色の法被姿の「庵治締太鼓保存会」の皆様が、ステージに上がって来た。
 大きな太鼓、小さな太鼓、竹筒を打つ人、法螺貝を吹く人、ドラのような楽器を鳴らす人たちがおられた。
 この歴史ある太鼓の後継者となるであろうと思われる小学生の姿もあり、「見張り太鼓」が演奏された。
「旧高松城祭り:定番の昼飯」
 「旧高松城祭り」、香川のイベントで一番人気となる「うどん」の食コーナーで、多くの人と一緒に列に並んだ。
 「うどん200円」、「おでん300円」を買い、飲食用に並べられた机と椅子があったが、あいにくと人で一杯であり、椅子は無かったが机の隅を使い立って食べた。
 ゆっくりと座って食べれば、一段と美味しかっただろうと思われた。
「旧高松城祭り:ハーレー・サイドカーの展示」
 「旧高松城祭り」でグランド横の広場には、ハーレー・サイドカーが展示されていた。
 乗り物好きの子ども達なのか、サイドカーに乗り、近距離ではあるが乗り心地を楽しんでおられるようであった。
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2018年12月13日

「第21回・旧高松城(ふるたかまつじょう)まつり A」


[ 08:32 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「旧高松城祭り:吹奏・合唱合同演奏」
 10月28日に高松市東部公園で、「第21回・旧高松城(ふるたかまつじよう)まつり」が開かれた。
 開会式が終わり、オープニング吹奏・合唱合同演奏があった。
 最初に古高松中学校、古高松小学校の吹奏楽の皆様がステージ前に陣取り、古高松南小学校の合唱部の皆様がステージ上に上がり、吹奏と合唱が始まった。
 1曲目「Believe」、2曲目が「古高松音頭」で、旧高松城祭りが第20回の記念を迎えた昨年に作られた曲であった。
 古高松音頭の踊りが、曲に合わせて古高松南小学校の5年生の皆様により披露された。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「旧高松城祭り:吹奏楽の演奏」
 オープニングの吹奏・合唱合同演奏が、途中から古高松小学校だけの「見上げてごらん夜の星を」が演奏された。
 続いて古高松中学校の吹奏楽の単独演奏があり、「宝島」などが演奏された。
 
「旧高松城祭り:古高松中学校吹奏楽」
 古高松中学校の吹奏楽の演奏が続いており、ステージ側から写したもので、黒山のように聞き入っている人々が写る写真であった。
 地元のイベントでは、子ども達が歌を歌われ、音楽が演奏されることが大人気となっている。
「旧高松城祭り:つくし幼稚園の鼓笛隊」
 旧高松城祭り続いてステージには、「つくし幼稚園」そら組28名の鼓笛隊が登場してきた。
 真っ赤な衣装に身を包み可愛い太鼓を持った隊員さんが、スタジオジブリ映画の「崖の上のポニョ」を演奏し、ステージ前では大きな輪や旗を持った園児さんが、遊戯を披露していた。
「旧高松城祭り:新田幼稚園」
 旧高松城祭り、次に色とりどり法被や鉢巻きをした「新田幼稚園」のゆり組31名の皆様が、ステージに上がって来た。
 元気いっぱいに園児の皆様が、「ソーラン節」を、勇ましくステージ狭しと踊られていた。
 
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2018年12月12日

「第21回・旧高松城(ふるたかまつじょう)まつり @」


[ 07:54 ][ 観光・レジャー:祭り・イベント ][ B屋島周辺 ]
「旧高松城祭り:開会式で開会宣言」
 10月28日に高松市東部公園の中央広場と芝生広場で、「第21回・旧高松城(ふるたかまつじよう)まつり」が開かれた。
 10時から開会式が始まり、古高松地区コミニュテイ協議会副会長さんによる開会宣言があり、平成30年年度古高松地区地域ふれあい交流事業の第21回旧高松城まつりが始まった。
 開会宣言の後、古高松中学校、古高松小学校の吹奏楽部によるファンファーレの演奏があった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「旧高松城祭り:国歌斉唱・国旗・ふれあい旗の掲揚」
 旧高松城祭りの開会式で女性の方により国歌が歌われる中、古高松地区連合自治会の会長さん、副会長さんの方々によりにより「国旗」と旧高松城まつり推進委員会の「ふれあい旗」の掲揚が行われた。
 この日は、少し風が強かったようで、旗が上に上がるにつれ風をはらんで、力強く翻っていた。
「旧高松城祭り:開会式で会長挨拶」
 旧高松城祭りの開会式で「高松市民のねがい」の唱和に続いて、主催者を代表して古高松地区コミュニティ協議会会長さんよりご挨拶があった。
 「出会い ふれあい 古高松」とより多くの方々との交流を図り、古高松地区の活性化につながることを願っているといい、昨年中止となった分まで多くの方に楽しんでいただくようなプログラムになっているという。
「旧高松城祭り:来賓祝辞」
 旧高松城祭りの開会式で来賓としてご出席された高松市長さん(代理)、IT・科学技術担当大臣平井衆議院議員さん(写真)、経済産業副大臣磯崎参議院議員さん(代理)、三宅参議院議員さんからご祝辞があった。
 なお、IT・科学技術担当大臣とは、IT・科学技術、その他健康医療、クールジャパン等々新しい時代に皆さん方が生きているこの社会がさらに良くなるようにというのがお仕事だと紹介をされた。
「旧高松城祭り:福投げ」
 旧高松城祭りの開会式が終わると、住民の皆様が楽しみにしている福投げがあった。
 幼児、小学生らの子供会場が別の所に設けられており、ステージは中学生以上の大人の会場となり来賓の皆様がステージ上に陣取って、投げ込み始めた。
 大勢が待ち受けてこちらへという大きな声が聞こえてくるも、お菓子やラーメンなどは前の方に落ち、後ろまでは飛んで来なかった。
 ときおりスピード豊かに投げた「もち」が飛んでくることがあり、貴重な1個だけ拾うことができた。
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2018年12月11日

「第40回屋島地区文化祭 @」


[ 08:43 ][ 文化・伝統:現代文化・芸術・芸能 ][ B屋島周辺 ]
「屋島地区文化祭:うどん・焼きそば」
 11月11日、屋島に上って「第40回屋島地区文化祭」が開かれていた屋島小学校まで降りてきた。
 昼前であったので、うどんが売り切れないうちに「うどん」と「いなりずし」を買って、その場でいただいた。
 向こう側の会場入口でも焼きそばが売られていたので、こちらは持ち帰り用として買った。
「屋島地区文化祭:絵手紙」
 文化祭の会場に入ってまず目に入ったのは、「絵手紙」を展示している場所であった。
 「はがき絵」とも呼称している場合もあるようだが、はがき大の大きさの用紙に、同好会の皆様が季節の花、野菜、果物などを、上手に描いていた。

「屋島地区文化祭:ちぎり絵・篆刻」
 いつも拝見させてもらっている「ちぎり絵」と「篆刻(てんこく)」のコーナーがある。
 「篆刻」とは、よく知らないがハンコを作成する行為をいうと書いてあるものがあり、石や金属などに文字を彫るというらしい。
 また「ちぎり絵」とは、ちぎった和紙を台紙に貼り付けながら描く絵だそうで、描かれているところをまだ見たことがない。
「屋島地区文化祭:保育所の作品」
 左上の絵は、「やしま幼稚園」の作品で瀬戸大橋30周年おめでとうと書かれている。
 右上の写真は「あす「なろ幼稚園」の作品で、幼稚園バスが描かれているようであった。
 左下の写真は「のぞみ幼稚園」の作品で、ハロウィンパーティはじまるよ」と書かれていた。
 右下の写真は「屋島保育所」の作品で、シニアのためのすこやか教室で、〜屋島保育所の皆さんと一緒に大きな木を作ろう〜と書かれていた。
「屋島地区文化祭:小学生の作品」
 文化祭会場の体育館の側面に上から吊り下げられた小学生の絵と書道の作品である。
 いずれの作品も、素晴らしい出来栄えの作品であると思われた。
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「第40回屋島地区文化祭 A」


[ 08:36 ][ 文化・伝統:現代文化・芸術・芸能 ][ B屋島周辺 ]
「屋島地区文化祭:屋島検定」
 「屋島の達人 クイズに挑戦してみませんか?」と案内されているのが、「屋島検定」である。
 4枚ある問題、1枚(10問)でもよいのだがいつも4枚全部に挑戦している。
 問題1で間違ったのは
問4の「新屋島水族館がリニーアルオープンはいつ?(3拓)
問9の「屋島ケーブルが廃止されたのは?(3拓)
「屋島地区文化祭:屋島検定」
 屋島検定2で間違った問題(1問)
 問3屋嶋城(やしまのき)を造らせたのは誰?(3拓)
 屋島検定3で間違った問題(1問)
 問4那須与一が射抜いた扇の的の柄は何?(3拓)
屋島検定4で間違った問題(1問)
 問6屋島に生息する絶滅のそれのあるヒメボタルは主に何を食べている?(3拓)

 8問以上正解することの条件を満たしたので、次年度文化祭まで有効の「屋島検定証」を1枚いただいた。
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2018年12月10日

「徳島へ帰る @」


[ 17:13 ][ 自然・環境:ふるさと ][ J県外の旅 ]
「徳島へ帰る:大群の黒い鳥」
 徳島県の実家から渋柿を千切るので来たらという連絡があり、11月30日に帰ってきた。
 用事があった石井町石井の田んぼに、夥しい黒い鳥が田んぼでエサを漁っているのに出くわした。
 ざっと数えて150羽くらいで、稲刈りを終えて1か月は経つと思われるのにこの多さにびっくりした。
 この田んぼに稲の落穂が、たくさん落ちていたのかも知れない。
「徳島へ帰る:コスモスの花」
 11月30日に阿波市土成町を通っていた時、畑にコスモスの綺麗な花が咲いている所があった。
 もう明日から12月という時期にコスモスの花が見えるとは、不思議な気がした。
 背が低いコスモス、いつ頃に種を蒔いたのだろうか。
「徳島へ帰る:三木武夫さんの銅像」
 阿波市土成町の徳島自動車道の「土成インターチェンジ」に近くの「土成中央公園」の横の道路で信号待ちしていた時、公園に三木武夫さんの銅像があるのを見つけた。
 同氏は明治40年(1907年)にこの近くで生まれ、第66代の内閣総理大臣になった方である。
公園の木に小型の太陽光パネルから電気を導くイルミネーションの配線がされており、暗くなると点灯されるようであった。
「徳島へ帰る:宮川内ダム」
 阿波市土成町と東かがわ市白鳥の間の峠にある「鵜の田尾トンネル」を、高速を利用しない場合は香川へ帰っている。
 トンネルの手前に「宮川内(みやごうち)ダム」があり、西日を受けた山が輝いていた。
 このあたりには数軒の「たらいうどん」のお店屋さんがあり、昔はよく寄っていたが最近は行けていない。
「徳島へ帰る:渋柿」
 実家で渋柿を千切り車に乗せて帰ったが、ボロ車にたくさん載せたものだから、スピードが鈍っているように感じた。
 柿の元のヘタの部分に枝を残して、皮を剥いて吊るしやすいように収穫した。
 一個一個は軽いものだが、箱に並べると持ち上げるのに難儀する重さになった。
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「徳島へ帰る A」


[ 17:06 ][ 自然・環境:動物・植物・魚 ][ L食べ物・草木花など ]
「徳島へ帰る:干し柿」
 持ち帰った渋柿、150個ほどはご近所さんに配ったみたいで、残りを翌日から皮を剥いた。
 普段は包丁など持たない慣れない手で皮を剥き、とうとう肩が凝ってしまった。
 12月2日iに物干し竿に吊るすと、中央が重さで撓んでいたが、干し柿が出来る頃には軽くなる。
 寒くなければなかなか乾かないようで、11月7日の昼頃には少し寒くなった感じがしてきた。
「徳島へ帰る:干し柿」
 渋柿を剥いて竿に干したのが12月2日、それから8日が経ち、柿が柔らかくなり干し柿になりつつあった。
 干してから約2週間で食べれるようになると新聞に載っていたが、あと1週間経つと試食してみることになる。
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2018年12月09日

「探訪・松平頼該(左近さん)を訪ねる @」


[ 08:09 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ I高松市内 ]
「ふるさと探訪石清尾八幡付近:石清尾八幡宮」
 10月14日に「「ふるさと探訪松平頼該(左近さん)を訪ねる」があったが、徳島へ帰る用があり、家人に出席してもらって資料を貰ってきてもらった。
 20日にその資料に基づき「ふるさと探訪」で行ったであろうコースを辿ってみた。
 20日に「石清尾八幡宮」では、「氏子祭」が行われていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「ふるさと探訪石清尾八幡付近:境内の灯籠」
 石清尾八幡宮の境内に入ると、石段の手前に古い石灯篭が立ち並んでいる。
 歴代の藩主が寄進しされており、向こうから高松初代藩主・頼重(よりしげ)、7代・頼起(よりおき)、初代・頼重、初代・頼重、源英(隠居後の頼重)、9代・頼恕恕(よりひろ)、10代・頼胤(よりたね)、11代・頼聡(よりとし)など。
 また下拝殿の横と前に5代・頼恭(よりたか)、6代・頼真(よりざね)、3代・頼豊(よりとよ)、初代・頼重、7代・頼起(よりおき)が寄進された石灯篭があるという。
「ふるさと探訪石清尾八幡付近:長谷川宗右衛門表忠ノ碑」
 石清尾八幡宮の下拝殿から北に回って「新氏子会館建設予定地」の入り口に、松平頼該(左近さん)と共に幕末の尊王運動に奔走した長谷川宗右衛門の表忠の大きな石碑がある。
 江戸藩邸に出仕して尊王の思いを強め、高松藩が幕府を支えて鳥羽伏見の戦いで官軍が勝利すると朝敵となり、官軍から追討軍を差し向けられる事態となったとき、松平松平頼該(左近さん)らとともに藩主に朝廷への恭順を訴え、自ら太政官府へ追悼令解除に赴くなど藩のために奔走したという。
「ふるさと探訪石清尾八幡付近:紫雲山 親量院 霊源寺」
 石清尾八幡宮の参道を約700b東にきた御旅所の付近のちょっと南に、「霊源寺」がある。
 秋になると道路から見える紅葉が綺麗で、いつも見に来ているお寺さんである。
 「霊源寺 臨済宗妙心寺派 本尊子安観音 寺記によると、僧雲厳の開創、初め香川郡坂田郷(紫雲山の麓)にあって千光寺といった。松平頼重が娘婿菩提のため延宝四年(1676)現在地に移し、霊源寺と改称した。元禄十年(1697)綾歌郡長炭村佐岡寺山より観音像が出土したので、高松二代藩主松平頼常は生母親量院(水戸藩主徳川光圀の側室)の発願により、元禄十二年(1699)堂を建て安置した。これがいわゆる子安観音である。同十四年(1701)頼常から親量院の号と寺領百石を与えられた。・・・」※寺内の看板より。
「ふるさと探訪石清尾八幡付近:霊源寺」
 高松市亀岡町に「霊源寺」がある。
水戸藩の水戸光圀の長男「頼常」が、高松藩二代藩主となり、「頼常」の生母・親量院(水戸藩主徳川光圀の側室・玉井弥智)がここ「霊源寺」の墓所に葬られている。
 また、本堂東側の木々の間に「参政玉井信敏の「痙刀(えいとう)の碑」があり、幕末に藩主の密書を携えて江戸への道中三河の国で薩長の討幕軍と遭遇し、寺に逃げ込んで密書を焼き自害した事件があり、ここに刀を埋めて顕彰した碑だという。
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「探訪・松平頼該(左近さん)を訪ねる A」


[ 08:01 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ I高松市内 ]
「ふるさと探訪石清尾付近:亀阜荘跡」
 参加出来なかった10月14日の「ふるさと探訪」の行き先を、資料をもとにして10月20日に訪れた。
 高松市亀阜町の現在の「亀阜小学校」の全域とその周辺を含めた広い敷地に、松平頼該(よりかね=通称名・左近)の別荘「亀阜荘」があったといい、校庭の隅に「松平金岳公人亀阜荘旧迹」の石碑が立っている。
 高松第8代藩主・松平頼儀(よりのり)の長男であったが、異母弟に藩主の座を譲り「亀阜荘」に住んでいたという。
「ふるさと探訪石清尾付近:贈正四位松平左近君紀功碑」
 亀阜小学校の校庭にある「松平金岳公人亀阜荘旧迹」の碑の隣りに、「贈正四位松平左近君紀功碑」がある。
 漢文で書かれた碑文は全く分からないが、「ふるさと探訪」の資料に現代語に訳したものが載っており、これを見れば少しは分かったような気がした。
 松平左近(1809年〜1868年(明治1))は尊王心厚く、高松藩が朝敵の汚名をきせられたとき活躍、朝廷に恭順の意を示させて藩を救ったという。
「ふるさと探訪石清尾付近:講道館跡」
 香川県庁を附属小学校側から撮った写真で、3本ある木の陰に「藩校講道館」の看板が立てられていた。
 「高松藩の藩校は、二代藩主松平頼常が元禄十五年(1702)に講堂を中野天満宮の南に建てたのが始まり・・・六代頼真は安永八年(1779)に規模を倍増して中野天満宮の北側(現在の香川県庁付近)に学館を建て、講道館と名づけ、後藤芝山を総裁として、翌年開学しました。・・明治四年(1871)七月の廃藩置県に伴い藩校は廃止されるまで、藩の教育機関とて多くの人材が育てられました。」※県庁敷地内に立てられた看板より。

「ふるさと探訪石清尾付近:新建大聖廟記碑」
 高松藩の藩校のいわれを記した石碑が、現在香川大学付属高松小学校の校庭にある。
 高松藩藩校の講道館に聖廟が天保三年(1834)に建てられ孔子像を安置し、釈奠(せきてん)の祭祀を記念して天保五年(1834)に松平左近(頼該)が撰した文章を、11代藩主頼聰の命により文久二年(1862)に「新建大聖廟記碑」として講道館の敷地(現在の香川県庁東館から日本赤十字病院にかけての場所)に建碑されたものが、現在は香川大学付属高松小学校の校庭に移されている。
「ふるさと探訪石清尾付近:旧県立中央病院跡」
 高松市番町五丁目にあった「旧香川県立中央病院」の建物が、取り壊されていた。
 2014年(平成26年)3月1日に現在の朝日町に移転して、4年半あまりが経っている。
 亀阜小学校などを見て回った時、ここにあった建物が無くなっているのに気がついた。
 ここにあった病院に通院したり、お見舞いに行ったりしたことがあるのが思い出される。
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2018年12月08日

「紅葉のピークだった頃の栗林公園 B」


[ 08:41 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園の紅葉:石梁付近」
 11月29日、今年最後となる栗林公園の紅葉を見に北庭の石梁付近に来ている。
 石の小橋の「石梁」付近と小川が流れる「潺湲池」付近に、モミジの木がたくさん植わっていた。
 いずれも見事な紅葉の見頃を迎え、結婚式の前撮りに訪れたカップルが3組ほどあり、撮影ポイントで順番を待って撮影がされているようであった。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園の紅葉:枕流亭から見た紅葉」
 栗林公園の「潺湲池」の裏側の小山の上に「枕流亭」の東屋がある。
 11月29日にここからモミジ見物に訪れた人々が、見上げるようにモミジを見ている姿が目の当たりに見えていた。
 木の裏から見るモミジもまた美しかった。
「栗林公園の紅葉:芙蓉沼の畔のモミジ」
 11月29日、栗林公園の「芙蓉沼」の畔にある「香風亭」の近くに来ている。
 この「芙蓉沼」は「蓮池」とも呼ばれて、ハスが6月頃から池の一面に茂り、夏には大形の淡い紅色や白色の花が咲くところであるが、今の季節には枯れた葉が見えていた。
 池の畔にはモミジの木が多く植えられており、見頃を幾分過ぎて葉が地面に積もっていた。
「栗林公園の紅葉:花しょうぶ園の紅葉」
 栗林公園の北庭にある北梅林の東に「花しょうぶ園」があり、6月頃には綺麗なしょうぶの花が咲く場所である。
 今頃は紅葉を愛でる人が訪れる静かな場所で、モミジの木などがあり、向こう側には江戸時代に鴨猟が行われたという園内最大の「群鴨池」が見えている。
「栗林公園の紅葉:鴨引き堀」
 平成5年に復元された「鴨場」につながるだろう「鴨引き堀」、向こう側には交通量の多い国道11号線が走っている。
 この堀に鴨の姿が多く見られ、おおよそ数えてみると50羽を越えているようであった。
 江戸時代には栗林公園でも「カモ猟」がされていたのだろうか、本日の新聞に、7日に宮内庁新浜鴨場(千葉県市川市)で行われたカモ猟で、カモを放鳥される写真が掲載されていた。
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2018年12月07日

「紅葉のピークだった頃の栗林公園 A」


[ 08:46 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園の紅葉:楓岸のモミジ」
 11月29日、おそらくは最後となるであろう栗林公園の紅葉を見に来て、南庭の楓岸にいる。
「かえで」の「きし」と書いて「楓岸(ふうがん)」と呼び、多く植えられた楓はモミジと同じように使われている言葉だそうである。
 モミジの木の下には、紅葉した葉が落ちて積もっており、通路に落ちている葉を手に取って見ているれ観光客も見受けられた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園の紅葉:モミジの旧標準木」
 栗林公園の「楓岸」の東の岸にモミジの「旧標準木」がある。
 手前の木は黄色っぽく、向こう側の木は赤く紅葉していた。
 違った種類の木が二本あるようであった。
「栗林公園の紅葉:楓嶼と楓岸」
 栗林公園のモミジの旧標準木の東から見た楓嶼(ふうしょ)と楓岸である。
 南湖に浮かぶ小島の楓嶼(ふうしょ)と楓岸(ふうがん)が、同時に見渡せる場所で立ち止まり写真を撮った。
 楓嶼の島影が南湖に映っており、観光客の多くがカメラを構えていた。
「栗林公園の紅葉:恋つつじの周囲を泳ぐ鯉」
 栗林公園の古風な太鼓橋の「偃月橋」を渡っている。
 目の前にある島が杜鵑嶼(とけんしょ)には、ハートの形をしたツツジが植わり「恋ツツジ」とも言われ、結婚式の前写しの撮影スポットになっているという。
 この「恋ツツジ」の左側に、コイが一匹もいなかった池に先日放流された色とりどりのコイが悠々と泳いでいた。
 放流されたコイが100匹、「偃月橋」の上からコイの数を数えると、60〜70匹はいたようであった。
「栗林公園の紅葉:飛来峰から見た景色」
 栗林公園の絶景ポイントの一つの「飛来峰」は、高松藩主が江戸を懐かしんで富士を模して造らせたと伝えられているという小さな山の築山である。
 左側に「吹上亭」という売店があり、この池の畔では例年ならコイにエサをやる観光客が多く見られる場所ではあるが、今年はコイの姿が見当たらなかった。
 また幾分、池の水が濁ったような色をしているようであった。
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2018年12月06日

「紅葉のピークだった頃の栗林公園 @」


[ 09:40 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ F栗林公園・玉藻公園・中央公園 ]
「栗林公園の紅葉:日暮亭を西から見る」
 栗林公園の秋のライトアップが11月23日(金・祝)〜12月2日(日)にされたが、その期間中の11月29日の昼間に栗林公園を訪れた。
 ライトアップは多分、この時期に紅葉が見頃を迎えるということで期間設定されているだろうと思われるので、この期間に今年は最後になるであろうという栗林公園の紅葉見物に出かけた。
 「日暮亭」を西から見た風景で、色鮮やかな紅葉の下で着物を着た女性が案内されていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「栗林公園の紅葉:日暮亭を東から見る」
 11月29日の栗林公園、紅葉したモミジに囲まれた「日暮亭」の建物が見えている。
 「日暮亭(Higrashi−tei) かって江戸時代に「日暮亭」と称する茶屋があり、その後撤去された跡地に、明治31(1898)年、石州流の茶室として再建されたものである。
 平成11年(1999)年、保存修理、腰掛待合及び路地の再整備等一連の復元整備工事により、往時の姿を取り戻した草庵の茶室である。」※現地看板より。
「栗林公園の紅葉:見上げてモミジを見る」
 11月29日の栗林公園、「日暮亭」の屋根を覆っていた紅葉したモミジを見上げると、淡い赤と薄い黄緑色の葉を見ることができた。
 大きな木の陰から零れる陽の光に照らされて、何とも言えない色合いになっていた。
「栗林公園の紅葉:楓嶼と掬月亭」
 11月29日に栗林公園の楓岸から、南湖に浮かぶ島の楓嶼(ふうしょ)の全島が紅く燃えているように見えていた。
 左側に見えるのは、栗林公園の中心的な建物の「掬月亭」で、ここから眺める南湖の景観は歴代藩主もこよなく愛したという。
 この「掬月亭」に人の姿があり、お茶を飲みながら大名気分で栗林公園の秋の風景をご覧になっているようであった。

「栗林公園の紅葉:楓岸」
 11月29日の栗林公園の南湖の南の岸に「楓岸(ふうがん)」があり、ここにはモミジの木が多く植えられている。
 よく紅葉しているのだろうと思って来たが、南にある木々の陰になってか内にあるモミジの中に緑の葉があるものの、よく日が当たる外のモミジは見事に紅葉していた。
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2018年12月05日

「街中の病院へ @」


[ 10:06 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ I高松市内 ]
「口銭場川の鳥の争い」
 12月4日に街中の病院へ行くため自転車で家を出た。
 近所を流れる小川の「口銭場川」、珍しく黒い「川鵜」の姿が見られた。
 普段はサギの縄張りのはずだが、新ざんものの川鵜が威張って、サギを追っ払っていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「霧にむせぶような新川」
 「霧にむせぶ夜」という歌が昔あったが、「霧にむせぶ」とはどういう意味なのだろうか。
 新川河口の橋を渡っていた時、新川の周辺が霧にかすんで、近くの建物しか見えなかった。

「晴れていたらこんな新川の風景」
 よく晴れていた11月29日に同じ場所から撮った「新川」の写真である。
 屋島の山容は見る場所によって違うが、これは南側から見た山の姿で、枯葉になった葉を含めて紅葉した屋島の風景であった。
「工事中の病院」
 街中にある病院本館の横に「新東館」の建設が行われており、高い高い「タワークレーン」が2基設置されていた。
 はるかなクレーンの高さは、約50mもあるといい、仕事はじめと終わりに作業員はどうやって上り下りしているのだろうか。
 まさかエレベーターはなさそうであった。
 クレーンを操るオペレーターは、食事も休憩もトイレも上部の操作室でされているのだろう。
「高松市中央公園:落葉」
 病院で定期の診察を受け病院で昼飯を食べて、近くの高松市中央公園にやってきた。
 公園に設置されたイサム・ノグチさんの作品の「オクテトラ」の周囲の一面に、落葉が敷き詰められたように落ちていた。
 子供たちが入ったり出たりする「オクテトラ」の右下の穴には、子供たちがかき入れたのか落葉が埋もっていた。
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「街中の病院からの帰り A」


[ 09:53 ][ まち・生活・学校:まちなみ・おすすめスポット ][ I高松市内 ]
「高松市中央公園:モミジの林」
 12月4日、街中の病院で定期の診察を受けて病院からの帰りに、病院の近くにある高松市中央公園にやってきている。
 もう紅葉の時期は終わったのかなあと思いきや、公園の南にあるモミジの紅葉がまだ健在であった。
 落ち葉もそこそこに落ちており、まもなく紅葉の時期がお終いになるのだろう。
「サンポート高松:小豆島のフェリー」
 瀬戸内海の海にただよう霧が少し残る高松港に、小豆島からのフェリーが入港してきた。
 高松港では視界が500m以下になったときに停船勧告が出るようで、12月4日に午前7時20分に停船勧告が出されて同8時55分に解除されたという。
 向こう側に見えるのは高松市朝日町と朝日新町の陸地で、さらに向こうに見えるはずの屋島の山が全く見えていなかった。
「サンポート高松:シンボルタワー」
 JR高松駅の北側にあるサンポート高松の「シンボルタワー」、2004年に完成した四国で一番高い約151.3mの高さがあるという。
 おりからの霧が残る中、海側から見ると半分から上が段々に薄っすらと見えていた。
「サンポート高松:落葉」
 サンポート高松のシンボルタワーから海に向かって伸びる広い遊歩道の両側に、街路樹が植えられている。
 まだ一部に木の上についた葉が残っているが、ほとんどが地面に落ちていた。
 比較的、大きな葉っぱのようであった。
「サンポート高松:玉藻公園のモミジ」
 玉藻公園の北西に「水任流保存会会長松平頼明顕彰碑」の横にモミジの木がある。
 高松城の石垣と共にまだ紅葉が綺麗であった。
 かなりの落葉が見えていたが、木の上にはまだまだ多くの紅葉した葉が残っていた。
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2018年12月04日

「秋真っ盛りの屋島 F」


[ 07:42 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ A屋島の道(遍路道等) ]
「屋島の秋:屋島遍路道の畳石付近」
 11月24日に屋島の南嶺から北嶺を巡り、屋島遍路道から屋島を下りている。
 遍路道の途中にある畳のような石がある「畳石」付近で、黄葉した木というよりは、季節が冬に向かい枯れてしまった落葉樹の木が多く見られた。
「屋島の秋:屋島遍路道のモミジ」
 屋島遍路道の「畳石」から下った「つづら折り」になった所に、毎年のように綺麗に色づくモミジの木があった。
 周囲の木に落葉している木が多いなか、日がたくさん差し込み、紅葉したモミジの葉が輝いていた。
「屋島の秋:不喰梨の上のモミジ」
 弘法大師さんの伝説が残っている屋島遍路道の不喰梨(くわずのなし)が見えるちょっと上あたりの崖に、一本のモミジの木があった。
 ほんの一部に赤みがさしていたが、まだまだ緑色が十分に残る葉に、こぼれ日が降り注いでいた。
 紅葉、黄葉でなく、「緑葉」といえるのかも知れない。
「屋島の秋:屋島遍路道の人面木かな」
 屋島遍路道の不喰梨(くわずのなし)からちょっと下りた所に、人の顔をした木があるということが、噂になっていると聞いた。
 かなり太い木の上下に二つの顔があり、上の方の顔がより人間の顔らしく見えていた。
 通り過ぎるだけでは気が付かないようで、言われてみれば顔らしいと言えないではないと思われた。
「屋島の秋:ケーブル山麓駅跡」
 屋島ケーブルが廃止されて13年がたち、ケーブル山麓駅舎もこの間に取り壊され、現在は地元の自治会館が建っている。
 ケーブルの線路跡が山上まで伸びており、廃止当初は線路跡を歩いて登れていたが、現在は危険防止のためか閉鎖されているのでないかと思われた。

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2018年12月03日

「秋真っ盛りの屋島 E」


[ 08:08 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島の秋:談古嶺と一本のモミジ」
 11月25日に屋島山上に来ており、屋島寺から東に来た「談古嶺」に、モミジの木がある。
 見頃に近い時期を迎えて、秋の日に照らされた紅葉したモミジが一本だけ佇んでいた。
 観光客が古戦場を見るためか二つの石の腰掛が置かれていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島の秋:ボランテイアガイドと観光客」
 屋島山上の「談古嶺」で、屋島山上で活躍されているボランティアガイドさんが、観光客にガイドされていた。
 示された手の先には、庵治の港か、あるいは瀬戸の海か、もしくは小豆島だろうか。

「屋島の秋:南嶺の遊歩道」
 屋島南嶺にあるケーブル駅跡に向かう遊歩道の所々に、綺麗に紅葉したモミジがある所があった。
 屋島のケーブルカーが健在であった頃は、この道を通って屋島寺や獅子の霊厳などに向かう人がいっぱいいたが、今では通る人が少なく静かではあるが、寂しさを感じる遊歩道になっている。
「屋島の秋:ケーブル山上駅跡」
 平成17年(2005年)8月31日に廃止された「屋島ケーブル」の山上駅跡にやって来た。
 ここでよく似た顔の四匹の「猫」が出迎えてくれた。
 人通りが少ない所で飼われている猫にしては、近づいても逃げていかなくてこちらを見つめ返していた。
 元山上駅前には、りっぱなトイレが設けられており、その前にあるモミジの木が紅く紅葉していた。

「屋島の秋:屋島寺仁王門前のイチョウの木」
 「屋島ケーブル」の山上駅跡から遊歩道を歩いて、屋島寺仁王門前にやってきた。
 仁王門前の左右に一本ずつのイチョウの木があり、右にある木はほとんどが落葉しており、左の木はかろうじて黄葉が見えるイチョウの木であった。
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2018年12月02日

「秋真っ盛りの屋島 D」


[ 08:40 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島の秋:遊鶴亭への道」
 11月25日に屋島の南嶺から北嶺に足をのばした。
 屋島山上の北端となる「遊鶴亭」の手前100m付近で、北嶺の周回路が一本道になっており、そこからは少し下り坂になっている。
 道の両側からは、ウバメガシの木がトンネル状に伸びていた。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島の秋:遊鶴亭」
 屋島山上の北端にある屋島三大展望台の「遊鶴亭(ゆうかくてい)」に着いた。
 「屋島北嶺と備讃瀬戸 ここ遊鶴亭は屋島山上の最北端に位置し、視界320度の展望を誇っております。展望台から山道を下ると長崎の鼻に至り、高松藩によって築かれた長崎の鼻砲台跡があります。
 眼下に広がる備讃瀬戸は、桃太郎さんが鬼退治をした鬼ヶ島(女木島)、オリーブの小豆島、おむすびのような大槌島と小槌島など瀬戸内海国立公園の中でもっとも美しい風景が一望できます。」※現地看板より。


「屋島の秋:遊鶴亭から見る島々」
 屋島半島の突端の「長崎の鼻」で、砲台跡、長崎の鼻古墳、そして屋島木里神社などがある。
 左沖に見えるのが「男木島(おぎしま)」、中央にある島が「豊島(てしま)」、右手前が「大島(おおしま)」で、写真には写っていないが右前方には「小豆島(しょうどしま)」がある。
「屋島の秋:長崎の鼻から上がってきた人」
 遊鶴亭の展望台の上から景色を眺めていた時、話し声が聞こえ、親子連れの二人が登ってきた。
 かって屋島を縦断して屋島南嶺に登り北嶺に下りるイベントに何回か参加したことがあるが、ここから下りる山道は急坂で最近、ここから下へ下りたことはない。
「屋島の秋:談古嶺からの眺め」
 北端の遊鶴亭から引き返し、源平合戦の古戦場が見渡せる「談古嶺」までやって来た。
 もう何百回も見ている見なれた景色であるが、秋晴れの澄み切った空気の中、八栗の山や志度湾などが見渡せていた。
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2018年12月01日

「秋真っ盛りの屋島 C」


[ 08:33 ][ 観光・レジャー:観光地・レジャー施設 ][ @屋島山上 ]
「屋島の秋:北嶺と南嶺の分岐点」
 11月25日に屋島に登り、南嶺の西側を回り今度は北嶺に向かうため、南嶺と北嶺との分岐点に来ている。
 この分岐点に覆いかぶさるように大きなモミジの木があり、かってこの東側にホテルがあったが今はなく跡地が公園のようになっている。
 (参考:写真をクリックすると拡大写真を見ることができます。)
「屋島の秋:トンネルの上の道付近」
 北嶺に入ってしばらく歩くと、山の幅が細くなった所があり、細い木がたくさん生えていた。
 ちょうど屋島スカイウェイのトンネルの上になっている所で、左右からは下を走る車が見えていた。
「屋島の秋:千間広場」
 南嶺との分岐点から約50分歩いて北嶺の「千間広場」に着いた。
 ここはモミジの木が多い所で、手前の木の葉は全て落ちていたが、向こう側のモミジの木の落ち葉はほとんど無かった。
 ここに木製のベンチがあり、コンビニで買ってきたオニギリを食べた。

「屋島の秋:千間堂跡」
 屋島北嶺の千間広場の北の林の中に「千間堂跡」がある。
 過去の発掘調査で建物跡や仏具が出土しており、この遺跡が「千間堂」と呼ばれる仏堂の跡で、南嶺にある現在の「屋島寺」が創建された土地であると伝えられているという。
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